🔳2話

 翌朝の登校時、正門の前が人だかりになっているのを見つけた。

 その中には楓の姿もある。

「よーっす、楓。なんかあったの?」

「あ、ハルト。おはよ。あー……ほら、あれ」

 楓が言い淀みながら送った視線の先を追うと、人だかりの中心にふたりの生徒がいた。

 片方は都子。

もう一方の男子はネクタイの色からして三年生の先輩のようだ。

「あの先輩、誰?」

「え? ハルト知らないの!? そっかボッチだもんね……」

「もうそれはいいっつーの」

「冗談だってば」

 あはは、と笑いながら楓が続ける。

「あの人は東野先輩、学校の有名人だよ。たしか前年度の全日本ジュニアテニス選手権優勝してて、テニス業界で今最も注目されてるんだって」

「あー……そう言えばそんな先輩がいるって入学式で聞いたような気がする。あの人がそうなのか」

 もう一度、輪の中心の人物へと目をやる。

 まるで某サッカー漫画の登場人物みたいな頭身に爽やかなマスク。絵に描いたようなイケメンだった。

 もうね、リア充オーラがほどばしっている。陰の者の俺としては運命レベルで拒絶反応が出るぜ。

「がるるるる……っ」

「威嚇しない威嚇しない。東野先輩ってあれだけハイスペックなのに性格まで良くて人望も厚いらしいよ」

「くぅーん」

 ちくしょう……戦わずして完敗だった。

「それで? その先輩と柊さんがなんで人だかりの中心にいるんだ?」

「んー、それがね、なんでも東野先輩が今から彼女に告白するみたい」

「はぁ!?」

 思わず大きな声が出てしまう。

「え? 告白? コクるの? 今ここで?」

「みんなの前で愛を勝ち取ってみせるんだって」

 都子がコクられるのか……。

 マジかよ……。

 楓が右手を口元に当て、からかうように尋ねてきた。

「ぬっふっふ。幼馴染が告白されるところ見るなんてめったにないよねぇ? ねえハルト、今どんな気持ち?」

「いや、どうって言われてもなぁ」

 たしか都子はかなりモテるって話だ。それならコクられること自体は珍しくないはず。

 だけど――。

 その現場を見たいかと言われたら複雑な心境というか……正直あまり気持ちのいいものではないと思った。

 てか、こんな大勢の前でコクるってどうなんだ? 

 東野としては「俺の起こす一大イベントをみんなで盛り上がろうぜ☆」みたいなつもりなのかもしれないが、俺はなんだか人のプライベートに土足で踏み入っているようで少し気が引ける。このノリについていけない俺みたいな奴だって他にもいると思うんだけどなぁ……考えすぎか?

 そもそも当の本人の都子は今の状況をどう思ってるんだろうか。

 あいつはこんな状況でコクられるとわかってここにいるのか……?

 東野と対面して佇んでいる元幼馴染へと目をやった。これだけのギャラリーがいるというのにあいつはいつも教室にいる時と同じでスンとしている。その表情からはなにを考えているのかうかがい知ることはできなかった。

 まあ俺はあいつの元幼馴染なだけだ。とやかく言うつもりはないし、そもそもそんな権利がないのは承知している。

 もし東野と付き合うことになったとしても陰ながら祝ってやることしかできない。

「東野先輩すごいよね~。たぶん自分が振られることなんて一ミリも考えたことないんだよ。相手はあの柊さんだし。ボクちょー気になるっ」

「ったく。楓はミーハーだなぁ」

「あ、なんか引っかかる言い方。じゃあ興味ないんだね。もうすぐ始まりそうな雰囲気だけどハルトは教室に行ってたら?」

「おっと。靴ひも結び直さないと」

「……ほどけてなかったじゃん」

 靴ひもを直すフリをするためにしゃがんだ俺に、楓の冷ややかな視線が容赦なく浴びせられる。

 人の告白を鑑賞なんて趣味が悪いしノリについていけないのも本音だ。

 だが、その相手は元とはいえ幼馴染。

気にならないかと言われれば嘘になる。『それはそれ、これはこれ』、昔の偉いっぽい人が残した格言だ、知らんけど。


「柊さんっ!」


 そのとき、東野が通る声で呼びかける。ギャラリーのどよめきが波を打つように広がった。

「……(ごくり)」

 俺は固唾を飲んで目の前の行方を見守る。

 もう完全にやじ馬の中のひとりになっていた。

 周りのざわつきは次第に収まっていき、より注目が集まっていく。そのプレッシャーを一身に受けながら東野は続けた。

「一目惚れです、俺と付き合ってほしい! 次の大会の優勝は君に捧げたい!」

 女子たちから黄色い歓声があがる。

 ……けっ、気に食わねー。

 何がいいんだかな。あんなの陽キャイケメンでしか成立しないパワープレイじゃねーか。

 俺はあんま響かなかったなー。

たぶん都子もそうなんじゃねーの? いや、別に嫉妬してるわけじゃないんだけどな!? 断じて違うんだがな!?

