🔳16ー1話

 日曜日、今日は都子と出かける約束をした日だ。

 待ち合わせは十三時に隣駅前の北口広場。

「なんか早く着いちゃったよ。まあ遅刻するよりはいいけど」

 改札口を抜けて駅の時計を確認すると三十分前だった。

どこかに寄り道するにも微妙な時間だよなぁ……。

そう思って大人しく待ち合わせ場所に向かうことにした。

「やば、家族と楓以外と出かけるなんて久しぶりだからなんか緊張してきた……」

 今日の目的はあくまで都子が咲にあげるためのプレゼント選びだ。俺はその付き添いでおまけみたいなものでしかない。

 しかし、誘われてからこの日を楽しみにしていた自分がいた。

 楽しみ、か……。

 それはボッチにしては珍しいお出かけイベントだからなのか。

 それとも相手が都子だからなのか

 考えてもよくわからなかった。

 まあ、たぶん前者だろうな。

 まったく例の約束の期限が迫っているのにお気楽なもんだよ。

 我ながらちょっと呆れるわ。

 駅北口を抜けると待ち合わせ場所の広場だ。ここは小ぎれいにガーデニングされたテラスと人工芝が敷かれたガーデンパークからなっており、日曜日ということもあって人で賑わっていた。

 どこかベンチで座ってようかな。

 周りも見渡していたところ、ある光景に目が留まった。

「あれは――」


 ※※※


 日曜日、柊都子は隣駅まで来ていた。

 これは休日は家で過ごすことがほとんどの都子としては珍しい。彼女がなぜ出かけているかというと妹のように可愛がっている涼川咲の誕生日プレゼントを買うためだった。付き添ってもらう咲の兄、悠人とは十三時に北口広場で待ち合わせになっている。

「……どうしたものかしら」

 都子はここ数年誰かと出かけるなんて経験がなかったこともあってか、待ち合わせ場所に三十分ほど前に早く着いてしまっていた。

 公衆トイレに寄って鏡の前で落ち着いたフェミニン調のプリーツワンピースをわずかに翻し、身だしなみをチェックする。

 緊張しているのかしら……私。

 何故かそわそわしてしまっていたので、心を落ち着かせるためにも都子は広場のベンチで持ってきていた小説でも待ち合わせ時間まで読んでいることにした。

「こんちには~」

 ふいに座っていた都子に影がかかった。

 都子が顔を上げると二人組の青年が立っていた。明るく染めた髪とラフな服装、いかにも軽薄そうな笑顔を張り付けている。

 声をかけられたものの都子は彼らのことなど知らない。

「キミ、めちゃくちゃ可愛いよね。こんなところで何してるの? ヒマ?」

 すぐに察する。

 いわゆるひとつのナンパというやつだ。

「……」

 不快感を隠そうともせずに眉を顰める都子。

 中学校の頃は文武両道、眉目秀麗で一目置かれていた彼女はこういう手合い初めてではなかった。

 むしろ出先でこのように声をかけられることが多かったから煩わしくて出不精になっていった経緯があったりする。

「良かったら一緒にご飯でも食べない?」

「美味しいところ知ってるよ。あ、もちろん驕るし」

「……」

 こういうのは相手にしないというのが都子のスタンスだ。

 小説に視線を戻して無視を決め込む。しかし、ナンパ男たちは「あれ~? 聞こえてる?」「俺たち医大生なんだよ。すごいっしょ」「俺すぐ近くのマンションでひとり暮らしなんだけどウチ来る?」としつこく話しかけてきていた。

 それでもスルーしていたのだが、ふいに読んでいた文庫本を手から引き抜かれる。

「何? この本そんなに面白いの~?」

「何をするの……っ。返して」

 伸ばした手が空を切る。

「なんだ聞こえてるじゃん。遊ぼうってば」

「ふざけないで」

 都子が鋭く睨みつけるが逆効果だった。何がそんなに楽しいのか、ナンパ男たちはオーバーアクションで笑っている。

 周囲の人は何か不穏な空気を感じつつもそのまま通り過ぎたり、事情が分かっているが関わるまいと見て見ぬ振りをしていた。

 これでは助け舟は期待できそうにない。

 そんなもの元々期待なんてしていない……っ。

 ――『今日でお前とは絶交だ』

 小学校の頃、悠人にこの言葉を突きつけられてから都子は他人に何か求めるのを止めた。

 ひとりでも生きられるよう努力してきた。

 それなのに今、目の前のナンパ男たちから本すら取り返せないでいた。

 そんな自分にいら立ち下唇を噛みしめる。

 しかし、そのとき――。


 都子とナンパ男たちの間にひとつの人影が割って入った。


 その背中に大きく目を見開く。

 肩越しに見える横顔――そこに現れたのは悠人だった。


※※※


 広場に着いた俺は少し離れたベンチに都子の姿を見つけた。

 ただ、座っている都子の前にはチャラそうな二人組の男がいて、ここからじゃ聞こえないがなにやら話しかけられているようだった。

 ん? あれって知り合いって感じじゃなさそうだよな……。

 もしかしてナンパってやつか?

