🔳8話

 放課後、俺は裏門に来ていた。

 裏門は高校敷地内北側、学校関係者用駐車場の近くにひっそりと佇んでいる。大通りに面している正門と違ってこちらは山間部に繋がっており、その道は進んでも霊園しかない。そのため裏門を使う人間は限られている、というか存在を知っている生徒はかなり少数のはずだ。

 そんな裏門に俺がなぜ来ているかというと朝の約束――都子と一緒に帰るためだ。

今は掃除当番だったあいつが来るのを待っていた。

 スマホをいじっていると程なくして遠くから都子がこちらに歩いてくるのが見える。

「おまたせ」

「ああ、うん……」

 間の抜けた返事をしてしまった。朝もそうだったのだが、都子とこうして普通に話すことにまだ慣れていない自分がいたりする。

 ……陽キャなら気の利いた返事のひとつでもするんだろうなぁ。

 やっぱすげーわ、あいつら。

 都子が小首を傾げる。

「ねえ涼川くん。もしかして引っ越しでもした?」

「……? いや、変わらないけど」

「そう。じゃあどうして裏門なの? 貴方の家は正門からの方が近いと思うのだけれど」

「あー……そうだね」

 たしかに都子の言う通りなのだが裏門を待ち合わせ場所にしたのにはちょっとした理由があった。

「ほら、正門は人通り多いでしょ? それだと柊さんの迷惑になると思って」

「迷惑?」

「だってあんまり目立ったら柊さんがよくわからない男子と一緒に帰ってた、なんて変な噂たっちゃうかもしれないからさ」

 俺が都子と“また幼馴染戻る”というのはあくまで彼女をひとりにしないための一環だ。それで悪目立ちしてしまうなんて本末転倒。これは俺なりに考えての配慮だったりする。

 しかし――。

「私は……そんなこと気にしないわ」

 ぽつりと小さく呟く都子。

 その表情は不満そうに見えなくもない。

「柊さん?」

「まあいいわ。それじゃ行きましょ」

「あっ。ちょ、待って――」

 すたすたと歩いていく都子の後を俺は慌てて追った。


 都子の新居は半年ほど前に出来たスーパーの近くとのこと。この道からだと俺んちに帰る途中にあって、この速さで歩くなら三十分くらいかかるだろうか。

 さて、この三十分間は勝負所だ。

 自分から誘ったにも関わらず「会話のひとつも盛り上げられませんでした」なんてなったら目も当てられない。それでまた幼馴染に戻るなんて夢のまた夢だ。

 ボッチな俺にはハードルが高いけどついさっきまでSNSで「♯会話の盛り上げ方」や「♯すべらない話」とか調べまくっていた。

 大丈夫、予習はばっちりなはずだ。

 早速、話を切りだしてみる。

「そう言えばさ、うちの近所の木ノ下さん。あそこで飼ってたゴールデンレトリバー覚えてる?」

「……ええ」

 よし予想通り! 

 昔うちで遊ぶときわざわざ寄り道して撫でに行くのをよく付き合わされたからな、覚えてると思ったぜ。

 手ごたえを感じながら続きを進める。

「柊さんが引っ越したくらいの時はまだ小さかったけど今はもうお母さんでさ。子どもと一緒に散歩してんの時々見かけるんだよね。かわいいよ~」

「……そう」

「……」

「……」

 水を打ったような沈黙が落ちた。

 あ、あれ……?

