第5話・成長してる!
国家神殿での魅了魔法の会得は失敗に終わってしまった。けれど、そんな私の特殊事情にはお構いなしで、期末試験はやってくる。
試験前も試験中も私と殿下はいつもの校舎裏で魔力制御特訓に励んでいた。
そして、試験の結果は……。
「……学年、15位……」
廊下に張り出された期末試験の順位表を眺め、思わずつぶやく。
上の方、されど他の生徒たちの名前に紛れた場所に自分の名前が書かれているなんて、初めてだ。
いままではずっと、この紙の一番上に満点で名前があった。
「……クラウディア嬢が……こんな成績を取るなんて……」
「学園始まって以来の秀才と言われていたのに!」
少し遠巻きにザワザワと私への心配の声が響いていた。
「クラウディアさん、大丈夫? 体調が悪いんじゃ……」
「最近放課後もあまりお姿をお見かけしなかったな。学業以外に何かお忙しかったのかな?」
「あ、ええ、いえ、大丈夫です、みなさん。ご心配ありがとうございます」
声をかけてきてくれた男子生徒数人にニコリと微笑む。
すると、みんな揃って顔を赤らめて、はにかんで鼻を擦ったり、聞いてもいない照れ隠しの悪態をついたりとそれぞれ反応を示した。
(私の試験結果が悪くなったのは、先生たちへの魅了魔法の影響が薄くなったから……?)
魔法のエキスパートである彼らなら、元々魔法の耐性も高くて不思議はない。つまり、私の魅了魔法コントロールレッスンは無駄ではない……ということだ。
まあ、同年代の学生間ではあまり変化は見られていないけど……。
「……ねえ、ちょっと、クラウディアさん?」
「はい?」
メロメロ状態の男子生徒たちが去っていき、やれやれと思っていると背中から投げかけられたのは刺々しい甲高い声。慌てて後ろを振り向く。
豊かな薄紫色の髪をたっぷりと巻いたご令嬢が腕を組み、鋭い目つきで私を睨み上げていた。
「彼は婚約者のいる男性ですよ。いくら平民出身とはいえ、あなたもこの学校に通っている以上、婚約者のいる男性にみだりに近づくのはよくない……程度のマナーはご存じですわよね?」
「……」
知っている。数えきれないくらいその忠告は受けた。
問題はその忠告後まもなくご令嬢ご本人が私にメロメロになってなんだかどうにもならなくなるということで……。
「ちょっと、真面目に聞いていらっしゃいます?」
……。
……で、なんだけど、なかなかこの薄紫の君はメロメロ状態にならない。
…………まさか。
「……わ、私……」
「な、なんなんですの? 急に震えだして。ああやだ、わたくし相手にまで媚を売ろうというのですか?」
私、わたし……。
同年代の女の子に、こんなに本気で向き合ってお話ししてもらうの、初めて……!
いつもはここで、なんだかよくわからないまま勝手に見惚れられてうやむやになるのに。こんなにまっすぐ私の目を見てお話ししてもらうのなんて、魅了魔法が効かない殿下以外だと、本当に、初めてだ……!
ちょっと涙出てきた。
「や、やだ、泣かないでちょうだい。フン、少しは響いたようで何よりですわ。以後、自重することね。失礼いたします」
薄紫の麗しのご令嬢はどっかに去っていってしまった。ああ、どうせならお名前を聞いておけばよかった……。お名前がわかっていれば今日の日のことをお名前と一緒に手帳に記しておいたのに……。
◆
「クラウディアさん! あなた、何度言われたら理解できるの? いつもそうやって人の婚約者に色目を使って」
「ああ、トマスが優しいのにかこつけてあなたったら……。平民ってみんなあなたみたいに分別がないのかしら?」
「クラウディアさん、成績も落ちましたし、そろそろみっともない男漁りはおやめになったら?」
校庭の一角、東屋の下で一人きり。さっきまで、またあるご令嬢に絡まれていた私だけど、なんとか逃げられて来れた。
ご令嬢単体に絡まれているだけならいいんだけど、そこに婚約者さんがいらっしゃると修羅場みがヤバいのよね。前はご令嬢も一緒にメロメロになってくれたからその隙に逃げやすかったから乱入大歓迎だったんだけど。
それにしても、しかし。
「最近女子生徒のあたりが強くなってきている気がする……」
「あたりが強くなってきた、で済む話か?」
ハッ、このジャラジャラ音は……。間違いない、殿下だ。