 はぁ~……やっぱモテるんだな、すげーや。

 身振り手振りを交えながらナンパ男たちが気を引こうとしているが、都子はガン無視だった。

 清々しいほどの脈なし。

 これだけわかりやすくスルーされれば退散するしかないだろう。

 しかし次の瞬間、男のひとりが都子の持っていた本を取り上げた。

 は――?

 考えるよりも先に俺はその場へと駆け寄っていた。


「ちょっと待った。あんた達何やってんの?」


 回り込んで都子を背中の方へと促す。

「あ? なにお前」

 いきなり現れた俺に上機嫌だったナンパ男が怪訝な顔になる。

 久しく他人に向けりことのなかった負の感情。

 それが自分の中で湧き出てくる自覚があった。

 ……こいつらあんま大したことないな。

これなら二対一でも――。

「涼川くん……?」

 都子に呼ばれてはっと我に返る。

 いかんいかん。

 何考えてんだ、俺は。

 今日は都子の付き添いをするんだろ、ここでトラブったら買い物どころじゃなくなる。

 俺は気を取り直してから肩越しに都子へと振り返った。

「柊さん、ここは任せてくれない?」

「でも……」

「大丈夫。こういうの慣れてるから」

「慣れてる? それって……」

「あ! そうじゃなくて! と、とにかく俺がなんとかするからっ」

 なんか腕自慢アピールみたいになって妙にハズい。

 俺は誤魔化しながら今度はナンパ男たちへと向き直った。

「すみませんね。この娘(こ)は今日俺との約束があるんでナンパは諦めてくださいね」

「はぁ!? 約束? 嘘ついてんじゃねーよ!」

「嘘じゃないよ。俺の妹の誕生日プレゼント買いに行くんだって」

「はぁ!? そんなこと知るかよ!」

「いやいや。お兄さんたちが知らないとかそれこそ俺らには関係ないでしょ」

「「はぁ!?」」

 語気を強めて凄んでくるナンパ男たち。

 頭に「はぁ?」付けれんと話せないのかねキミたちは……。

「お前年下だろ? 舐めてんのか?」「俺らは医大生だぞ?」「こいつキレさせたらマジでヤバいからな」とかよくわからんことをまくし立てている。

だいぶ興奮しているようだ。

 経験上こうなってしまっては冷静な話し合いは望めない。

 だとすると最悪、都子には迷惑がかからないようにしなければいけなかった。

 俺はあくまで客観的には友好的に見えるようゆっくりとナンパ男たちのうなじに手を当て引き寄せ、額を突き合わせた。

「ちょ――てめっ」

「離せっ……ての」

 男たちが振りほどこうと抵抗するがびくともしない。

 こちとらリア充たちが楽しく遊んでいる間、身体鍛えることしかなかったボッチだ。

 腕力には少しだけ自信がある。

 そのままの体勢でふたりにだけ聞こえるくらいの小声で話しかける。

「場所移そうか。南口の方なら人の居ないところ知ってるからさ。あの娘は無理だけど俺なら付き合うよ」

 俺が手の力を緩めるとふたりはたたらを踏んで後ろに下がった。

 互いに目配せしている。

 そして――。

「……なんか冷めたわ」

「行こうぜ」

 ふて腐れながら踵を返した。

「ちょっと待った。本返すの忘れてるよ」

 舌打ちして乱暴に投げつけてくる。

 その後、二、三度振り返りつつもナンパ男たちは雑踏の中へと消えていった。

 まあこんなもんだろ……。

 あの手の輩は口だけで喧嘩になることはほぼないのだ。

 俺は短く息をつく。

「大丈夫だった?」

「……ええ。でも最低の気分だわ」

 都子がふんと鼻を鳴らしてから続ける。

「涼川くんがもう少し遅かったらあいつらの脛思いっきり蹴ってたとこよ」

 相変わらず気が強いことで……。

 さすが学校で“煉獄の華”なんて呼ばれるだけのことはある。

 ただ、この強さは危うくもある。

 今回は待ち合わせ場所に早めに着いてホント良かったと思った。

「あ、そうだ、本」

「ありがと――」

 渡そうとしたとき手と手が触れた。

 そこで俺は都子がかすかに震えていることに気付いた。

「……っ」

 それを察したのか、都子がベンチに腰を掛けて俯いてしまった。

 そうだ――……。

 いくら気が強いとはいえ怖くないわけじゃない。

 俺はもう何も言わずに隣に腰掛ける。

 そして、都子が落ち着くまで傍にいることにした。

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