🔳5ー2話

 マンションからの帰り道、俯いて歩いていた俺の視界に人影が写る。

「あれー? 悠人くん」

 呼ばれたので顔を上げるとそこには都子の母親の姿があった。

「おばちゃん……どうしてここに?」

「お夕飯のお買い物。お料理道具もう引っ越し先に送っちゃってね。あっちに行くまではお料理できないのよ。失敗しちゃった」

 おばちゃんが手に提げていた買い物袋を持ち上げ、ぺろっと舌を出して見せる。

 都子の顔立ちは母親似だが、性格はあまり似ていない。おばちゃんはなんと言うか、明るくておちゃめでエネルギッシュな人だ。

「そ・れ・よ・り・どうしては悠人くんでしょ? こんな時間に小学生がひとりで出歩くなんていけないんだー」

「ご、ごめんなさい。ちょっとみやこに話があって」

「あら? うちに来てたの?」

 俺は今日初めて都子の引っ越しについて家族から知らされたこと、それで都子に話を聞くため家に行ったことを伝えた。

「ほんっっっとうにごめんなさい! まさかそんな大事な話を悠人くんに黙ってたなんておばちゃん思いもしなかったわ。まったくみやちゃんったら……」

「……いいよ。みやこがずっと悩んでたのはわかったから」

「そうなのよねぇ」

 おばちゃんが頬に手を当ててため息をつく。

「みやちゃん、こっちじゃ悠人くんに頼りっぱなしだったからね。北海道行くんだから“悠人くん離れ”しなきゃなんだけどね。あっちの学校で馴染めるかちょっと心配だわ」

 困ったように笑っているおばちゃんにはいつもの元気はない。

 こんな顔を見るのは初めてのことだった。

 普段頼りになる大人が見せたそんな違和感は、子どもだった俺の心を大きく揺さぶった。

 “おればなれ”か……。

 だからというわけじゃないがその言葉が妙に耳に残った。

「て、ごめんごめんっ。悠人くんを責めてるわけじゃないのよ。悠人くんにはみやちゃんと仲良くしてくれてとっても感謝してるんだから」

「うん……」

「あー、なんだかららしくない話で引きとめちゃってごめんね。もう遅いから早く帰りなさい。お家まで送ってこうか?」

「だいじょうぶ。走って帰るから」

 見送ってくれるおばちゃんに手を振ってから俺は家へと急いだ。


 家に帰った俺を待っていたのは夜出歩いたことでの母さんからのお説教だった。まあ情状酌量の余地があったのでそこまでのお咎めがなかったが。

 その後は風呂に入ってベッドへと潜り込んだ。

 電気を消しているので部屋の中は薄暗い。

 いつもなら寝ている時間だというのに今日は全然眠くなかった。

「……」

 天井にある一点のシミをじっと見つめながら、頭の中では都子の引っ越しについて考えていた。

 今日都子と話すまでは「なんで引っ越すんだ」とか「どうして言ってくれなかったのか」という気持ちだった。

 しかし今は心配の方が大きい。

 みやこのやつ、引っ越した先でちゃんとやっていけるのかな……?

 都子とは物心つく前からの付き合いだ。

 ドジで気が弱くって人見知りで……あいつは何をやるにしても俺の後を付いて回っていた。

 あいつは俺のことを慕ってくれている。そう自惚れるくらいには俺は都子との間に強い絆を感じていた。

 ふと、先ほどのおばちゃんの言葉が脳裏に過る。

 ――「“悠人くん離れ”しなきゃなんだけどね」

 その自覚もあった。

 都子は俺が近くにいるとすぐに頼ってくる節がある。

 ただ、実はひとりじゃ何もできないわけじゃない。

 去年のクリスマスのことだ、都子から手編みのマフラーをもらった。編み物なんてやったことなかったのにおばちゃんに教えてもらいながら二か月かけて作ってくれたんだとか。

 俺にはマフラー編んでる素振りなんて一切見せなかったのでめちゃくちゃ驚いた。

そう、あいつは俺がついていなくても頑張れるやつなのだ。

 しかし、あの時の都子にこの引っ越しをひとりで耐えられるとは思えなかった。

「おればなれ――か」

 おれがいなくてもみやこが平気なようにしなきゃいけない……っ。

 おれになんて頼ろうと思わないようにしなきゃいけない……っ。

 当時、小学生だった俺はどうしようもなくクソガキだった。

 だからあんなことしか思いつかなかった。

 自分の気持ちとは裏腹のその決意に眉間に力が入る。


 俺は――……わざと都子に嫌われようと思った。

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