第24話 祈り(2)

 結構深刻なことを深刻に話しているのに大笑いされて、何がおかしいのか判らなかった私は、さっき王冠のおにいさんやったように目をしばたかせた。


 それが面白かったのかどうかは判らないけど、戸惑っている私を見て、更に楽しそうに笑っている。


 まぁ、楽しそうでなにより。


 深刻な話しを茶化すように笑う王冠のおにいさんを見て、その後ろにいる神経質そうなローブの男の人が呆れて頭を押さえている。


 そしてローブの人の隣にいる、白いフワフワしたドレスの女の人がおもむろに履いている真っ赤なスパイクヒールを脱ぎ、


『なに意味不明に爆笑してんのよ公王この野郎!』


 その踵で王冠のおにいさんの頭を思いっ切り殴った。


 うわぁ、アレで殴っちゃうの? もう肉体がないから大丈夫だろうけど、生きてる人がやられたら惨劇だよ殺人事件だよサスペンスだよ。


『「スパイクヒール殺人。被害者はヒールで踏まれて喜ぶ性癖があった!」……ふむ、捻った歌劇に良いかも知れぬ』


 うわ、また別の人が出て来た。


 そんなちょっとなに言ってるか判らないことを言ったのは、ローブとガウンのアカデミックドレスと角帽モルタルボード姿の中年男性。

 その手には分厚いメモ帳と羽根ペンが握られていて、なにやらガリガリ書いている。アレは、ネタ帳かな?


 なんだか途端に賑やかになったよ。タマちゃんが張った結界の外は物騒な雨が降っているのに。


『いやはや、相変わらずエミーリエのツッコミは激しいな。これはミーナが言っていたニホンという異世界島の伝統文化「ツッコミ」というヤツか』


 そう言って、またしても意味不明に大爆笑する王冠のおにいさん。なにがそんなに楽しいんだろう。


 ……うん? 今、ニホンって言った? あと「ツッコミ」て。


『そんなことより魔女様』


 一通り爆笑して満足したのか、真顔に戻った王冠のおにいさんは、私の前で片膝を突いた。

 待って全然「そんなこと」じゃないから。今のって結構大切で大変だよ。

 一体何処で仕入れたのよその知識。そりゃあこの場には明らかに日本人だろう「見えない人」たちが結構な数いるけど、その人たちだって「ツッコミ」発言に驚いてるじゃない。あと「ツッコミ」は伝統文化じゃないからね。


『うむ。ミーナが別の異世界大陸に行って懇意になった者たちから「ドーガ・ハイシンサー・ビス」とかいうので見せて貰ったらしい。民を笑顔にする素晴らしい文化である。是非我が公国に招致して見習わせたい』

『いや公王様。我ら既に死んでおります』

『そうだった!』


 そしてまたしてもそんなくだりに興じているし。


 えー……ちょっと待って。そのミーナって人、此処から別の大陸に渡ったの? 近いのってインドかスリランカかな。

 あと「ドーガ・ハイシンサー・ビス」って動画配信サービスだよね。それ以外は考えられないけど。

 つまり、それで日本の漫才でも観たってこと? しかもヒールで引っ叩くとか、どんなどつき漫才なのよ。


『我らの存在が消えるのを危惧しておられるのか』


 ちょっと別方向での情報過多で頭を抱えている私に、さっきの問題発言なんて一切合切なかったかのように、王冠のおにいさんは言った。

 切り替えが早いというかなんというか。いや、それ以前にこっちの都合とか周りの状況とかはさて置いて、現状で最もすべきことを選択出来るってことなのかな。


 それは先頭に立つ者として在るべき資質なのかも知れない。釈然としないけど。


 だから私も、気になることや突っ込むべきことは多々あるけれど、それに向き合おう。


 ――例え、その頭にさっきのスパイクヒールがまだ刺さっていても。


『それならば、一切の気兼ねは無用!』


 立ち上がって、マントを格好良く翻して、王冠のおにいさんが言った。


『我は元より、この場に控えるは全て、公国を良きものとせんがために文字通り身命をしたものどもである!』


 王冠のおにいさんがそう言うと、その後ろにいる人たちは一斉に片膝を突いて私に礼をする。ちょっとそうされる意味が判らないんだけど、でもそれを突っ込む雰囲気じゃないのは、空気を私でも判る。


『そして死して尚、そのこころざしついえず! それに――』


 またマントを翻して、両手を広げて天を仰ぎ、王冠のおにいさんは凄く良い笑顔で私を真正面から見て、


『国を、民を救うのに、この残りカスの如き命を使えるのならば、これ以上の愉悦ゆえつはない!』


 凄くイケメンに言い切った。


 ああ、そういうことか。私はやっと、この人たちの言いたいことと願いを理解した。


 難しいことなんて何もない。複雑な思考なんて必要ない。この人たちは、ただ単純に生まれ育ったこの地をこの国を、守りたいだけなんだ。

 自分を生みはぐくんだ場所を守り、より良くしたい――国を守り良くしたいという感情は私には理解出来ないし、そういう情熱や想いも無い。

 でも、自分を大切に思ってくれる「家族」を守るためという点だけは、誰よりも理解出来る。


 だから、そのために使と言うおにいさんたちの願いも、充分理解出来た。


 それが叶うなら、命の全てを使う。


 それが、此処に居て膝を突く人たちの願い。


 ――でもきっと、この人たちは本当の意味での「魂魄の消失」を理解していない。


 記録にも記憶にも、それは「偉業」として残るのだろうけど、それを成した英霊の存在は永遠に消えてしまい、再びうつしよに生まれることも、英霊としてばれることも無くなる。


