第2話・ジャラジャラ王太子、現る!

「……これは……」


 あまり人に会わないようにしようと朝の五時には寮を出て、コソコソ登校した私。

 教室に備え付けられているロッカーに何かが挟まっていた。


『本日、正午の時。第二校舎裏まで来られたし』


 見事な達筆で綴られているのはその一文のみだった。


 ラブレターか、果し状か。

 どちらにせよ、2人きりで会ったら……壁ドン、かなあ……。校舎裏って絶好の壁ドンスポットなんだよね……。


 よし、無視しよう!


 私は三秒くらいで決心した。手紙は校舎の中で捨てるのもちょっとなんだから寄宿舎に戻ってから細切れにしてから捨てた。




『本日、正午の時。第二校舎裏にて待つ』


『五日正午、第二校舎裏においでください。お待ちしております』


『六日放課後、第二校舎裏にてお待ちしております。どうかおいでいただけますと幸いです』


『七日正午、第二校舎裏』




「し、しつこい……!!!」


 しかもとうとうもはやただのメモ書きになってしまった。

 何だか、ちょっと申し訳ない。地味に一回指定の時間を変えたのがいじらしい。


「…….そっと様子を見てみるくらいなら……」


 うん、ちょっとくらいなら。


 そして向かった第二校舎裏。


 気配を消す魔法をかけて……こっそりとそこで待ち構えている人物をそーっと確認する。


 ……えっ。

 視界に入った予想外の人物。遠目からでもわかるキラキラオーラ。オーラどころか実際、金色の髪は陽の光を浴びて黄金のように煌めいている。金髪碧眼で脚の長いあのひと、いや、あのお方は……。


「……わっ!?」


 パン! と何かが破裂するような音がして、うっかり声を出してしまう。

 しまった、バッチリ目が合ってしまった。

 ザッ、と靴そこが土を蹴る音が響く。


「ほう、生意気に気配消しの魔法を使ったか。あながち考えなしの愚者ではないようだ」

「ひっ」


 ギロッ、とまつ毛の長い迫力のある派手な青い瞳が物陰に潜んでいた私を睨む。

 マントを翻し、彼は私に近づいてきた。


「おっ、王太子殿下……!?」


 慌てて私は最上位の存在に対する礼をする。私のそんな些末な仕草など気にもしてない様子で殿下はズンズンズンと近づいてくる。歩みを進められるたび、殿下が身につけていらっしゃる装飾品か何かがジャラ、と音を立てていた。


 なぜこんな校舎裏に王太子殿下が……。いや、というか……あの達筆で健気なお手紙の主は……殿下だったの……!? どうしよう、毎日せっせと細かく割いて捨ててしまっていた……バレたら不敬罪かしら……。


 私が狼狽えている間に殿下はもう目の前までいらっしゃっていた。私は慌てて後ずさる。

 この距離はマズいかもしれない。今までも何度も例のアレに殿下もなってしまうかもしれない。なんでかよくわからないけど、みんなが私に壁ドンしたくなるアレに……。


「あっ、あの、私にあまり近づかない方がー……」

「ナメるな。貴様程度の魅了の魔法など、この俺には効かん」

「……えっ」


 魅了……魔法?


 きょとんとする私。殿下はなんだか怒っている? ようだった。


 整った眉をつんと上げ、眉間には深いしわが。お顔がいいだけに凄みがある。


 ――パァン!


「きゃっ」


 先程と同じように、何かが弾ける音がした。殿下の……マントの下から聞こえてきた?


「なるほど、無自覚か。……まあ、それもそうか。本来であれば秘匿とされている魔法だ。無自覚でもなければ使えんだろう」


 フン、と殿下は顎をしゃくり、鼻を鳴らす。


「え、ええと……あの、し、失礼ながら、王太子殿下が……こちらのお手紙の送り主さまだったということでよろしいでしょうか……?」

「そうだ! 貴様、何日も何日も待たせおって!」

「もももも、申し訳ございません! まさか、殿下とは思わず……! 私、その、以前に似たようなお手紙をいただいた際にトラブルがありましたもので……!」

「……フン、まあいい。それよりも、本題に移らせてもらおう。時間が惜しいのでな」


 お顔がすごいいいのにそれ以上に圧がすごくて怖い。

 王太子オーラを一身に浴びながら私はカタカタと小さく震える。


 どうしよう。平伏すべき? 一応在学中は学生はみな平等な存在である、みたいな大原則はあるけど。どうしよう。


 殿下は目を伏せ、すうと息を吸い、そして言い放った。


「貴様の魅了魔法のせいで、俺の嫁探しがちっとも捗らんのだ!!!」




「え……?」


 嫁探し?


「男も女も問わずに全て片っ端から貴様が魅了していくせいで! この学園の生徒どもはみな腑抜け! ポンコツ! お花畑! 誰も彼も貴様のことしか好きじゃない! そんな奴らからどう見繕って妃に相応しい女を見つけろと!?」

「ええー……」


 ポカンとする私。早口で捲し立てる王太子殿下。大見えを切っているせいで、殿下の装飾品か何かがまたジャララン! と音を鳴らしていた。


 魅了……魅了の魔法……。


 ……いや、しかし。王太子って、すごい小さい時から婚約者がいる生き物じゃないんだ……。そうか、魔法を使える人たちが集まるこの学校で、王太子妃にふさわしい優秀な方を見初めるようにしているんだ。多分。そういうことだろう。嫁探しが捗らんということは、きっとそうだ。知らなかった。いやまあ、今はそんなことはいい。そんなことより。