 心の中で言い訳がましいことを考えながら俺はすかさず都子の反応を窺ってみた。

 すると――。


「………………」


 新種の苦虫を噛み潰したみたいに眉をひそめている都子。

 視線はまるで自宅に出現したGへ向けるそれだった。誰がどう見ても機嫌が悪そうだとわかる。

全身から人を屠れそうなオーラが立ち上がっているように見えなくもない。

「お断りします」

「へ――?」

 さらっと振られるテニス界のホープ。

 でしょうね。まあそうなるだろうなとは思ってた。

 そっか……都子のやつ断るのか。

 何故かほっとした自分がいる。

 そんな俺を余所に都子たちの会話は進んでいった。

「いきなり呼び止めて何を言い出すかと思えばくだらない」

「く、くだらない!?」

「そもそも貴方、誰なの?」

「え……キミ、俺のこと知らないの?」

「は……?」

 都子が眉間にしわを寄せ目を細める。謎のプレッシャーが膨れ上がった。

なにあれ……やだ、めっちゃ怖いじゃん。

夢に出そう。

「なぜ私が知ってることが前提条件なのかしら。貴方って一般常識として知ってなければいけないほどの人なの?」

「いえ、そんなことはないですけど……」

都子の迫力に敬語になってる東野。先ほど勢いよくコクっていたときよりも心なしか一回り小さく見える気がする。

「まあ貴方のことなんてどうでもいいわ。そんなことよりどうして人を集めたのかしら?」

「これはその、盛り上がった方が女の子は喜ぶと思って……」

「喜ぶ? こんな晒しものみたいなことをされて不快感しかないのだけれど」

うわぁ……気持ちはわかるけど辛辣ぅ。

目の前の光景に俺は息を呑む。

 ピリピリした展開にふたりを囲む人垣の間では気まずい空気が漂っていた。

 まあそれも無理からぬことだろう。告白はまさかのNO、相手に興味すら持たれていないどころかぶちキレさせてしまう始末。

 こんなの動画配信サイトだったら完全に放送事故レベルだ。

 そんな雰囲気を察知した東野が咳ばらいをしてから、

「ふっ。どうやら俺は少しテングになっていたみたいだな。気付かせてくれてありがとう。だからこそ今ここで誓おうっ。俺は誰もが知る世界一のテニスプレイヤーになってみせる! 柊さん、どうかそれを俺の隣で見ていてほしいっ!」

 大げさに両手を大きく広げてそう言ってみせた。

 なぜそうなる!?

 いや、さすがに悪手なんじゃないのか……?

 本人は一発逆転を狙ってのことなのだろうが、先ほどのやり取りから見ても無理筋というものだ。そんなことはボッチの俺でもわかる。

 都子は怒りを通り越して呆れたかのように小さく嘆息した。

「最初に断るって言ったはずよね。人の話聴いてないの?」

「あう……っ」

「結局、貴方はただ目立ちたかっただけ。相手のことなんてまるで考えてない。さぞや自分に自信があるみたいだけれど私は謙虚さも配慮も持ち合わせていない貴方のような人間には全く惹かれない。むしろこんな下品なやり方でしか承認欲求を満たせないなんて吐き気すら感じるわ」

「はう……っ」

 都子が淡々と言葉を発するたび、それが具現化して衝突しているかのように東野が左右によろめく。

 ……なんかあの先輩が可哀そうになってきた。

 やめたれ都子、もう東野のライフはゼロだよ。

「大体なんで私が貴方の隣にいなければいけないの? 貴方が誰と連れ添おうが興味ないけれど私を巻き込まないで――」

 そのとき、ふいに言葉を切って顔を伏せる。

 ん? 都子……?

「私はひとりでいい。自分のことは自分でするわ」

そして、スカートを両手でぎゅっと握りしめた。

 あ――……。

 その仕草に俺は息を呑む。

 この光景には見覚えがあった。

 幼い頃から都子は泣きそうな時にああやって俯いてズボンやスカートなど自分の履いているものを強く握りしめる癖があった。

公開告白という場の雰囲気に少し酔っぱらっていた俺は一気に現実へと引き戻される。

 あいつ、もしかして――。

 都子は状況に相当負担を感じていたのかもしれない。

あいつが顔を伏せていたのはほんのわずかな時間だった。事情を知らない人間からすれば別に深く考えることのない所作のひとつに見えただろう。

 顔を上げた都子が最後に言い放つ。


「貴方のような人間は生理的に無理。もう二度と話しかけないで」


「ぐっはぁ」

くるりと踵を返して校舎へと向かう都子。その後ろで東野が前のめりに崩れ落ちた。

『だ、大丈夫か東野!?』『駄目だ、なんか遠い目をしてぶつぶつ素数唱えてる!』『保健室に運ぶぞ! 誰か肩貸してくれ!』

 東野は有志により保健室へと運ばれていく。

「うはー。生理的に無理だって、きっつー。噂通り柊さん容赦ないね~」

「ん? あ、ああ……」

 都子のやつ……大丈夫か?

 愉快そうにしている楓の横で、俺は校舎へと消えていく都子の背中を見送ることしかできなかった。

 こうして後に語り継がれる大告白劇――改め公開処刑は幕を閉じ、柊都子の名前は学校中に知れ渡ることとなったのだった。

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