🔳16ー2話

 しばらく行き交う人の流れをぼんやりと眺めていると都子がおもむろに顔を上げた。

「大丈夫?」

「……ええ。気を遣わせてしまってごめんなさい」

 そう答える都子の顔色はまだちょっと悪い。

 まああんなことがあった後だ。無理もない。

「やっぱり今日は買い物やめようか。咲のプレゼントなら今度でもいいし」

「……ううん。行く。咲ちゃんには誕生日に渡したいもの」

「でもさ――」

「大丈夫。たしかに嫌な出来事だったけど――……」

 都子がこちらに向き直り、


「それだけじゃなかったから」


 そして微笑んだ。

 その光景に俺は思わず息を呑む。

 うぐぐ……っ。

 み、妙に顔が熱い。

 どうしちまったんだ、俺。

 なんかいつもと違う気がする。

 そういえば都子の私服姿って高校に上がってから初めて見たな。

 なんだろう、新鮮というか……。

 なんだろう、昔と違って――。

「それに」

 自分自身の感情に理解が追い付いていない俺に、都子が続ける。

「ここで帰るのってさっきふたりに振り回されている気がしてなんか癪でしょう。て、どうかしたの?」

「あっ! いや、……別に何でもない」

 きょとんと小首を傾げる都子から俺は咄嗟に視線を外した。

 今はあいつの顔を見ることなんてとてもできなかった。


 トラブルはあったものの、引き続き買い物はすることになった。俺のお目当ての店へと案内する。

 その店は駅から少し歩いた雑居ビルが立ち並ぶ一角にあった。

 セレクトショップ『ルフューズ』。

 フランス語で隠れ家という意味だとか。

 道路に面したショーウィンドウには西欧の民族衣装をアレンジした服とアジアンテイストな服とが並べられており、その下にはどこで仕入れてきたのかわからないユニークな小物が敷き詰められている。

 うーん。相変わらずカオスな世界観だ。

 この統一感のなさが子供の隠れ家っぽいと言えなくもないけど。

 圧倒されているのか、都子がぱちくりと瞳を瞬かせている。

「じゃあ入ろうか」

「え、ええ……」

 店の中は古着、アクセサリー、コスメや小物類……果ては謎の楽器などが所狭しと並んでいる。

 なぜ俺がこの店を選んだのかというと、別に咲の好きそうなものが見つかりそうだからというわけじゃない。

 ジャングルのようになっている商品を通り抜けてカウンターに向かうと目的の人物を見つける。

「おーい。楓。来たぞー」

「あ。いらっしゃ~い」

 ポップを作っていた楓がこちらに気付き、ひらひらと手を振ってくる。そう、ここは楓のアルバイト先だった。

 俺は咲の好みはちょっとわからないが、オシャレにうるさいこいつならセンスの良いものを選んでくれそうだと考えたからだった。

「おー。今日もばっちり決まってるな」

「まぁね~」

 学校のときとは違って顔に濃い目のメイクをしている楓。華奢な身体とボディラインが出ない服装も相まって中性的に見える。

 楓は休日、好んでこういう格好をしていたりする。

 出会った頃に事情を話してくれたことがあったがあまり詳しく聞いてはいない。

 でもそれでいいと思ってる。

 俺にとって楓は楓だし、中学からの唯一の友達だ。

「柊さんもこんにちは」

「貴方は高校の……」

「あり? ボクのこと知ってるの?」

「この前、涼川くんにジャージを借りていたでしょう? ふたりが話しているところ見かけたから」

「あ。そうなんだ。こっちもハルトから聞いてるよ~」

 人嫌いの都子だが今のところ楓とは普通に話している。

 楓の容姿を気にする様子もない。

 別に根拠があるわけじゃないが、都子ならそうだろうという確信はあった。

 ふたりは軽く自己紹介をしてから早速本題へと入る。

「サキちゃんへの誕プレか、なるほどね。ぱっと思いつく感じでいくつか候補はあるけど……ちなみに予算は?」

「今まで貯めてきたお年玉を全部持ってきたから問題ないわ」

 財布が入っているであろうショルダーバッグを胸元に掲げてフンスと意気込む都子。

 おいおい。

 小学五年生にいくら貢つもりだよ……。

「あはは~、柊さんおもしろいね。でもうちはお財布にやさしいから安心していいよ。じゃあ一通り見てこっか」

「ええ。お願い」

 楓に促されておススメの商品を見て回ることになった。

「咲ちゃんにはこっちの色の方が合うと思うのだけれど」「それはそうかもだけど本人はもっと大人っぽいのが欲しいんじゃないかな。ほら、お年頃だし」「……っ。そう言えばこの前メイクしてあげたことがあったわ」「でしょー。あ、そういうことなら裏にちょうどいいのがあったかも。ちょっと待っててね」

