🔳???話
高校に入って少し経ったある日、
「柊さん。この後、ちょっと話があるから職員室に来てもらえるかしら」
柊都子は担任の先生に呼び止められた。
特に断る理由もなかったので職員室へと同行する。
先生の言っていた“話”というのは先日の東野による公開告白騒動だった。ギャラリーが集まって騒ぎになっていたし、東野がフラれたショックで保健室へと運ばれたこともあって少し問題になっていたらしい。
都子があくまで客観的な事実だけを伝えると、先生も都子が巻き込まれた側だと分かってくれた。
「……それは災難だったね」
これでお役御免となって解放されるかと思ったが先生の話はまだ続いた。
「柊さん。もう学校には慣れたかな?」
「質問の意図がわかりかねます。履修状況なら問題ないと思いますけど」
「ごめんなさい。少し回りくどかったわね。じゃあ本題に入りましょうか。君たちが入学してから私なりにクラスを見てきたのだけれど、柊さんはそのー……もしかして人と関わることが苦手だったりするのかしら」
「必要性を感じていないだけです。問題ありますか?」
「いえいえ。そんなことないよ。こうやって偉そうに言ってるけど、かく言う私も休日はインドア派だしね」
そう言ってバツが悪そうにはにかんでいる。
こほん。
咳ばらいをしてから先生は口を開いた。
「あなたが望んでひとりでいる分にはどうこう言うつもりはないの。ただ――、これは私の勘でしかないのだけれど、どうも無理をしているように見えちゃって」
「……先生の気のせいじゃないでしょうか」
「実は私の恩師が小学校の教諭をやっていてね。ほら、あなたが転校するまで通っていた小学校の。それで、その先生とこの前少し飲み会の席で話したのだけれど、柊さんに幼馴染がいるってたまたま聞いたの。しかもそれはうちのクラスの涼川――」
「違います」
都子は遮るようにして彼女の言葉を否定した。
「柊さん?」
「私に幼馴染なんていません。無理もしていません。先生のその決めつけは不愉快です、失礼します」
都子が踵を返して職員室を後にする。
背中から呼び止めるような声がしたが、聞こえないふりをした。
職員室から飛び出すようにして出た都子は廊下を歩いていた。
先ほどの先生の言葉が頭の中でぐるぐるとリフレインする。
――『どうも無理をしているように見えちゃって』
私は無理なんかしてない……っ。
――『柊さんに幼馴染がいるってたまたま聞いたの。しかもそれはうちのクラスの涼川――』
違うっ!
あんなの絶対に幼馴染だなんて認めないっ!
それは都子の感情と入り混じり、激流となって彼女の体の中を暴れまわった。
そして、心の奥底に仕舞っていた記憶までも引き起こした。
――『ひとりじゃなにもできないおまえがずっと嫌いだった』
それは彼から放たれた最後の言葉。
「あ――」
気が付けばいつの間にか都子は自分のクラスのドア前まで戻っていた。
……鞄取って帰ろう。
そう思ってドアを引く。すると、中にはふたりの女子が残っていた。
クラスメイトだ、どうやら残って雑談でもしていたらしい。
都子の姿を見るなり彼女たちの笑顔が強張る。
「あの、――」
「ごめんなさい、柊さんっ。わたしたち今帰ろうとしたところだから! ね!?」
「う、うんっ。じゃあまた明日ねっ」
都子の言葉も聞かず、ふたりは文字通り逃げるように去って行ってしまった。
ひとりだけになった教室に静寂が訪れる。
……まあ。こういうのにはもう慣れたけれど。
夕日で真っ赤に染まる教室。
グラウンドからは運動部の掛け声が木霊している。
吹奏楽部が空き教室を使って練習している音も方々から細く響く。
学校は部活や委員会などで残っている生徒たちで息づいている。
しかし。
都子を見つける人なんてひとりも居なかった。
不意に頬に熱いものを感じて手を伸ばした。
涙。
そこで初めて自分が涙していることに気付いた都子。
「なんか疲れちゃった……」
がらり。
不意に教室のドアが開いた。
窓に反射して見えたその姿に都子は息を呑んだ。
どうして――。
どうしてこんなときに貴方がいるの……っ。
そう、そこにいたのは小学校の時に絶交を突き付けてきた涼川悠人だった。
「あの、……」
恐るおそるといった感じで呼びかけてくる。
大丈夫……。
私はあの頃から変わった。
強くなった。
何があっても彼に振舞わされることなんてない。
絶対に、ない。
都子はそう自分に言い聞かせるようにゆっくりと息を吐く。
そして、動揺していることを気取られないようにゆっくりと振り返った。
俺とあいつが幼馴染にもどる方法 パンドラボックス @pandorabox666666
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