🔳5-3話

 翌日、俺は近所の高台にある神社に来ていた。

 ここは俺と都子がいつも遊んでいる場所だ。人通りが少ないので大事な話をするなら最適だった。

 賽銭箱の前の階段に座り、呼び出していた都子を待つ。自分の身体が氷のように冷たくなっているのを感じる。

 これが十二月の冷気のせいだけじゃないのはわかった。

 今日、おれはみやこに嫌われるんだ――……。

「はるく~~~~ん」

 ふいに、何とも気の抜けた声で呼ばれる。

 高台への階段を上がってきた都子が白い息を吐きながらこちらへと駆け寄ってきた。

 俺がこれからしようとしてることなど知る由もないその無邪気な顔に「やっぱりやめようかな……」と決意が少し揺らいだ。

 その弱気をかき消すように小さく顔を振ってから答える。

「おそいぞ。ホントちこく多いな、お前」

「ごめんなさい、えへへ。これさがしてたらおそくなっちゃった」

 都子が大事そうに両手で抱えていた小さなトートバッグを開いてみせる。そこには色々な種類のレターセットが入っていた。

「おてがみ。あっちいったら毎日かくね」

「毎日って……おい。大変だろ、学校だってあるんだし」

「そんなのどうだっていい。みやこ、はるくんにおてがみかくほうがだいじだもん」

 少しふて腐れたようにむっと頬を膨らませながら都子が視線を逸らす。

 みやこ……。

 それは神経を尖らせていた俺に“悠人離れ”を決意させるには十分すぎる反応だった。

 レターセットをバッグにしまいながら尋ねてくる。

「それではるくん、きょうはなにしてあそ――」


「いや、あそばないよ」


 俺は遮るようにして言った。

「こうして会うのも最後だからさ。言いたいこと言っとこうと思って」

「え? さいご……?」

「おれ、実は――」

 言葉に詰まってしまう。

 嫌だっ。

 ホントはこんなこと言いたくない……っ。

 傷付けたくなかった。嫌われたくなかった。

 でもこれからの都子のことを想うなら、俺は言わなければいけなかった。

 動揺で声が震えないように注意して続ける。

「みやこが引っ越すって聞いておれすげーうれしかったんだよ。ひとりでなにもできないお前がずっと嫌いだったからさ」

「はる……くん……?」

 いきなりのことに理解できなかったのか、都子はきょとんとしている。

 俺はそんなあいつをじっと見つめ、自分の言葉が染み渡るまで待った。

「きらい……?」

「そう」

「うそだよね……?」

「うそじゃねーよ」

「だって……いつもあそんでくれてるし……」

「そんなの母さんに言われていやいやに決まってるだろ」

 歪んだ笑顔のまま強張ってた都子が顔を伏せた。

 神社の苔がかった石畳にぽつぽつと涙が落ちて黒点をつくっている。

「うそだもん……そんなのうそだもん……っ」

「だからうそじゃねーっての」

 頑張れ……っ。

 おれなんかに負けるな……っ。

「あ。手紙とか送ってこなくていいからな。どうせ返さないし」

 頑張れ、みやこっ。

 手あみのマフラーくれただろ? 二か月かかってもあきらめなかったなんてすげーよっ。

 お前はおれがいなくたってぜったいに大丈夫だっ。

 俺は心とあべこべの言葉を吐き続けた。

 都子が俺を頼ろうと思わないように――。

 なるべく俺のことなんて忘れたいと思うほど憎たらしくみえるように――。

 そして引っ越し先でも元気でいてくれるよう願いを込めて――。

 一呼吸置いてから口を開く。


「今日でお前とは絶交だ」


 俯いたままの都子の肩がびくりと震えた。

 俺はもうそんな都子の姿を見ていることが出来なかった。

「じゃ、じゃあな……っ」

 逃げるように神社の階段を駆け下りる。

 次の日、クラスでは都子のお別れ会があったようだが俺は学校を休んだ。

 だから俺が小学校の時に都子を見たのはあの神社が最後だ。

 去り際、肩越しに見えた都子の泣き顔は今でも夢に出てくる。


 これが五年前の――俺と都子の絶交だった。

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