今日も絶好調のキラキラの金髪。羨ましいほどツヤツヤのサラサラだ。歩く時の効果音はジャラジャラなのに。
「貴様の魅了魔法の制御も少しはマシになってきた、ということだな」
殿下は私と少し離れた位置にお座りになった。長い脚を組み、ふんぞりかえるように座り込む。
殿下の言葉に「やっぱりそう?」と私はつい頬が緩んだ。
魅了魔法の影響が薄くなってきたのは学校の先生たちだけじゃない。女子生徒たちへの影響も薄くなってきていたのだ。
「そっか……。ちょっとずつ、私、ちゃんとできてきてるんだ……」
つい、しみじみと口からついて出てしまう。
それに対して殿下は怪訝そうに片眉を上げた。
「嬉しそうだな」
「はい! ちゃんと、特訓の成果が出てきているんだ、って!」
「お前の存在は本来でいえば、多くの女子生徒には目の上のたんこぶだったことだろう。それが今までは魅了魔法のおかげでそいつらからもチヤホヤされていた。……今の状況が辛くはならんのか?」
「はい。それよりも……魅了魔法がないと、こういう感じなんだ……って新鮮さの方が強いです!」
素直な気持ちを伝えると、殿下は青い瞳をわずかに細めた。
「魅了魔法はどうしても異性に対しての方が影響力が強いからな。じきに男どももお前を魅了魔法の影響なしに扱うようになるだろう」
「楽しみですね!」
ニコニコと全力の笑みで応えると、殿下はますます不思議そうな目を私に向けてきた。
「不安には思わんのか? お前の人生、今までずっと甘やかされてきただろう。何をしてもしなくてもチヤホヤされてきたのに、いきなりどう甘えても教室掃除もゴミ捨ても代わってもらえんぞ?」
「もうっ。私、そんなこと頼もうとしたことありませんよ!」
教室掃除とゴミ捨てをチョイスしてくるの、何? 殿下、案外と発想が素朴すぎる。
「今までの人生とギャップが大きすぎると、それを惜しんでまた無意識に魅了魔法を強めてしまう恐れがある。お前が思うよりも、世間の人間どもは他人には冷たいぞ」
「……心配してくださっているんですか?」
「貴様の心配ではない。貴様の特訓が無に帰すのを危惧している」
青い瞳が私の目を真っ直ぐに覗きこんでいた。……うん。こんなにちゃんと、真っ直ぐに人と目と目を合わせることなんて、私の人生、今までなかったなあ。一方的に迫られて至近距離でガン見されたことはいく知れずだけど。
私とこうやって向き合ってくれた初めての人、殿下。整ったお顔を間近で見つめていると、なんだか胸の奥からあたたかいものがポワポワと浮かんでくるような気持ちになってくる。
「殿下には私の魅了魔法、効いていないんですよね?」
「当然だ。何を今更」
殿下は腕を組み、不遜に私を見下ろしながら鼻を鳴らす。そんな態度を取られても、どうしてか私の口元は緩んでしまう。
「へへ、だったら、心配いらないですね」
「……何がだ?」
きれいな眉が怪訝そうにつりあげられる。不機嫌そうな顔にも見えるけど、殿下のそういうお顔も今はもう怖くない。最初ちょっと怖かったけど。
「魅了魔法なんてなくたって、殿下は十分お優しいですもん」
「…………」
「そりゃあ、意地悪な人もいると思いますけど。……殿下みたいに優しい人がたくさんいるはずです。だから私、大丈夫です」
にこ、と私は自然と顔を綻ばせていた。
殿下は私から目を反らさず真面目な顔で、私のちょっと恥ずかしい言葉を聞いていてくれて……。
――パパパパパパァン!!!!!!!
そして、破邪グッズが唐突に大量破裂した。
「きゃーーーーー!!!」
派手な爆発に砂埃が舞う。この規模の爆発は初めてだ。いつもはささやかに一つだけがパァンと爆ぜる程度なのに。
「叫ぶな! うるさい!」
「なっ、なんで!? どうしてそんなに爆ぜたんですかっ!?」
「貴様の魅了魔法のせいだッ! ええい、せっかく特訓の成果を評価したというのに! 貴様は!!! やっぱり修行不足だッ! もっとがんばれ!!!」
「ええーん!」
なんかちょっといい感じだった雰囲気は文字通り爆散し、私たちはいつも通り特訓に励むのだった。
ちなみに殿下の試験結果は余裕の一位だったそうだ。すごい。
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