 会話終了。

 俺たちの足音だけが空しく響いている。

 ……誰だよ、ペットの話は鉄板だって言ったやつ。

 秒で終わったわ。イースト菌の死滅したパン生地並みに膨らまなかったわ……っ。

 ま、まあひとつの話題が不発に終わっただけだ。まだ焦るような時間じゃない。

 考えてみれば自分で飼ってるならまだしもご近所さんのペットの話されても微妙だったかもな。次だ、次。

 その後もそう気を取り直して話しかけてみたものの都子は「ええ」とか「そう」とか答えるだけで会話は終わってしまう。

 おかげで持ちネタのストックはゼロだ。

 ついでに言うなら先ほどの手応えなんて粉々に砕け散って見る影もない。

 お、おかしい……っ。

 こんなはずでは――っ。

 ――「見てみろ、みやこ。じゃがりこにお湯を入れてかき混ぜるとポテトサラダになるんだぜ」

 ――「す、すごーいっ。まほうみたいだねっ。はるくんすごいすごいっ」

 ふと、昔のことを思い出した。

 あの頃は友達から又聞きしたことを披露しただけで目をキラキラさせてたんだけどなぁ。

 なんかすげー懐かしいわ。

 こうしてただただ気まずい時間だけが過ぎていき、分かれ道まで来てしまった。

 ぽつり。

 そのとき、鼻先に雫が落ちてくる。

「雨……?」

「そうみたいね。天気予報では降るなんてなかったのだけれど」

「あー、急いで帰った方がいいかもね。それじゃあまた明日学校で――」

「待って」

 走り出そうとしたところ制止される。

「私の家すぐそこだから。傘を貸すから寄っていって」

 意外な申し出だった。

「いや、まだ小雨だしそこまでしなくても大丈夫じゃないかな」

「駄目。寄って。これで風邪なんて引かれたら嫌だもの」

 あくまで都子自身の後味が悪いってことなのだろう、と考えてしまうのは流石にひねくれ過ぎだろうか。

 意志の固そうな瞳でじっと見上げてくる都子。

 俺としては別に濡れても構わないんだけど、かたくなに拒むのもちょっと違うよな……。

 ここは素直に従うことにした。


 先ほどの分かれ道を少し進むとすぐに都子の新居へと到着した。

 正面に備え付けてある車二台はゆったりととめられそうな駐車場。白と黒を基調としたモダンな外装。二階にある開放的なバルコニー。玄関ドアから立派な門中までは綺麗にタイルが敷き詰められており、庭先に色とりどりの観葉植物が並んでいた。まるでドラマや映画の撮影などで使われていそうなお洒落な一戸建てだ。

「おー、すげー立派な家」

 とりあえず屋根のある駐車場へと避難してから改めて建物を見上げてみる。あんぐりとマヌケに口を開けている俺の横で、都子は制服の水滴をハンカチで払っていた。

「そうね。お父さん念願のマイホームだからだいぶ凝ったみたい。おかげで快適に過ごさせてもらっているわ」

「うちのボロ家とは大違いだ」

「比べられるものじゃないでしょ。涼川くんのお家のような趣のある方が好みの人もいるわよ」

「うーん。あれは趣なのかな?」

 言いえて妙というか……言ったもん勝ちというか。

「それじゃあ傘持ってくるから待っていて」

 都子が玄関へと向かおうとしたそのとき、

「どいてどいて~~~~っ!」

 自転車が遠くからものすごいスピードでこちらへと突っ込んできて俺たちの前で急停止した。

 乗っていたのは白色のジャージを着た女の人だ。ラケットの柄がのぞいているバッグを肩から下げている。

 その人の顔には見覚えがあった。現れたのは都子の母親だった。

 若ぇ……昔と全然変わってないじゃん。

「ふぃ~。雨にそんな降られず済んじゃった。ラッキ~ラッキ~。あら、みやちゃんも今帰り?」

「ただいま、お母さん。また自転車で乱暴な運転して……この前注意したでしょ」

「安全第一だからだーいじょうぶっ。て、あら? 隣の子は――」

「お久しぶりです。おばちゃん」

 視線が合って、慌てて俺は会釈した。

「あー! ひょっとして涼川さんのところの悠人くん!? 少し見ない間にすっかり男前になっちゃって~。大きくなったわねぇ」

 シュババっと近づきめちゃくちゃ触ってくる。

 見た目の若さとは裏腹にやってることは完全に大阪のおばちゃんだ。

 そういやこんな人だったなぁ、懐けー。

「あら? 良い身体してる! もしかして鍛えてるの!? 腹筋割れてる!? 見せて見せてっ!」

「あ、はは、は……」

(おーい。何とかしてくれー)

