🔳17話

「おにぃたん。ママがもうおきなさいってー」

「……んー」

 咲に呼ばれて俺は浅い眠りから目を覚ました。

 都子が引っ越してから一週間が経つ。

 神社であいつと絶交してから俺は何故か夜あまり眠れなくなっていた。

「はー……だりー」

 熱があるわけでもないのに身体が鉛のように重かった。

 食欲もなかったけどそれでも無理やり朝食を腹に詰め込んで学校の支度を整える。

 そして、保育園に送ることになっている咲と一緒に家を出た。

 ――『はるくん。おはよー』

 玄関ドアを開けると都子が満面の笑みで出迎えてくれる。ついこの間までは当たり前のような光景だ。

 だが、今はもうあいつはいない。

 玄関先に都子の姿があったような気がしたがそれは寝不足で見えた幻だったようだ。

 やっぱりちょうしくるうよな……。

「おにぃたん。どったの?」

「……いや、なんでもない」


 ……。

 …………。

 ………………。

 いつの間にか放課後になっていた。

 寝不足なのもあって授業なんて全く頭に入ってこなかった。

 ――『やっとがっこうおわったー。はるくん。きょうはなにしてあそぶー?』

 今までは放課後になると都子と下校するのがお決まりになっていた。

 だが、今はもうあいつはいない。

 ……もう終わったことだろ。いつまでも気にしてんなよ、おれ。

「……帰るか」

 ランドセルに教科書を詰めてクラスを後にした。

 廊下をとぼとぼと歩いていたところ後ろから肩を叩かれる。

「え?」

 振り返るとそこには同じクラスの男子のグループがいた。

 そのうちのひとり、大滝が話しかけてくる。

「なあ、ヒマ? 今からおれたちとサッカーしない? あとひとりメンバー足りなくてさ」

「サッカー……」

 最初は親から言われただったとはいえ、今まではいつも都子といたからクラスメイトと放課後遊ぶ機会なんてなかった。

 もうあいつはいないんだ……。

 そうだよ、これからは気にせずあそぶことだってできるんだよな。

「じゃあちょっとやっていこう――」

 瞬間、都子の泣き顔がフラッシュバックした。

 胸に締め付けられるような痛みが走って堪らずしゃがみ込んでしまう。

「おいおい。だいじょぶか? ほけん室いくか?」

「へ、へいき。ちょっとねぶそくでふらっとしただけ。でもちょっとサッカーできそうにないかも」

「そっかぁ。ざんねん。じゃあまた今度な!」

 大滝たちは「ばいばい」と手を振って去っていく。

 この痛みは都子と絶交したときと同じものだった。

 都子を遠ざけるための刃は俺自身にも深く、深く突き刺さっていた。

 都子と絶交をしたことで全部済んだと思っていた。

 でも、そんなのは間違っていた。

 俺はこの時、最悪には底がないんだと子どもながら理解した。

 おれはなにあまえたこと言ってんだ。

 みやこは――。

 みやこはもっとつらかったはずなんだ……っ。


 そして、俺は自分でも気づかないように本当の気持ちに蓋をした。

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