第4話・そうだ、国家神殿に行こう!
「今日は魅了魔法を使ってみよう」
「えっ?」
早いもので、王太子殿下とのトレーニングを開始して数週間。私は鍋を沸騰させない火加減はすでにお手のものになっていた。
なかなか優等生なのではなかろうかと、フフンとこっそり鼻を膨らませていたところの一言。まさにその魅了魔法をなんとかするために頑張っているのに、それを使おう、とは一体どういうご提案なのだろう?
「自分は魅了魔法を使っているのだ……と自覚せんことにはコントロールは難しい。あえて、意識して使うことで、魅了魔法が発動しているときの感覚を掴め。そうして、普段から魅了魔法を使わないように気をつけるようにしてみろ」
「は、はい。わかりました!」
なるほど!?
真顔でそれらしいことを仰る殿下に勢いで返事はしたものの、私は直後、硬直する。
「……でも、魅了魔法って……どうやって使うんですか?」
「本来ならば禁忌魔法だからな。……だが」
使ってみるとは簡単に言っても、どう使えばいいのやら。殿下は私の質問は想定済みだ、と落ち着き払って頷いてみせた。
「国家神殿に封印されている魅了魔法の術式を解けば、使えるようになるだろう」
「はあ……なるほど?」
「だから、国家神殿に行くぞ」
国家神殿。一般には解放されていない、王族と最高位の神官のみに入室が許されているという我が国有数の文化遺産とも言える場所だ。
「……えっ」
「事情はすでに国王陛下にお話し、神官長からも許可をいただいている。学校に外出届けも提出済みだ」
――手早い!
私は狼狽えたまま、殿下にあれよあれよと国家神殿へと連れていかれるのだった。
◆
「ようこそ。私は神官長ジルバです。我が王、並びに王太子殿下の願いにより、クラウディア様。あなたの入室を特別に許可いたします」
「あ、ありがとうございます……」
成金令嬢の私でも乗ったことがない最新式最高級の馬車に乗せられて、あっという間に到着した国家神殿。厳かな門の前で我々を出迎えたのは神官長を名乗る白髪の老紳士だった。お顔にシワは多いけれど、背筋は曲がっておらずシャンとされていた。
「魅了魔法を扱うことは禁忌とされています。……が、しかし、あなたはすでに魅了魔法を体得してしまっている。ならば、その制御に役に立つのであればと今回許可されるに至りました。けして、悪用されることはありませんよう、ゆめゆめ心がけくださいませ」
「は、はいっ! もちろんです!」
優しそうな方だがその声と表情は厳しく、私はゴクリと唾を飲む。
私の返事に「よろしい」と頷き、神官長は背を向けて神殿内部へと足を進める。
それを追いかける私。ジャラ、と聞き慣れた音が後ろに続く。
「殿下も一緒に行くんですか?」
「無論だ。俺は貴様の監視役も兼ねているからな」
フッとキザに笑った殿下がマントを翻すと今日もジャラジャラと破邪グッズが音を立てた。
不思議なもので、このジャラジャラが聞こえるとちょっと安心する。
国最大規模の神殿はとてつもなく大きい。魅了魔法以外にも、いろんな禁忌魔法がここに封じられているらしい。迷子になりそうな内部をスイスイ歩いていく神官長の後をはぐれないようについていく。
やがて、少しひらけた行き止まりに到着した。私たちの背よりも遥かに大きい扉がそこにはあった。到底、人の力で開けることは叶わなさそうな石の扉だった。扉には意味ありげな紋様と、その中心に丸い窪みがあった。
「この扉の向こうが、魅了魔法を封じているエリアとなります」
神官長が扉に彫られた丸い窪みに深い藍色の宝玉を嵌め込むと、重々しい石の扉が開く。
この先に、魅了魔法は封印されている……。
「……魅了魔法を封印している最深部までは何重にも罠を仕掛けております。どうか、くれぐれも私よりも前は歩きませんよう」
ジルバ様が重々しい口調で言った。罠。ものすごいエグいトラバサミとか、壁から無数に放たれる矢とか、そういったものを想像した私は青ざめながらコクコクと頷く。殿下はそんな私を半眼でやれやれと言いたげに見ていた。
「言っておくが、どうせ貴様、愉快な串刺しになってギャアー! 的な罠ばっか考えているんだろうが、そんなもんじゃないからな」
「えっ!?」
――なぜわかった!? そして、そんなもんじゃない、とは!?