「魅了の魔法……? わ、私が?」

「そうだ。どうやら、無自覚なようだがな」

「ええっ?」

「まさかと思い、しばらく様子を見ていたが……。先日の学校集会での婚約破棄騒動で確信した。貴様の魅了魔法は異常なほどに強力だ。なんとかせねばならん」

「そ、それは、その……」


 急に言われても困る。

 魅了の魔法。授業で名前は聞いたことがある。危険な魔法として特級認定されている禁忌魔法だ。それを私が使っているといきなり言われても全くもってピンとこない。


「お、お言葉ですが、殿下。私、魔力のコントロールについては……『優』の成績をいただいております。そんな無自覚に魔法を行使してしまうなんてことは……」

「ほう?」


 殿下の眼が鋭く細められた。怖い。美形の睨み、怖い。


「残念だが、間違いなく貴様は魅了魔法を常時常軌を逸した効力で展開している。さきほど、貴様に近づいた瞬間に俺が持つ『破邪の守り』が爆ぜたのがそれを証明している」

「は、はじゃのまもり?」


 おうむ返しに繰り返す私に、殿下は分厚い深紅色のマントをバッと広げてみせた。


 マントの裏には……金や銀、銅に鉄……いろんな素材で作られた剣や龍のようなモチーフの小さなアクセサリーがビッシリだった。さっきから殿下が身振りするたびにジャラジャラいっていたのはこれか。木や藁の人形などもある。


 ……いや、思ったよりも……いっぱいあるな!? 涼しい顔してカッコよくマント着てると思ってたら、こんなことになっていたの!?

 夢に出そうなくらいビッッッッシリと『破邪グッズ』がマントの中に並んでいた。お面と目が合うと怖い。


「……で、殿下、これ、すごい重たくないですか!?」

「貴様、俺をなんと心得る。この程度なんともないわ」

「さ、さすがです、殿下!」


 フン、と殿下は鼻息荒くふんぞりかえる。不遜な態度がこんなに似合う人もなかなかいないだろう。


「……コレは王家が特別に作った『破邪』の効果のあるアクセサリー群だ。貴様のような『魅了』や、『呪い』などを弾く力がある。ただし、効果は一つにつき一回のみだ」

「さっき、パァンってなったのは、コレが……」

「貴様の魅了魔法を弾いて爆散した音だ」

「ば、爆散してダメになるんですね、それ」


 もうコレは使えないな、っていうのがわかりやすくてよさそうだ。一つにつき一回しか使えないというのはコスパが悪い感じもするけれど……。

 しかし殿下はそれにしても大量の破邪グッズを身につけていらっしゃる。これなら、一つや二つ壊れても……まあ、うん、というところか。


 私が圧倒されていると、殿下はハッとシニカルに口角を上げて見せた。


「……貴様のその成績の『優』というのも怪しいものだ。学園の教員どももみな、貴様の魅了魔法に当てられているのだから」

「いやあ、さすがに先生たちはそんな……。……あ」


 でもこの間、三角メガネの先生に……迫られたばかり……だった、な……。


「で、でもっ、私、全ての成績が『優』なんですよっ。まさかそんな……」


 いくらなんでも全員が全員、私の魅了魔法? とやらの被害者だなんて、そんなことは……。


「普通は全教科の成績が『優』などということはあり得ない。この俺様でさえ『良』をつけられるのだからな!」


 なぜか殿下はふんぞり返って大声で仰った。ご丁寧に、私に人差し指を突きつけて……。なんかちょっと「お前がオレサマより優れてるわけねえだろふざけんな」みたいな気配を感じる。私は商家の娘だからそれなりに人の無言の圧には敏感なのだ。


「え、ふつうにやってたら、普通は優じゃないんですか?」

「愚か者め。普通は『可』だ。甘い採点ならば『良』かもしれんがな。この学園の存在意義は『国家及び人類、その他環境に危機を脅かす可能性のある魔力を確実に制御できるようになる』ためにある。よって、採点基準には厳しさが求められている」

「……じゃあ」

「何がじゃあ、だ。という言葉が好きなら、こう言ってやる。は全ての成績が『優』であることはありえない」


 ……そんな。


 じゃあ、私のこのオール『優』の成績は……私の魅了にあてられた先生たちの……忖度によるものだった、ってコト?


 私は愕然と膝をつく。


「この成績こそがお前の規格外の魅了の魔力が常に暴走状態である証左ともいえよう」


 地に伏した私の目の前でバサッと殿下のマントが翻る。マントの裏にビッシリと『破邪グッズ』が貼り付けられているのがチラ見えした。


「このままでは俺は貴様を生涯独房にて幽閉することになるだろう」

「ゆ、幽閉?」

「魅了魔法は本来は国家神殿の最奥部に封印されているような魔法だ。正しく使えぬのであれば……魅了魔法の使い手はあまりにも危険すぎる。たとえそれが無自覚なのであろうと、俺はこの国を統べる人間として、貴様を野放しにするわけにはいかない」

「わっ、私、悪いことはしませんが……」

「貴様にその気がなくとも、必ずや貴様の周囲の人間はお前のために狂っていく。お前を幽閉するのは何も、国家のため、人民のためというだけではない。貴様のためでもある」

「……」


 殿下のお言葉に私は何も言えなくなる。……そうか、私、普通じゃないんだ。いままでのことは全部、魅了魔法のせい。魅了魔法のおかげ。

 ……私のせいで、いろんな人に迷惑をかけてきたんだ。


「案ずるな。だからこそ、俺は貴様をここに呼び出したのだ」

「お、王太子殿下……」


 肩を落とす私に殿下は手を差し伸べる。


「貴様の魅了魔法、コントロールできるようにしてやろう」


 ジャラジャラ、とマントに括り付けられた『破邪グッズ』が音を鳴らした。

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