第19話 残されたもの(2)

 それこそ、それはともかくとして。


 一人でそんな思考に嵌ってしまっているを他所に、菖蒲あやめ龍惺りゅうせいは眼前の有様――いや被害に閉口する。


 完全に不可抗力であり、そして一切の予想や予測が出来ない事態ではあるのだが、あまりに凄まじ過ぎる惨状だ。


 見る人が見たのなら、何故この事態を想定出来なかったのかと、明らかなイチャモンのたぐいわめく輩もいるだろう。


 もっとも今この場でそうしたなら、現在若干たがが外れている龍惺に「バチッ」っとどうけっせつをぶっ壊されて軽く心停止するだけだが。


 ちなみに其処が壊れると、蘇生不能である。


 あと、そんな大騒ぎどころか明らかな破壊活動をすれば異常を感じて誰かが駆け付けるのは当たり前で、その例に漏れずにやたらと煌びやかでお揃いの板金鎧を身に着けた、おそらく近衛であろう騎士が駆け付けて来た。


 彼らはまず、この惨状を目の当たりにして驚愕し、魔法陣の中央にいる無傷の三人とSUVを見て訝しみ、最後に全身に熱傷を負って瀕死の公王と王女を視界に収めて絶句した。


「公王陛下! 王女殿下! これは、一体……!」


 お揃いの煌びやかなそれの中でも一際華美な鎧を装着している壮年の騎士が、ビーム兵器による熱量でほぼ炭化しているそれらに駆け寄る。そしてそれで我に返ったその他の騎士も、同じように駆け寄って行った。


「ねえ、これ拙いよね。絶対に私たちの所為にされる」

「え? ……えーと、興里那さん? ちょっとそのブラックジョーク面白くないんだけど」

「そうね。ちょっとなに言ってるか判らないわ」

「明らかに興里那さんの指示でSUVが暴走したよね? まぁ事前情報無しなのにあんな破壊活動を予測しろってのが無理だろうけど」

「確かに予測不能よね。でもだからといって責任の所在が興里那さんにないかと問われれば『ある』としか言えないわ。日本の法律的には、という条件付きだけど」

「でしょ!? だから私は悪くないわ! 悪いのはあのジジイよ!!」


 二人が言うちょっとした正論を聞かなかったことにして、自己防衛本能全開で責任転嫁させつつ言い切る興里那。

 確かにこの事態の責任云々は明確に理不尽であるため、二人はそれ以上なにも言わなかった。ある意味で興里那の訴えは正しいし。


「そんなより――」


 明らかにそうではないが、だが興里那にとってはその程度でしかないのだろう。なにせ、自分に殺意を向けられたから。


 殺意を向けて良いのは、殺される覚悟のある奴だけだと、わりと無茶で理不尽な信条の興里那である。


「どうやって此処から脱出するか、だよね。ああ、こんなんだったらさっきの選択肢でつまんないの選ばないで迷わず脱出していれば良かった」


 それは完全に後の祭りだ。菖蒲と龍惺の二人は一切の言葉を交わすことなく、全くの同時にそんな考えに至った。やっぱり口には出さないが。

 しかし、この場から一刻も早く脱出する案には全面的に賛成だと二人も考えていた。この後すぐにでも面倒になりそうだし。


 そんな脱出計画らしきことを画策している三人の周囲を、駆け付けた近衞騎士が取り囲む。公王と王女の傍には、神官服に身を包んだ者が複数おり、なにやら手を翳したり祈りを捧げている。


 アレはもしかして、魔法を使っているんだろうか?


 こんな危機的状況なのに、そっちが気になる龍惺であった。実際そのとおりであり、それを見たことなどない彼に興味を持つなと言う方が無理である。菖蒲も周囲を気にしながらも見ているし。


 ちなみに興里那はそんなものには一切の興味を持たず、SUVから再び〝村正〟と〝虎徹〟を取り出してめ付ける。


「あのぉ、興里那さん? る気満々なところ申し訳ないけど、この後のこと考えてる?」


 そんな興里那を見て途端に殺気立つ近衛騎士たちをって若干引き攣りながら、それでも人差し指で額を突いて、龍惺は特大の溜息を吐く。当然といえばその通りの反応だ。


 だがそんな龍惺を、興里那は不思議そうにキョトン顔で見る。


「何を言っているの、龍惺くん」


 そして、呆れたように続けた。


「最初に手を出すのを待つのはある意味では正しいけど、それが必殺だったらどうするの? あ、必殺っていうのはサブカルやゲームみたいに何発喰らっても何故か死なない『必殺技』とかじゃなくて、本来の意味での『必ず殺す』って意味の、よ」


 極論だが、殺られる前に殺る、と言いたいのだろう。警察庁に勤務する、いわゆるエリートと呼ばれるキャリア官僚がそんな殺伐していて良いのだろうか。ちょっと理解に苦しむ龍惺だった。