 都子と楓が真剣な表情でプレゼント選びをしている。

 実は俺もちょっと提案してみたのだが、

「ハルト、センスなさすぎ~」

「……(何も言わずに首を横に振っている)」

 と、完全に戦力外だった。

 なんかちょっとショック……。

 いいと思ったんだけどなぁ、熊の木彫り風えんぴつ削り。

 そんなわけで俺からは口を挟まずふたりを眺めていた。


 ……。

 …………。

 ………………。

「ほい、ラッピング終了~」

 結局、都子が買ったのは髪どめに使うビーズをあしらったシュシュだった。

 たしかにこれなら値段も手ごろだし、咲はいつも髪を横にまとめてるから良いかもしれない。

「ありがとう。霧島くんのおかげで良い買い物ができたわ」

「サキちゃん喜んでくれるといいね」

 これまでで意気投合したのか、楽しそうに話している都子と楓。

これなら今度楓も一緒に昼メシに誘ってみても良いかもしれないな、なんて思った。

「あ。実はね、柊さんのためにうちの店のものでコーデしてみたんだ。もしよかったら着てみてくれないかな?」

「コーディネート? お洋服ってことかしら」

「うん。ボク、この人はどんなコーデが合うんだろって妄想するのが趣味なんだ。結構自信あるんだけどなぁ」

「でも思った以上にプレゼント選びに時間かかってしまったし……それに……」

 ちらり。

 都子が横目でこちらを見てくる。

 ん……?

 もしかして俺の都合を気にしてのかな?

「俺のことはいいからさ。悪いんだけど付き合ってあげてよ。こうなると楓しつこいんだ」

「そ、そう。じゃあ折角だから……」

「やった~。じゃあこれボクが選んだやつね。試着室はあっち」

 都子が店の奥へと行き、俺と楓だけがカウンターに残った。

「今日はありがとな。柊さんも喜んでると思うよ」

「こんなのお安いご用だよ。それにボクも柊さんとちょっと話してみたかったし。もっと気難しい人かと思ってたけどすっごい良い娘だよね~」

「それなら学校でも仲良くしてやってくれよ」

「ん~。それってハルトがお願いすることじゃないんじゃない。今のは柊さんにも失礼でしょ」

「う……っ」

 たしかに楓の言う通りだったので言葉がなかった。

 誰と仲良くするなんて人から指図されるものじゃない。

「なんかドツボだね。焦りすぎじゃないかな」

「すまん……」

「……おまたせ」

 そんな話をしていたら奥の試着室から都子が出てきた。

 ハンチング帽、清涼感のある白地にワンポイントプリントの入ったTシャツ、ガウチョパンツという姿。靴も服に合わせてスニーカーに履き替えている(ちなみに俺がなぜこんなに服の詳細に説明できるかというと後々楓からこのコーデのこだわりを延々聞かされたからだったりする)。

 先ほどまでよりラフな感じに仕上がっている。

「わ~~~~っ。イメージ通り! バッチリだよ柊さん!」

「……そんな露骨にほめ過ぎるとお世辞だって私でも気付くわ」

「お世辞じゃないってば! ね、ハルト!」

「いっ!?」

 まさかのパスだった。

 俺に話を振るんじゃねーよ。

 今まで都子の服がどうとか考えたことがなかったのでリアクションに困る。てか、オシャレとか全然わからんのだが。

 う、うーん……まあ今日着ていた服とタイプは違うのはわかる。

 これはこれでなんだろう、こう――……。

その先、自分の中でしっくりくる言葉が見つからなかった。

 なんかさっきもあったな、こんなこと。

「……」

 じっと見つめてくる都子。

 これは何か言わないといけない雰囲気だ。

 うう……変に緊張するな。

「す、すげー似合ってると思う、よ」

 なんとかそれだけ絞り出すことができた。

 すると、都子が驚いたように口元に手を当てて大きく目を見開いてから――。

「……一式いただくわ」

「お買い上げありがとうございまーす☆」

 即決だった。

「えへへ~。こう気持ちよく買ってもらえると選んだ甲斐があるってもんだよねぇ」

「まったく……霧島くんって商売上手なのね」

「それほどでも~。それじゃハルトはお店の前で待っててね」

「え?」

 ほっと胸を撫で下ろしていたところ楓から言われる。

「服のお直しとかあるからね。ハルトは女の子のサイズとか盗み聞きしちゃうようなデリカシーなさ夫くんなのかな~」

「涼川くん……」

 都子が残念な人を見るような目をしていたので俺は慌てて店を出た。

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