🔳9話

「なん……だと……」

 俺は目の前の光景に大きく目を見開いた。

 ど、どうしてこんなことに……っ。

 何故俺がこんなに驚いているのかというと、時間は少し遡る――。

 ……。

 …………。

 ………………。


 キーンコーンカーンコーン。

 校内に少し間延びしたチャイムが鳴り響く。

 授業からひと時の開放を告げる昼休みの鐘だ。

『あー、腹減った』『食堂行こうよ、早くしないと席なくなるよ』『うーっす、ご飯食べに来たよー』

 授業が終わると思いおもいの昼休みを過ごそうとクラスが活気づく。そんな中、俺はひとり教室を後にした。

 都子と初めて一緒に下校してから数日が経った。翌日は約束していたこともあったが、それからも俺たちはなんだかんだふたりで帰っている。

 俺はもう初日のように変に気負うことはやめた。会話が無くてお互いに黙ったままなんてこともざらにあったが、それでも文句を言われないところを見ると都子もこれで良しと思ってくれているんじゃないだろうか。

 一緒に帰るようになったけど俺は都子に迷惑をかけないようクラスでは話しかけないようにしていた。その成果があってか、今のところ俺たちの噂が立つことはなかった。

 と、まあそれは置いておいてだ。

 ボッチにとって学校の昼休みをどう過ごすのかはひじょーに大きな問題である。

 教室は仲の良いグループが机を寄せ合って食べているので気まずくてとても居れたもんじゃない。食堂や中庭も同様。大体の場所には人が溢れているのでソロプレイヤーが心穏やかに昼メシを食べられる場所なんて少なかった。

 俺だってたまーに楓が学食に誘ってくれることがあるけどあいつにはあいつの人間関係があるのでその厚意に甘えてばかりいるわけにはいかない。もうね、昼休みいらないからそのぶん早く帰らせてくれねーかなと思う。

 このように非常に生きにくくはあるのだが別に悲観しているだけではない。何故なら俺には奥の手があるからだ――そう、BSZが!

 説明しよう、BSZとはボッチ・セイフティ・ゾーンの略で俺の考えた造語で、学校内で人の行き来がなく比較的長い時間滞在できる場所のことなのだ! 主に昼の休憩時間や体育祭などの全生徒参加型の行事で使うことになるぞ!

 入学してから昼休みを使った地道なフィールドワークの甲斐あって俺はとっておきのBSZを見つけることに成功していた。

 そんなわけで俺はひとり昼メシを食べるためその場所へと急いだ。

「あ。しまった」

 その途中、購買部の自販機でジュースを買おうとしたところで財布がないことに気付く。

 しくったなぁ……。

 そう言えばさっきの体育で着替えるためにロッカーにしまったんだったわ。

 今から教室に戻るとかなりのロスだけど今日の昼メシはパンだからなぁ……ただでさえ体育後で喉乾いてるのに飲み物なしとか余裕で死ねる。

 少しめんどくさかったが背に腹は代えられない。

 俺は急いで教室に戻ることにした。


 そして、現在へと時間は至る。

「なん……だと……」

 クラス内の光景に俺は我が目を疑った。

 そこでは仲の良さそうな生徒たちがグループを作って和気あいあいとランチを楽しんでいた。

 しかしそんな中、まるで川の中州のようにどのグループにも属さない席に座る女子の姿があった。

 いや、まあそれが都子だったわけなんだが。

「……(もぐもぐもぐ)」

 そう、あいつはこの陽キャの巣窟となっている教室でひとり昼食を取っていたのだ。

 ま、まじか……。

 都子もこういう手合いは苦手そうだからてっきりどこかに避難してると思ったんだが……まさかこんなことになってるとは。

 ちなみにうちはいじめが起こるようなクラスではない。むしろボッチな俺を気にかけてくれるような気のイイ奴ばかりで個人的には大変助かっていたりする。

 おそらくクラスメイトたちは都子を一緒のグループに誘ってみたが、あいつがそれに応じなかったのだろう。

それは容易に想像できた。

「それにしても――……」

 賑やかに談笑しながら食事を囲むクラスメイト達。

 ただひとり黙々と弁当を食べている都子。

 同じ教室内だというのにものすごいコントラストになっている。

 ある意味すげーわ、都子のやつ。

 よくあんな中でふつーにメシ食えるな。

 俺なら居づらすぎて味わかんなくなる。

 そのとき、都子が箸を止めて視線を落とす。

「あ――」

 ボッチな俺は今の都子の気持ちは痛いほどわかった。

 そうだよな……。

 やっぱり平気なわけないよな。

 あいつだって気丈に振舞ってるだけで――。

 鞄の中から水筒を取り出す都子。どうやらただ単に喉が渇いただけらしい。のどを潤してからまた弁当を再開している。

「……(もぐもぐもぐもぐもぐもぐ)」

 真顔だった。

 いや、どんな感情だよ!


「へぇ。こんなところあったのね」

 翌日、俺は都子を昼食に誘ってみることにした。

 俺たちがいるのは部室棟の二階にある落語研究会の部室だ。実はこの研究会は去年に廃部になっているのだが、部室は鍵が開いたままの状態にあった。昨日俺が言っていたとっておきの場所とはここのことだ、今まで誰かと鉢合わせたことはない。

 都子は本棚に落語研究会の季刊誌を一冊取ってパラパラとめくっている。

 うーん……とっておきの場所だったんだけどなぁ。

「私、涼川くんは昼休みになるといなくなるから時々クラスにも来るお友達とお昼ごはん食べていると思っていたわ」

 都子が本に視線を落としながら尋ねてくる。

「あー、楓か。あいつとは時々ね。でも基本的にはひとりだよ」

「じゃあいつもこんなところまで?」

「まあね」

「どうして?」

「いや、だって教室は居心地悪いでしょ。みんなでわいわいしてるところでひとりとかさ」

「そうかしら? 私は気にしないわ」

 マジかよ……。

 メンタルすげーな、化物かよ。

「じゃあ余計なお世話だったな」

「……?」

 読んでいた季刊誌から顔を上げ、こちらに振り向いた都子がぱちくりと瞳を瞬かせる。

「もしかして私がいつも教室で食べていたから?」

「まあ、その、……昨日たまたま見つけて」

「……そう」

 季刊誌を本棚に戻した都子が部室内を見回してからパイプ椅子を引いて腰掛ける。

「ここは静かでいいわね。言われてみれば教室は少し騒がしかったかも」

 そして、

「誘ってくれてありがとう」

 ふいに薄く微笑んだ。

 あ――……。

 それは再会してから初めて見る表情だった。

 思わず俺は息を呑んでしまう。

 とっておきの場所だったけどな……。

……まあ、いいか。

「いつまでもそんなところに立ってないで涼川くんも座ったら? 早く食事にしましょ」

 そんなことを言ってくる都子。

 俺が見つけた場所なんだけどなぁ。

 中々に図太い性格をしている。

「どうかしたの?」

「いや、別に何でもないよ」

 俺は長机越しに都子の正面の椅子に腰を掛ける。


 こうして俺たちは昼休みも一緒に過ごすことが多くなった。

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