🔳15話

 あれから放課後は我が家で都子に勉強を見てもらう日々が続いた。

 初日に俺は大失敗したのだが、その後、都子はその件に対して気にかけている様子はなかった。

 今は中間テストの最終日が終わった後の帰り道だ。

「中間テストおつかれ」

「お疲れ様。それでテストはどうだったの?」

「赤点はないと思う……てか、自分で言うのもなんだけどすげー出来たような気がする」

「そう。それはよかったわね」

「柊さんが教えてくれたおかげだよ。ありがとう」

「……そう」

 小さく頷いた都子がふいっとそっぽを向いてしまう。

 無事、中間テストは終わり、これで赤点を取って母からの愛の指導という名のプロレス技をかけられる心配もなくなった。

 それはよかったのだが俺は一段落したという気分には全然なれなかった。

 なぜなら都子との約束の期限がもうすぐそこまで迫ってきていたからだ。

 ――『なんで? 一緒にお昼ご飯食べて、一緒に帰って、家にも遊びに来たんでしょ。それってボクから見たらただの幼馴染だと思うけどね、それも仲の良い』

 楓の言葉が頭の中に響いている。

 たしかに最初から比べれば見違えるほどの進展はあった。

 傍から見れば仲良さげな幼馴染に見えるかもしれない。

 でもこれで元に戻れたと言っていいのだろうか……。

 ただもう一度仲良くなれば過去が清算できたことになるのか? 

 やはり何か足りないんじゃないか? 

 それとも欠けてるんじゃないか?

 ――『今回の問題はハルトの中に答えがあると思うけどね』

 いくら自分に問いかけてもそんなものは全然見えてこなかった。

 ああくそ……っ。

 時間だけが過ぎて焦る気持ちがどんどん大きくなっていく。

「――ず川くん」

「へ?」

「涼川くん」

 はっと我に返り振り向くと、都子が怪訝な顔で見上げていた。

「話、聞いてた?」

「あー……ごめん。ちょっとぼーっとしてた」

「そう。大丈夫?」

「大丈夫大丈夫。テストが終わってちょっと気が抜けただけだと思うから……あはは」

 いかんいかん。

 ふたりで一緒に帰ってるのに上の空なんてふつーにダメだろ。

 こんな調子じゃ約束の期限まで待たずに呆れられる。

 頭を振って余計な考えをかき消す。

「それで? 何の話だっけ?」


「だからね。付き合ってほしいって言ったの」


「え!?」

 予想外過ぎる言葉になんか変に甲高い声が出た。

 付き合う!?

 俺が考え込んでる間にどんな話があった!? 

 いや、可能性は限りなく低いんだけどまさかこれって告白――。

 動揺が隠せないでいる俺に都子が付け加える。

「お買い物に」

 ――というわけではなかった。

「ああ……なんだ、そういうことか――て、ええ!?」

 ただ、それはそれで驚きだ。

「騒がしいわね」

「ごめん、ちょっとびっくりしちゃって……。買い物? 俺が付き合うの?」

「今度咲ちゃんの誕生日でしょ。私も何かプレゼントしようと思うの。涼川くんなら咲ちゃんの好みとかわかるんじゃないかと思って」

「あー、なるほど」

 どうだろう……。

 たしかに俺も咲には誕生日プレゼントを渡すけど、それは自分で選んだものじゃなくあいつからリクエストされたものだ。

 うちの妹ははっきり言ってかなり気まぐれだ。

 毎年欲しいものの傾向がガラッとかわるので正直読みにくい。

「駄目かしら」

「いや、そんなことはないけど――」

 そこまで言いかけて止まる。

 待てよ、買い物か……。

 これってチャンスなんじゃないのか?

 今のままじゃ手詰まり感は否めない。これだと足りない何かを見つけることなんてたぶんできない。かと言ってここまで合わせてくれている都子を俺が色々と振り回すのはなんか違う気がするし、そんなのは個人的には嫌だ。

 だが今回は都子から誘ってくれている。

 ここは乗らない手はないだろう。

「あんまり役に立てないかもしれないよ?」

「構わないわ」

 そういうことなら……。

 俺がと頷いてみせると都子が胸に手を当ててほっと息をついた。

「柊さん?」

「誰かを誘うなんて久しぶりだったから……安心した」

 少し気恥ずかしそうに長い髪を撫でつけている。

 そう言えば高校で再会してから都子から何か誘われるというのは初めてのことだった。

 ――『は、ハルくん。ママから“えのしますいぞっかん”のチケットもらったんだけど……その、えと一緒に……』

 ――『え? 何? もしかしておれも行っていいの。わりと好きなんだよね、水族館』

 ――『いっしょに行ってくれるの? はぁ~~~~。よかった~~~~』

 ――『大げさすぎるだろ。てか、このチケットの期限今日までじゃん! なんでもっと早く誘ってくれなかったんだよ』

 ――『だって行かないって言われたらいやだったんだもん……』

 ――『んなこと言うわけないだろ。じゃあ急いで帰ってチャリで集合な!』

 ――『う、うん。……たのしみ。でへへ』

 思い出がふと俺の中を過ぎ去る。

「あ、はは」

「今度はなに?」

「ごめん。ちょっと思い出したことがあって」

「ぼーっとしたり突然笑ったり……おかしな人ね」

 都子が肩を竦めてから話を進めた。

「まあいいわ。それじゃあ次の日曜日だけど――」

 真面目にスケジュールを調整するその横顔を眺める。

 ――そうだ。

 戻るんだ……あの頃みたいに戻ってみせるっ。

 隠したこぶしをぎゅっと握りしめ意気込む。

 ……あれ?

 なんかおかしくないか? 

 これだと例の約束――「また幼馴染に戻る」ことが目的みたいになってるじゃないか。

 いやいや、そうじゃないだろ。

 あの約束はあくまで都子をひとりにしないために提案したものだ。

 あのとき他に思いつかなくて苦し紛れに俺の口から出た手段のひとつでしかない。

 手段と目的を履き違えるなよ、俺。

 疑問が脳裏を過り、握りこぶしの力がふと抜ける。


 掴めそうだった何かが手の中からすり抜け宙に溶けてしまった、そんな気がした。

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