もっと恐ろしいものがこの先に……待ち受けているというの……?
さっき飲んだばかりの唾を、もう一度私はゴクリと飲み下してしまった。
◆
「第一の罠、幻影の間でございます。一歩足を踏み入れますと、部屋中に幻覚効果のある魔力霧が噴射されます。幻覚によって、侵入者をここで引き返させるのですな」
「……」
幻覚……それなら物騒じゃなくていい。神殿だもの、血生臭いことはそりゃあ積極的にはしないわよね……。
神官長のジルバ様は魔力霧を無効化する結界を私たちに張ってくださった。
「第二の罠、嘆きの間でございます。こちらには人の心理的不安を増幅させる闇魔法がかけられたタイルが床に敷き詰められております、けして私が踏んだタイル以外は踏みませんように。かつてあったどんなに些細な悲しい出来事でも心が囚われてダメになります」
「だ、ダメになる」
ジルバ様が闇魔法を感知する探査型の光魔法を発動させると部屋に敷き詰められたタイルが黒く輝き始めた。そして、そのうちの光らない安全なタイルだけを選んで軽快なステップで進んでいくジルバ様に置いていかれないように必死で後に続く。一歩でも踏み間違えたら……ダメ……ダメ、なんだろうなあ……。
「第三の罠……裏切りの間でございます。侵入者が二人以上であった場合には自分以外の他人が全て憎い存在に見えます。まあ、同士討ちというのを狙った奴ですな」
「わ、わりとダイレクトに物騒」
よく見たら床とか壁になんだか赤黒いシミがある……ような。
ジルバ様は私たちにまやかしを打ち破るという防護めがねを渡してくださって事なきを得た。
「第四の罠、落涙の間でございます」
「落涙……。なんでしょう、ど、毒ガス……とか……?」
「いえ。至る所に落とし穴があります。穴の底にはビッシリと竹槍が。……身を落とし、槍に貫かれ血が流れる姿を落涙と喩えているのですな」
「殿下ーッ! 結構直球で串刺し罠でギャアー! ですよ!」
「うるさい! そういう罠もあるだろう! なんだ鬼の首でも取ったつもりか!?」
「ほっほっほ。お二人は仲がよろしいのですなあ」
なぜかジルバ様はほっこりとしたご様子でぎゃあぎゃあ言い合う私たちを眺めた。
「罠はさきほどの部屋で最後です。……ここは魅了魔法の封印の間。さあ、どうぞお進みください」
「……ここが……」
とても清廉な気配が漂う小部屋だった。部屋の中央には台座があり、小さな石の箱が乗っている。
「この箱の中に魅了魔法の扱い方が記されています。呪文の唱え方、魔力の巡らせ方……魅了魔法のその全てがここに眠っています」
「……ほ、ほんとうにあけていいんですか!?」
「くどい。王家からも神殿からも許可は得ている。貴様はすでに無意識下で魅了魔法を使っているのだ。貴様は特別だ」
「は、はいっ」
殿下とジルバ様は少し離れたところで待機することとなった。
私は一人、台座と向き合い、恐る恐る箱に手を伸ばした。
「……!」
箱を開けようとする。けれど、重い。
石で造られているから、というだけではなく、とにかく重い。
「ぐ、ぐぎぎぎ……」
指先が真っ白になるほど力を入れても箱は開かない。
必死で頑張るけれど、どうにも箱が開いてくれる様子は無く。私ははあはあと肩を上下させ、途方に暮れて箱を睨む。
「……ちょっとそれ、貸してみろ」
「で、でんか」
離れた位置にいた殿下がカツカツと歩み寄ってきて、私が苦戦している箱をひょいとつまみ上げた。
そして、しばし眺めたり、軽く蓋に触ったりとしたのちに、スッと目を細める。
「……なるほどな。この箱自体が盗掘者を阻む最後の仕掛けとなっているのか」
「と、いいますと?」
「力任せに開けようとしてもこの箱は一生開かない。この箱が要求する通りに魔力回路に魔力を決められた出力、速度、順番に流すことで箱が開く仕組みになっているようだ」
「……な……」
「求められるのは……魔力の解析力、制御力。そんじょそこらの魔術師では開けることは叶わんだろう。我が校の教員共でも厳しいだろう。開けられるのは国が認定した特級魔術師レベルだろうな」
「そん……」
いや、それ……私、それ、無理じゃない?
