第15話 戦闘開始と傍観者(4)
何かをしているのを察したのか、兵士の一人が半狂乱でリュウくんのそれを完成させまいと斬り掛かって来た。でもその行動はあまりに遅過ぎて、既に抜刀に入っているリュウくんを止める術はない。
リュウくんが一歩踏み出し、その左手にある光の太刀を左切上で兵士の剣を断ち斬り、ついで振り降ろされた二の太刀の唐竹が兵士の兜を真っ二つに割った。
関係ないけど、日本刀は基本的にも作法的にも、右手で扱うのが常識だ。でもリュウくんが今使った呪法――
左の方が、格好良いから! とか言い出しそう。
「
そんなことを考えている私を他所に、リュウくんは再び九字を切り、私の周りに結界を張った。
字面が完全に違うけど、これも立派な九字切りだ。ただし、神道や密教のものではなく、
そう、リュウくんは密教や神道の法力だけじゃなく、修験道のそれも使える。
何故なら、師が三人いるから。
密教の師が、弁護士なお坊さんの
神道の師が、お父さんの
修験道の師が、おじいちゃんの
おじいちゃんのは厳密に分ければちょっと違って神仙術なんだけど、方士だからほぼ一緒らしい。
その所為か、リュウくんは陰陽道もちょっとだけ齧っているそうで、でもあまり複雑じゃないちょっとした式神を使えるだけみたいだけど。
いくら師が優秀でも、リュウくんの
「この天才め!」
とか言っていた。本人は否定しているけど、私から見ても充分にそうだと思う。
「菖蒲。ちょっとここで待っててくれ」
言いながら、リュウくんは優しく微笑み、
「
静かに真言を唱えた。
その効果すぐに発現して、右手に
ほぼ数瞬で完全武装となったリュウくんを目の当たりにして、取り囲んでいる兵士たちが騒然となり身構える。
それを尻目に、優しい微笑みを浮かべたままリュウくんは――
「すぐに済ませる」
――
それに呼応するように、興里那さんも両手に持っている刀で容赦なく兵士をぶった斬っている。
罪悪感や躊躇? そんなのあるわけがない。
〝世界統合〟以前の平和な(?)地球だったらいざ知らず、価値観があまりに違い過ぎる異世界大陸を相手に無防備でいたら、瞬く間に滅ぼされてしまう。
当たり前だけど、法律はその国でしか適用されないし、他国がそれを守る義理などないのだから。
それでも二人とも命を奪うとかはせず、戦闘不能にしているだけだ。
手足の骨を砕くのはもちろん、骨を断つくらいの傷に止めたり、そのまま斬り飛ばしたり、死なない程度に胴を貫いたりしているけれど。
でも勘違いして欲しくない。そうするのは慈悲とかじゃなく、その方が戦力や気勢を削げるからだ。
一瞬での絶命は、職業軍人にとってそれほど心に響かない。だが、痛みにのたうち回る様や、それすら出来ずに
そういうのを職業として、日々
でも興里那さんはどうか――いや、どうなんだろう。物凄く作業のように流れるように、リュウくん以上に戦闘不能にしているんだけど。
やっぱりアレは、警察庁長官で
初めて会った頃の興里那さんは、やる気に満ちた仕事の出来る綺麗なお姉さんだったのに……。
今ではすっかり、殺る気に満ちた仕事の出来る綺麗に凄惨なお姐さんになっちゃった。
ヤッさん、ちゃんと責任取るのかな。
そんな益体のない思案をしている私に、何かが次々とぶつかって来た。でもそれは、さっきリュウくんが展開した結界に阻まれ霧散する。
「魔女だ! 魔女を狙え! あの魔女が勇者と聖女を狂わせておるのだ!」
そんな怒声がして、思わずその声の方を見ると、盾を構えた兵士の陰から、サンタおじさんがちょっと顔を覗かせて
「マジック・トレーサーを壊すくらいの魔力で二人を狂わせているに決まってる! 見てみろ、聖女様が邪悪に嗤いながら、しかも鉄製の甲冑ごとぶった斬ってる! あんな人外なことが出来るのは、魔女の呪いに決まっている!!」
……あの機械が壊れたのって、完全に私の所為なんだ……。いや、私の所為にしたいんだ。なんというか、物凄く不本意だよ。
でもそう思っているのはリュウくんと興里那さんも同じなようで、
「龍惺くん。五秒だけ時間ちょうだい」
怒りのまま更に帯電しながら四方八方に金剛箭を放ったり、金剛輪宝を自身の周りに高速で回転させて物理的魔法的な攻撃を弾くリュウくん。
そしてそのリュウくんに、底冷えする笑顔を浮かべた興里那さんが懐に手を突っ込んでそう言った。
取り出したのは一枚の符で、足元に転がっている兵士が持っていた丸盾を器用に足で拾って貼ると、小さく興里那さんは呟く。
「
そしてその丸盾を振り被り、凄く雑にサンタおじさんの方へ投げた。そのとき興里那さんがいつも着けてる材質不明なネックレストップが光ったような気がしたけど、気のせいかな。
雑に投げられたそれは、兵士にとって何の意味もない攻撃だった。
でもそれを弾いた兵士を中心に奇妙な力場が発生して、周りを巻き込むどころか石壁も巻き込んで細切れにしちゃった。
後ろにいたサンタおじさんだけど、悪い予感がしたのか横っ飛びでその場から逃れ、
「ぎゃあああああああああああ! 足ぃ! ワシの足があああああああああああああああ!?」
でも間に合わなかったみたいで、両足の膝から下がなくなっている。
「おのれ、おのれ魔女めぇ!!」
私を睨みつけてそう言うサンタおじさん。
え、ちょっと待って。なんで私? 私って最初から最後までなーんにもしてないよね。酷い!
呆れて声も出ない。それを聞いたリュウくんは更に激昂しているし、興里那さんは凄くやり切ったって清々しい顔してるし。
どんどん収拾がつかなくなって来てるよ。着地地点、一体どうするの?
そんな頭の頭痛が痛くなりそうな私の手に握られている興里那さんの携帯端末が、突然鳴り出した。
見ると、発信先は『愛しの保通様♪』で……思わず私は興里那さんに生温い視線を向ける。
「その視線やめてアヤメちゃん。それジジイが勝手に登録したヤツだから。ヤツの番号は覚えてるから登録しなくても良いって削除したけど、何度削除しても無くならないのよ。呪いか何かなのかしら」
ああ、うん。ヤッさんならそれくらいやるなぁ。
「だから、ささやかな抵抗でその着信音にしたのよ」
あ、はい。そうね。でもこの選曲はヤッさんだったら喜ぶかも。
着信音は、「ワルキューレ騎行」だった。しかも最初から。
「アヤメちゃん、私手一杯だから代わりに出て」
深い溜息を吐いている私に、二刀流で無双しながらそう言う。そうだよね。他に選択肢ないよね。
『おーい、生きてるかー。状況教えろ……て、アヤメちゃんか。キリちゃんはどうした?』
端末の向こうから、ヤッさんがのんびりとそう言った。私は慌てて状況をかい摘んで説明する。
それを一通り聞いたやっさんは、
『よーし。端末をスピーカーにしてくれ。切り札出すから車の傍に寄ってくれ」
え。何言ってるんだろう。でもヤッさんがそう言うなら、きっと本当に切り札なんだろう。
あと、最初からヤッさんのSUVの傍にいるからね。
それを確認すると、
『
端末の向こうから、ヤッさんの
『
呪禁が完成すると、端末ケースについている九つの玉が光り、それがSUVに吸い込まれた。
[〝
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます