第05話 消えた退魔師一家 部下の訪問(1)

 私は長曾禰ながそね。三二歳。独身。趣味は日本刀鑑賞。特に刃文はもんをじっくり眺めるのが大好き。

 数珠刃じゅずばとかはこみだればって、凄く良いよね。それと鋒両きっさきも刃造ろはづくりも、とても良い。


 そんなことを言うと、同僚にドン引きされる。職業的に至ってフツーの趣味だと思うのに、解せぬ。


 その職業はというと、警察庁長官官房に属している、簡単に言ってしまえばキャリア官僚だ。


 肩書だけを見れば概ね感心されるのだけれど、実際の私のポジションは、そうされるほどではない。


 なにしろ私は、現警察庁長官であるクソじじ―― 御門みかどやすみちに見染められて、秘書扱いで良いように使われているからだ。


 そもそも警察庁長官に専属秘書なんか、いないし必要ないだろう。


 なのにあのクソじじ――長官サマは事あるごとに私を呼び出し、つまらない用事を言い付ける。


 この前なんか、今度友達と将棋を指すから練習相手になってくれと言い出し、ルールを知らないと断ったら、ルールブックとを大量に持たせやがった。


 あったま来たからそれを全部読み解いてケチョンケチョンにしてやったよ。ザマーみろってね。


 は? あの棋譜は竜王戦のだったって? いや知らないし、そんなの。ファンタジーなナニかかな?


 あと、緊急事態だって呼び出しておいて、スイーツ巡りとか飲み歩きとか高級ディナーとか、はては個室露天風呂付き高級温泉旅館二泊三日の旅とかに連れ回すの、切実に止めて欲しいんだけど。

 私、アンタの不倫相手だと思われてるんだよ。でもあのじじいは未婚の独身だから、本当にそんな関係だったとして、それには当て嵌まらないけどね。


 そもそもあのじじい、人をエロい目で見てくるクセにやけに紳士で、セクハラ行為なんて一切しないんだよ。正義感がやけに強いし。


 あ、個室露天風呂付き温泉旅館にされたときは、流石に覚悟を決めたけど。

 宿町に夫婦って書かれたし、仲居さんには「奥様」って呼ばれちゃったし。


 ……御門みかど。うん、ちょっと悪くない。


 そんなことがあったら、そう考えちゃうのは仕方のないことだよね。もう三十路だし。


 だけどそうやって夜を共にしても、一線は越えなかった。風呂は覗かれたけど。


 もしかしてあのじじいは、女とをするよりも、覗く方が好きなのかも知れない。


 どちらにしても、変態だ。


 あと変態って言うとすごく喜んで、


「出来ればカタカナで『ヘンタイ!』って言ってくれ」


 って言い出すし。


「変態」だろうと「ヘンタイ」だろうと、聞こえる字面は一緒なのに。


 変態――いや、ヘンタイの考えは判らないな。


 そんな仕事以外で上司である長官サマに使い倒されているけど、実は税収に掛からない収入を、その月でことづかった件数に応じて渡して来る。当然、秘密で。

 じじいな長官サマは、この仕事だけじゃなく家業を手伝うというか、これは機密なんだけど、政府公認のこなしているから、結構な資産家だ。


 どういうワケか何回かその仕事に引っ張って行かれたけど……いやぁ、あんなの本当に居たんだ~って思ったよ。


 その仕事の依頼主っていうのが、有名財閥だったり大企業や上場企業の上位に名を連ねている所だったり、ちょっと一般社会には漏らせない機密な裏社会に関わる所だったりする。よってその報酬の桁も一つ二つじゃなくて四つ五つ違った。


 いやぁ、有る所には有るんだね。


 初めは「け! ブルジョアめ!」とか思ってたけど、そんな臨時収入のせいで私の預金が恐ろしい額になっちゃって、怪しまれるからって長官サマの勧めでスイスにオフショア銀行を設けるハメになった。そして長官サマからの臨時収入は、そこに振り込みして貰っている。現金で貰うの怖いから。


 あと「スイス銀行」っていう銀行は存在しないって、このとき初めて知った。スイスにある銀行組織の総称なんだって。詳細は知らないし興味ないけど。


 そして現在の預金残高――いや預金額は、私も知らない。


 なにより聞くのが怖い。


 そもそも本業の給与で充分にやっていけるし。

 官舎住まいだから家賃もそれほど掛らないし。

 食費だって朝から晩まで長官サマに引っ張り回されて奢って貰っているから掛からないし。

 ファッションに興味がないから服なんてスーツとパーティドレス以外はスウェット上下くらいしか必要ないし。


 あ、パーティドレスはじじいに連行されて参加させられた、有り得ないくらいなドレスコードのパーティ用にヤツだ。

 潜入操作するわけでもないのに礼儀作法とかダンスとかメイクとかの教習があって、おかしいなーとは思ってたんだよ。

 それに、見たこともないなんだかよく判らない宝石が付いたネックレス渡されて、御守りみたいなものだから四六時中付けてろって言われるし。


 これは、アレだ。結構な頻度でじじいの副業に連行されてるから、呪われないようにって真面目な意味での御守りってヤツよねきっと。


 ちなみに普段の私は、さっきも言ったけどそんな格好やファッションには縁が無いし興味も無い。

 大切なことなので言うのが二度目だし、常にすっぴんですが、なにか?


 それにあのじじい、幾ら独身だからと始終しじゅう嫁を勧められて鬱陶しいからって、私を「内縁の妻」とか紹介しやがる。


 で、だ。


 そうやって長官サマにいいように使われている私だが、毎回毎回突飛とっぴな行動をされているから並大抵の出来事では驚かない。


 今日も今日とて旧友が住んでいるという、テレビ番組で言うところの「秘境」を十倍くらい田舎にした場所に迎えに来いとか無茶振りされるのもいつも通りで、そのせいで有料道路経由で一〇時間くらいカッとばして疲労困憊だ。


 長官サマ個人所有の高級車だから、乗り心地が良いけど。


 あとこの車、異常に燃費が良い。150km/hでかっ飛ばしても、燃料が全然減らないんだよ。

 それと、有り得ないくらいに馬力がある。ジープでもウニモグでもないのに、傾斜45度の坂道を余裕で登っちゃうSUVってなに? そもそも排気量幾つなの?

 もっと言っちゃえば、現在はレース仕様の車両以外は全部がAT車なのに、なんでじじいの車はMT車なんだろう。今の時代、誰も運転出来ないでしょうに。


 そもそもこれのメーカーって何処よ。SUVなのになんだか空も飛べそうなボディデザインだし、インパネが謎に開いてフロントガラスがグラスコックピット化して、まさしくインストルメントパネルになって全方位可視可能になるから戦闘機か! って思わずツッコミを入れたくなる。

 それと、なんでフロントグリルが六角形なの? 某イタリアの高級車リスペクト? あっちは逆三角形だけどね。

 変な形だなーって覗いてみたら、何故かライフリング付いてるし。榴弾砲射撃でもしたいんだろうか、あのじじいは。


 そう言ったところで、どーせ「マニュアル車は漢の浪漫!」とか言い出すだろうし。


 ああ、切実に転職したい。

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