ジルバ様もあちゃー、という感じで額に手を当て、きつく目を瞑っているご様子だった。
「罠はもうないって……」
言ってたのに……。
「罠ではなく、仕掛けだ」
「うう……ジルバ様はこの封印の仕掛け……ご存じだったんですか?」
「いえ。この道中の罠を考案したのは私ですが、箱の仕掛けを考えたのは別のものです。担当者を分けることで盗掘者に万が一罠や仕掛けがバレてしまうリスクを分散したのですな」
(……あの罠、ジルバ様が考えたんだ……)
ほんのちょっとだけジルバ様を恨みたくなった私だけど、知らなかったのならしょうがない。お門違いな小さな恨み節は霧散させよう。
罠の数々、ジルバ様の先導のおかげで突破できたけれど、結構――大変だった。特に最後の串刺しの罠は大変だった。ジルバ様の通ったルートを寸分間違いなく通って行かなくてはならなくて、つま先立ちで慎重に慎重にいかないといけなかったのだけど、何度かついうっかりで落ちかけて、それはもう――大変だった。やっぱり、物理的かつ原始的な罠が一番怖い。第二の罠のときは輝くタイルがヤバいと目印になっていたけど、落とし穴を都合よく感知する魔法などあるわけはなく、ただただ必死でジルバ様についていくしかなかった。本当に大変だった。
私は震える指先で己を指差して殿下に問うた。
魅了魔法が封印された、箱を開けるなんて――。
「そんなの、無理じゃないですか……?」
「俺もこうしてこの箱を手に取るまではこうなっているとは知らんかった。まあ、無理だな」
殿下が大きく首を横に振ると、つられて揺れたマントからジャラ、と音が鳴った。
その音を聞きながら私は拳を戦慄かせる。そして、ダンッと床に拳を叩きつけ、叫んだ。
「徒労ーっ!」
「ほう、意外と語彙が豊かじゃないか!」
「謝罪! 謝罪を要求します!」
「すまなかった」
「えーん、素直すぎて張り合いがなくて感情のむけどころがない~ッ!!!」
魅了魔法。さすがは国が禁忌と認定し、神殿の最奥部に封印しているだけのことはある。
ジルバ様に導かれて突破した、あの数々の罠。
並の魔術師では到底解けない箱の仕掛け。
闇堕ちしたそこらの魔術師がいくら頑張ったところで、これらをかいくぐって魅了魔法の封印を解けやしないだろう。万全の守りだ。きっとこの魅了魔法が悪用されることはない! はず! 多分!
私は地に臥した。
ここまでやって来たのに。
「……無理ってことは、無駄だったってことですよね……」
「まあ、やむを得んな」
開かないものは開かない。しょうがない。
「この箱の仕掛けを解けるほど魔力のコントロールができるのであれば、無自覚の魅了魔法でも制御ができるようになっているだろうな」
「……なるほど」
フ、と殿下がシニカルに笑う。私もフ、と笑い返す。
そして引き攣った口元のままぼやいた。
「……楽はできない、ってことですね……」
「地道な努力をする目標ができたな、よかったな」
「うううう、徒労!!」
「次は無駄骨と言ってみろ」
「むだぼね~!」
かくして、私はひたすら努力で魅了魔法のことはよくわからないけどとにかく魔力制御の腕を磨きに磨いて無自覚にばら撒いている魅了魔法を何とかするぞという方針が定まったのであった。
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