🔳1話

 柊都子は俺の幼馴染だ。

 “幼馴染”とは幼い頃に親しくしていたもの、または人。この定義に当てはめるなら絶交した俺たちは“元幼馴染”と言ったほうが正しいのかもしれない。

 小学校五年の時、都子は親の都合で遠方へと引っ越していった。

 まさかこっちに戻ってきてたとはな……。

 都子との絶交は俺の人生で印象深い記憶のひとつだ。

 そんなこともあって高校の入学式、クラス発表の掲示板で“柊都子”の名前を見たときは正直すげー動揺した。

 ――『都子って……まさかそんなことないよな。そこまで珍しい名前でもないし同姓同名の別人って可能性だって――』

 自分に言い聞かせるようにしたが、それでも入学式ではつねに視線を配らせてあいつの姿を探していた。

 実際にクラスで都子を見つけたときも最初は本人だとは思わなかった。大人びていて俺の記憶とは違っていたが、特徴的なほくろの位置は同じだったし、クラス全体の自己紹介のとき「柊都子です。趣味は特にありません」とだけ不愛想に言った声にはどこか懐かしさがあった。

 あいつは間違いなく俺の幼馴染の都子だった、認めたくはないけれど。

 なぜ認めたくないかって? 考えてもみてほしい、俺と都子は絶交した元幼馴染なのだ。しかも絶交したときにはギャン泣きさせてしまったというおまけつきだったりする。そんな相手と高校で同じクラスになりました、なんて気まずい以外の何物でもないだろ。

 どんな顔して毎日登校すればいいんだよ、マジで。もし学校の授業で「ふたり組つくってー」とか言われて一緒になったらなんて考えただけで胃がキリキリするわ。

 てか、都子のやつ昔と雰囲気違い過ぎるんだが?

 男子はいつまでもガキ。女子の方が精神年齢が高いって本当なのかな?

 近所のトイプードルに追い掛け回された挙句、俺に泣きついてTシャツを鼻水まみれにしてきたやつと同一人物とはとても思えない。

「……柊都子、ね」

 誰にも聞こえないくらいの小声で呟いてみる。

 気まずい気持ちはあった。

 ただ、それと同じくらいに俺は今の都子が気になっていた。

 気が付けば都子の姿を視線で追っている自分がいる。

 あいつは――俺のことをどう思ってるんだろうか。

 入学してから一週間、都子とは会話はもちろん目が合うこともなかった。俺が様子を窺っているにも関わらず、一切だ。

 そこには明確な意思のようなものを感じた。

 まあこれはあくまで俺の勘。自意識過剰なだけかもしれない。実際のところ都子は俺なんて全く覚えていない、なんてことだって十分考えられる。

 そんなの本人に聞かなければわからないけれど、都子からしたら俺は絶交を突きつけてきたやつ――いわば仇敵みたいなものだ。そんな奴に気軽に話しかけてこられたら相手がどう思うかなんてことくらいボッチの俺でも流石にわかっていた。

 少なくとも俺に話しかける資格はない。

 そう、そんなものはないのだけれど――……。

「うーん、どうしたもんかな。いやまあどうしようもないんだけどな」

「どうしようもないって何が?」

「うおっ!?」

 独り言への予想外の返事に弾かれたように振り向く。すると、いつの間にか俺の席のすぐそばに金髪の青年が立っていた。

 こいつは霧島楓きりしまかえで、俺の中学校から唯一の友達だ。

 楓は俺と違って友達が多い。しかもクラスが違うにも関わらずこうやってちょくちょく俺のところに顔を出してくれるイイ奴なのだ。

「もしかして柊さんのこと見てた?」

「ぐむっ」

 鋭いな……。

「彼女美人だもんね~。そっか~、ハルトはあーゆータイプが好みなんだ」

「違(ち)げーよ。たしかに見てたけどそんなんじゃないっての」

「へぇ。じゃあどんなものなの?」

 楓が含みのある笑顔を浮かべながら尋ねてくる。こうなったこいつには嘘やはぐらかしが通用しないのはこれまでの経験で十分に分かっている。

 どうやらここは大人しく白状するしかないようだ。

「あいつとはその……小学校のとき幼馴染だったんだよ」

「へぇ。それは初耳」

「楓はみや――じゃなくて柊さんのことなんで知ってるんだよ?」

「そりゃ結構噂になってますしぃ。あ、そっかハルト、ボッチだから噂とか疎いんだっけ」

「だまらっしゃい」

 楓が前髪をちょいちょいといじりながら楽しそうに尋ねてくる。

「柊さんの噂、知りたい?」

「……ま、まあ楓が話したいっていうなら聞いてやらんでもないけど」

「じゃね~」

「ああ嘘! めちゃくちゃ聞きたいです! 見栄張ってすみませんでした!」

 やはり人間素直が一番である。

 プライド? そんなもんとっくに近所のチワワに食わせてやったわ。

 楓の話ではこうだった。

 都子がこちらに戻ってきたのは昨年のこと、中学三年生卒業間近だった。珍しい時期からの転入でしかもあのルックス、学年末テストでいきなり全教科一位をかっさらうくらい頭の出来が良くて、おまけにスポーツも万能というチート級のスペック。当時、中学校では都子の話で持ちきりだったらしい。当然そんな転校生を周りが放っておくわけはなく相当におモテになったとか。

「すげーな。マンガの主人公みたいじゃん」

「でも柊さんが有名なのはここからなんだよね。彼女、“超”が付くくらいの人嫌いなんだって」

「人嫌い……?」

「告白した人たちはみんな撃沈。こっ酷く振られすぎて、“冬”とか“京都”みたいに柊さんの名前を連想するワードを聞いただけで震えだす人もいるみたいよ」

「やだそれ、怖い……完全にトラウマになってるじゃん」

 キーンコーンカーンコーン。

 そのとき、朝のSHRの予鈴が鳴った。

「やばっ。そろそろ戻らなきゃ。じゃーね、ハルト。柊さんに振られたら教えなよ、慰めてあげるから」

「だからそんなんじゃないっての」

 ケラケラを笑って教室から去っていく楓の背中を見送った後、また都子で目が留まる。

 頭が良くてスポーツ万能ねぇ……。

 小学校の頃とは全然違うんだな、あいつ。そりゃ時間が経てば変わることもあるか。

……長げーもんな、五年って。

 やっぱ俺のことなんて覚えてないのかもな。避けてるって感じたのもただの気にし過ぎだったか。

 あーやだやだ。イタイねー、ボッチの自意識は。

「それにしても都子が人嫌い、か……」

 いや、もう都子のことは考えるのはやめよう。

 俺とあいつは元幼馴染。

 触らぬ神に祟りなしってやつだ。

 俺は思考を切って机に突っ伏し、ショートホームルームが始まるまでボッチの得意技“寝たふり”を決め込むのであった。

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