🔳10話

 昼休み、今日もまた都子と例の空き部室へと来ていた。

「……」

 俺は買い弁の総菜パンの袋を開く。一口頬張りながら長机越しに小さな弁当箱を広げている都子へとさりげなく目をやった。

 実は今、俺はちょっと緊張していたりする。

 うーん、どうしたもんか。

 切り出すなら早い方がいいとは思うんだけどな。

だがいざとなるとどうも躊躇する……っ。

 心なしか緊張からパンの味がしなくなってきた。

「ねえ」

 ふいに視線を上げた都子とばちりと目が合う。

 やばっ、ちょっと見すぎてたか!?

 それとも挙動不審過ぎだった!? 

 俺、今すげーキモかったのでは!?

「何をしているのかしら」

「ん?」

 呆れ気味な都子の視線を辿ると、自分が総菜パンのビニール袋をもしゃもしゃと食べていたことに気付く。

 なるほど、どうりで味なんてしないわけだ。

「うぇ……ぺっ、ぺっ」

「どうかしたの? さっきからぼーっとしてたけど」

「あー……いや」

 訝しげにしている都子。

 別にやましいことがあるわけじゃない。変に誤解されても嫌なので思い切って切り出してみる。

「柊さんってプリン食べれる?」

「プリン? 嫌いじゃないけれど」

「そっか」

 そう確認してからコンビニのビニール袋からあるものを取り出し、都子の前に置いた。

「じゃあこれ、あげる」

 昼飯と一緒に買っておいたプリンだ。

 別にSNSでバズってるとか限定品というわけではない。どこにでも売っているオーソドックスなやつだ。

 都子がプリンを見てぱちくりと瞳を瞬かせている。

「いきなりどうしたの?」

「いや、別に……なんとなく」

 我ながら歯切れの悪い返答だった。その気まずさに椅子を横向きに座り直して視線を外す。

 そんな俺をじーっと見ていた都子がおもむろに口を開いた。


「もしかして“真ん中記念日”?」


 ぎくり。

 その言葉に肩が跳ねた。

 “真ん中記念日”――それは「一年に何回も誕生日があればいいのに」といかにも子供らしい話からお互いの誕生日の間にあたる日に作った俺と都子のオリジナル記念日のことだった。昔はこの日にはふたりでプレゼント交換をしていた。

 実はその真ん中記念日が今日だったりする。

 俺が当時都子の好物だったプリンを用意してきたのはそのためだ。

 小さい頃の話だ。

 都子が覚えてなくてもいいと思っていた。

 むしろ俺だけ覚えていて「何それ?」となるのが怖くて切り出せないでいたのだが、まさか言い当てられるとは……。

「覚えていたのね」

「んー、まあ……」

 もう大人しく白状するしかなかった。すると、都子が片手で口元を抑えながらくすりと笑う。

「柊さん……?」

「ごめんなさい。貴方、ずっと落ち着かない様子だったから何事かと思ったけど、こういうことだったのね」

 ……最初から怪しまれていたのね。

 なんだよ、めっちゃイタイ奴だな俺。

「実はさっきのは嘘。プリン、今も好物なの。ありがとう」

「ふぅん……そっか」

 都子がプリンの容器を優しく撫でる。

 少しきまりは悪かったが喜んでもらえたなら用意した甲斐があったというものだ。

「じゃあ私からはこれ」

「へ――?」

 そう言って都子はおもむろにランチバックからお洒落なタッパーを取り出し、開いてみせた。

 から揚げ――。

 中には黄金色の衣に包まれたから揚げが大盛入っていた。

 明らかに手作り。しかも見るからに美味そうだ。

「から揚げはまだ好き?」

 うう……っ。

 下なら覗き込むように尋ねてくる都子に俺は後ろへと身じろぐ。

「好きだけどさ……今日のこと覚えてたなら言ってくれれば良かったのに」

「嫌よ。私だけ用意していたら空回りしてるみたいで恥ずかしいじゃない」

「ずるっ」

「ふて腐れないの。ねえ食べてみて。口に合えばいいのだけど」

 まったく敵わないよなぁ……。

 そうは思いつつも都子がこうして俺の好物を用意してくれていたことは純粋に嬉しかった。

 から揚げが美味かったどうかはもう言うまでもないだろう。

 昔のように冗談を言い合えている雰囲気に懐かしさを感じた。

 ――「俺はもう一度、柊さんの幼馴染になってみせる」

 なんだかやれそうな気がしてきた。


 約束の期限まであと15日――。

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