「……」

 目くばせしてみるが都子は我関せずといった感じで目を瞑っている。これは助け舟は期待できないっぽい。

「そう言えばふたりは同じクラスなんでしょ。みやちゃん人見知りだけど悠人くんが一緒なら一安心ね~」

「へ? おばちゃん俺たちが一緒にクラスだって知ってたの」

「当然っ。みやちゃんから聞いてるわよ」

 ちょっと意外だった……。

 あれだけ嫌われていたんだから俺のことなんて家では話題にもならないと思っていた。

「お母さん」

 こほん。

 都子がひとつ咳払いをする。

「傘を貸すために寄ってもらっただけなんだから長話して引きとめたら迷惑よ」

「え~……でももう雨降ってないわよ?」

 話していて気付かなかったがおばちゃんの言う通りいつの間にか雨は止んでいた。雲間からは夕陽が差し込んでいる。

「そ・れ・よ・り。こうして一緒にいるってことは仲直りしたってことかしら。良かったわね~、ミヤちゃん。この子ったら引っ越すときに『ハルくんに嫌われたーしんでやるー』って大変だったのよ~」

「……涼川くん。うちのお母さんあることないこと言う悪癖があるの。あまり真に受けないで」

「涼川くん!? どうしたのかしこまっちゃって。家では――むぐぐ」

「お母さんっ。もう家に戻るよっ」

 都子がずいずいっとおばちゃんの背中を押していく。

「それじゃ悠人くん。今度遊びに来なね~」

「あ。は、はい……」

 がちゃり。

 柊家のドアが閉まり、俺はひとりだけ駐車場に取り残されてしまう。

 あ、嵐のような人だったな。

「……帰るか」

 最後、なんかわちゃわちゃしてあまり都子と話せなかったのはちょっと心残りだけど、ここにいてもしょうがないからな。

 そんなことを考えていたら玄関のドアが開いた。

 家の中から都子だけが出てくる。

「さっきは母が迷惑をかけてごめんなさい。後できつく言っておくから」

「いや、俺は別に気にしてないって……あ、はは」

「……傘。もういらなそうね」

「もう晴れちゃってるからね」

「……」

「……」

 またしても沈黙が落ちる。

 やっぱり話が続かない。

 また幼馴染になるなんてひとり意気込んでたけど昔とは違うのかもしれない。

 ……これ以上は都子に迷惑だ。

 今日のところはさっさと消えるべきだな。

「じゃあ――」

「ねえ」

 手短に別れを切り出そうとしたところで声がかかった。


「明日も一緒に帰らない?」


「え――」

 意外な提案に言葉が出なかった。

 明日も一緒に……?

 なんで? こんなに失敗ばっかりだったのに?

 都子が自分の肘を抱き寄せ、少しばつが悪そうに視線を外しながら続ける。

「今日はその、久しぶりに一緒に帰るから緊張してしまって……。涼川くんが興味深い話ばかりしてくれたのに大した反応もできなかったから申し訳なくって……」

「いや、気にしなくていいってば。俺がひとり勝手に話してたわけだし」

「駄目。それとこれとは話が別だわ。私の落ち度だもの」

 ぴしゃりと言われてしまう。

 都子は自分に厳しいらしい。

 なるほど……緊張してたのか。

 てっきり俺だけひとり相撲してたのかと思ってた。

 ――「はるくんすごいすごいっ」

 都子の姿が昔と重なる。

「ははっ」

「なに? いきなり笑ったりして」

「ごめんごめん。もしかしたらあまり変わってないのかもと思って」

「……?」

 もしかしたら変に肩ひじ張らなくていいのかもしれない。


「それじゃあまた明日ね、柊さん」

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