「そもそも世の中にはくっだらない『必殺』が有り過ぎるのよ。なんなの、スポーツとかの技で『必殺技』って。スポーツで必ず殺すんかい! って突っ込みたくなるわ。雰囲気で言えば良いってモンじゃないのよマスゴミが! なーにが『必殺の判決で懲役刑!』よ。殺してないじゃない。せめて『死刑判決』と言って欲しいわ」

「興里那さん、それ以上は周りの状況的にもメタ的にもイロイロまずいからその辺で」


 徐々にエキサイトして殺気をばら蒔き始めた興里那を、龍惺が慌てて静止する。


 そんな中、菖蒲はというと、


「え? それはちょっと難しいわ。私の〝力〟だと貴方たちを『場』に『縛って』いる『ことわり』から解放させるのは出来そうだけど……でもそれをすると貴方たちは〝輪廻りんねえんかん〟から外れてしまって、またそれに戻るためには積んだ『德』を全て失ってしまうの――ええ、だからそれは、最後の手段にした方が良い」


「見えない人々」とコミュニケーションを取っていた。


 龍惺もそれを『視る』ことは出来るが、菖蒲ほど正確に明瞭ではない。そしてコミュニケーションを取るなど、彼も家の家族も、そしてちょいちょい遊びに来る客人にも出来はしないのだ。


 その面に関して、菖蒲は特別スペシャルな存在であった。ちなみに本人の自覚はない。危機的状況下で、日本国内ではないのに国津神くにつかみが進んで助力するほどなのに。


 そうしているうちに治癒が終わったらしく、マントを羽織って座り込んでいる公王が、顔を真っ赤にして何か喚き始める。

 その姿は、豊かな髭も王冠も無く、更には頭髪すら無い。そしてその両足は、傷は塞がってはいるものの膝から下が消失していた。幾ら治癒魔法でも、失った箇所の再生は出来ないようだ。


 そしてそのかたわらに運ばれた王女も同様にマントを被されており、更に此方もティアラはおろか頭髪も無い。


 もっとも、反応炉の如き灼熱に晒されながら、幾ら菖蒲の『神降し』で僅か数十秒で致命的な気温を脱したとはいえ、治癒魔法で一命を取り留めたとはいえ、その程度で済んでいるのは、もはや奇跡のようなものだ。


 だが魔法で治癒出来るのはどうやら外傷だけのようで、明らかに脳へのダメージを負った王女は、全ての刺激に対して、既に一切の反応を示さなくなっていた。


 そんな王女の状態に髭が無くなった公王は、激情のままに近衛騎士へと三人の抹殺を命じた。


 近衛騎士は、あるじである王に絶対の忠誠を誓っている。よって、現状の把握は出来ずとも命令とあらばそれを遂行する。


 それが、近衛騎士のそれたる所以ゆえん


 その勅命が下るや否や、ときの声を上げて抜剣し、三人へと突撃する。


「二人とも、目を押さえて」


 それを見た龍惺が、印を組みながら言い、そして確認などせずに、


唵阿毘羅おんあびらう吽欠莎訶んけんそわか


 真言を唱えた。


 その瞬間、龍惺を中心にフラッシュグレネードのような、至近距離で直視してしまったら失明必至なほどの眩い光が発生し、それを直視してしまった近衛騎士とは、


『め、目が! 目がぁ!!』


 揃いも揃って滅びの言葉の副産物を直視しちゃった某大佐のように、両眼を押さえて悶え始める。


「……ナニやってるのさ興里那さん……。『目を押えろ』って言ったでしょ」

「龍惺くんこそなんてことするのよ! 私、ちゃんと目をつむったわよ!!」

「いやだからさ、目を瞑れじゃなくって言ったよね? 瞑った程度じゃあ光が突き抜けるに決まってるでしょ。まったく……」


 呆れたように――事実呆れているが――溜息を吐き、興里那の傍にしゃがんで再び印を組む。


唵呼呂呼呂柂荼おんころころせんだ利摩登枳娑訶りまとうぎそわか


 そして真言を唱えると、柔らかな光が興里那を包んで眩んだ目を癒す。


「あ、見えるようになった。凄いね龍惺くん。アタック治癒ヒールも出来るなんて、もしかして賢者か勇者なの?」

「……? なにそのコンシューマーのロープレ設定みたいなの。これはただの真言で、さっきのはだいにちにょらい真言だし今のは薬師如来やくしにょらい真言だよ。この程度なら師匠は飲酒の片手間に出来るよ」


 龍惺が言う師匠とは、弁護士な僧侶で酒好きじい様であるながたにこうえつのことである。

 もっとも幾ら呑兵衛のんべいな彼であっても、飲酒の片手間に真言を唱えるなどする筈がない……と信じたい龍惺だった。

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