🔳16ー3話
セレクトショップ『ルフューズ』の店内。
先ほど悠人が出て行ったことで今は都子と楓だけになっている。
「うん。これならウエストちょっと詰めるだけで大丈夫そうだね。これならすぐに終わるからそこで待ってて」
「霧島くんが直すの?」
「まぁね。あ、バイトだけど店長からは筋が良いって言われてるからね、ボク。そこは安心していいよ」
「ううん。心配しているわけじゃないの。ただ、同い年なのにすごいなと思って」
「昔からこういうの好きだったんだ。あれだよ、好きこそもののなんとやらってやつ」
楓がカウンターの横にある作業スペースでガウチョパンツを直し始める。
それを都子は眺めていた。
「なんかハルトとおもしろい“約束”してるみたいだね~」
不意に楓が言ってくる。
「……涼川くんから聞いたの?」
「相談に乗っただけ。面白半分に話してたわけじゃないから怒らないであげてね」
「……そう」
この件について悠人に口止めしているわけではない。都子は最初から責めるつもりなんてなかった。
「ハルトにも言ったことあるんだけどさ、傍から見ればふたりは仲良しの幼馴染だよね」
楓が作業の手を止め、都子へと顔を向けた。
「柊さんはハルトのことをどう思ってるのかな?」
「……っ」
その問いかけで都子は自分の心がざわつくのがわかった。
いつもの彼女なら「貴方には関係ない」と話を続けようとなんてしないだろう。
しかし、プレゼント選びを手伝ってもらった短い時間でも楓が軽い気持ちでこんな質問をしてくる人ではないとわかっていたし、何より都子自身に誰かに聞いてもらいたいという思いが強くあった。
「……わからないの」
都子は消え入るような声でそう答える。
そして、ゆっくりと語り始めた。
――。
――――。
――――――。
高校の入学式、涼川くんが同じクラスだと知ったとき最悪な気分だった。
もしかしたら絶交したのは昔のことなんだからって気安く話しかけてくるかもしれない、そんなことをひとりで想定して勝手に億劫になっていたの。
でも違った。
涼川くんはまるで最初から知らなかったみたいに私を全然気にする様子なんてなかった。
……なんで私だけこんなに気にしなきゃいけないのって本当に腹が立ったわ。
入学してから毎日、たぶん彼のことでイライラしていたんだと思う。
そんなある日、彼に呼び出されたの。
――『……あの時は……ごめん』
昔の絶交のことで謝られたわ。
一瞬、頭の中が真っ白になった。
今まで抑え込んできたものが一気に溢れて、それを彼にぶつけた。
それから絶交の理由を聞いたわ……ほんと勝手な言い分。
そこで“あの約束”が出てきたの。
……私は今でも涼川くんのことを許せないし、そんな自分は変わらないと思ってる。
約束を受けたのもこれですべてを終わらせるためだった。
でも――。
でもこの一か月は本当に――……。
――――――。
――――。
――。
「……それで今は自分でも自分の気持ちがかわからなくなっちゃった、てことかな」
その言葉に都子は小さく頷いた。
「柊さん、ちょっとボクの昔話聞いてくれない?」
「昔話……?」
楓は肩を竦めてから作業台のミシンへと向き直って直し作業を再開した。
手を動かしながら続ける。
「柊さんはボクのメイクのことどう思った?」
「どうって――……正直少し驚いたけれど。でも本人の自由だと思うわ」
「そっか。やさしいんだね」
「そんなこと……」
「ううん。やさしいよ。世の中、柊さんみたいな人だけじゃないから。実はね、ボクは自分の性への認識が曖昧なんだ。こういうの“エックスジェンダー”って言うみたい。……中学校でね、そのことでいじめられてたんだ、ボク」
カタカタカタ。
ミシンの子気味の良い音が店内に響く。
「でもね、ハルトが助けてくれたんだ。当時同じクラスなだけで知り合いでもなかったのに『くだらねーことしてんじゃねー』って大暴れしてさ。知ってる? ハルトって当時荒れてて学区内ではある意味有名だったんだよ」
「涼川くんが……?」
初耳だった。
少なくとも都子が知っている小学校の頃の悠人は問題を起こすような少年ではなかった。
「その一件でボクはいじめられなくはなったけどハルトと一緒に学年では浮いちゃってさ。それからだね、ハルトとの腐れ縁は。我ながらさびしい中学校時代を送ったなぁ、あはは。まあその経験があったからボクは今やってけてるんだけどね~」
カタカタカタ……。
ミシンの音が止まる。
「でもハルトは変わらない。あいつ、自分をボッチだってよく自虐してるけどほんとは友達ができないんじゃないんだよ、作ろうとしてないだけなんだ。本人は無自覚だと思うけどね。それがね、ボクの知ってるハルトなんだ」
楓が少し寂しそうに笑った。
「霧島くん……。どうして私に話してくれたの?」
「だってあいつからは柊さんに絶対話さないと思うから。でも、ボクはキミに知ってもらいたかったんだ」
都子にとって悠人から突きつけられた絶交はあまりにも大きな出来事だった。
悠人を憎むことでしか強くなれなかった。
だからこそ悠人が自分と再会するまでどうしていたかなんて考えを巡らせようと思わなかった。
なぜ悠人が高校のクラスでひとりだったのかなんて疑問すら抱かなかった。
「またきてね」
都子は楓から品物の入った紙袋を受け取って店を後にする。
カランカラーン。
玄関ドアから外に出ると、悠人は律儀に店先で待っていた。
「なんかちょっと時間かかってたみたいだけど大丈夫だった?」
「え、ええ。問題ないわ」
「ん? どうかしたの?」
心配したように様子を窺ってくる。
そんな彼の表情が都子の心を激しく搔き乱した。
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