 それを言ったとしても、きっとこの人たちの気持ちは一切変わらないのだろうけれど。


 私は一度だけ深呼吸をして、結界を張って物騒な雨霰あめあられを防いでくれているタマちゃんに抱き付いて、そのモフモフな金毛に顔を突っ込んだ。

 タマちゃんは「きゅるるる」と鳴いてから、その長いしっぽの一つで優しく撫でてくれる。


 もうちょっと頑張って。


 そう言うとタマちゃんは大きな頭を私に擦り付け、そして「神気」を解放した。


 タマちゃんの九つある尻尾のうち五つが、それぞれすいもくごんに変化する。それはいわゆる「陰陽五行」といって、世界を構成するともいわれているやつだ。


 まぁ、タマちゃんは単純計算で六千年くらい存在しているから、その程度は出来て当たり前だよね。


 そんなタマちゃんの水と金の尾が振られ、私の周りにドーム型のフェンスみたいな防壁が出来て、それが水に覆われる。

 次いで火と木の尾が振られ、それの外側に火に包まれたもくさくが現れ、更に土の尾が振られるとそれらの間に土塀どべいが出来て熱を遮断した。


 タマちゃんが陰陽五行で作ってくれた結界の中、私はまだ其処に在る〝十種神宝とくさのかむたから〟を前に、王冠のおにいさんたちに向き直る。


 これから具体的に何が起こるかは私も判らないけど、みんな、凄く良い顔で笑っていた。


 ただ、王冠のおにいさんの頭には、真っ赤なスパイクヒールが刺さっているけど。


 ヒール片方だけ履いててバランス悪くないかな。そう思ってフワフワなドレスのおねえさんを見ると、脱いでいるから片膝が突き易くなっててちょうど良いみたい。


 気を取り直して。


 奏上そうじょうの前に、みんなの名前を聞いておかなくちゃならない。


『我が名はファエラス公国初代公王、ヴラディミール・ヴァン・アダモヴィチェ』


 王冠のおにいさんは、厳かに名乗る。流石の迫力なんだけど、刺さっているスパイクヒールが台無しにしてるんだよね。


『教皇ボジヴォイ・ズナメナーチェクが娘にして聖女、エミーリエ・ズナメナーチュコヴァー』


 フワフワなドレスのおねえさんが名乗り、王冠のおにいさんに刺さっているスパイクヒールをシレッと抜いて無かったことにする。なかなかデキる人だ。


『宰相、カシュパル・バブカ』


 次いで名乗ったのは、おかしなタイトルの歌劇をメモっていた、ローブとガウンのアカデミックドレスと角帽モルタルボードを被った人だった。


 ええ~。宰相なのこの人。何処かの学院によくいる変わり者な教授とかじゃないの?


『あ、学院長も兼務してました。逃げるのに丁度良いんで』


 なんかとんでもないのぶっ込んで来た。よし、聞かなかったことにしよう。


『筆頭魔術師、ルボル・バーチャ。唯一の良心と理解して頂ければ幸いです、魔女様』


 金糸で不思議な紋様を刺繍されたローブの神経質そうな男の人が、薄茶色の髪をサラリと撫で上げて名乗り、フワフワドレスのエミーリエさんに足をヒールで踏まれて更に脛を蹴られた。


『おま……なにしやがる暴力聖女!』

『うっさい! この自己陶酔型人種ナルシストがぁ!』


 そしてギャアギャア言いながら始まるケンカ。仲良いなぁ……。


『騒がしくてごめんなさいね。んもう、あの二人ってばすーぐああやって痴話喧嘩始めるのよねぇ。ホント、仲が良いわよね……』


 そんな二人を前に、金髪縦ロールでフリフリミニなメイド服――俗に言うエロメイド服を着ているガチムチなおにいさんが、声だけで女子を魅了するんじゃないかと思われるほどのイケボで、困ったように謝って来た。


 うわ~、濃いの来たな~。私ちょっとは苦手なんだよね。


『仲良くなんかないわ……!』

『仲良くなんかないわよ……!』

『お黙り!』

『イエス、マム!!』


 で、仲が良いと言われて不満だった二人が同時に抗議するが、一喝されてやっぱり同時にそう言い黙ってしまった。うん、ある意味で漢女おとめは最強なんだね。判ってた。


『では改めて。筆頭家政婦長で宮廷医師、武術指南役のシュテファーニア・ジヴナーよ。ニアって呼んでね。よろしくね、魔女様』


 え? ああ、はい。えーと、家政婦長で宮廷医師で武術指南役とか意味が判らないけど、それで良いなら良いのかな。


 あ、でもちょっと待って。シュテファーニアって女子の名前だよね。魂魄に刻まれた本名じゃないと拙いんだけど……


『んん? あらやだ魔女様ったら。アタシは生まれた時から女よ。他所様より逞しいだけなのよぉ。ちなみに素敵な恋人募集中なの、よ♡』


 そう言い、シナを作って「きゅるん」とウィンクするシュテファーニア嬢。

 失礼だけど、ウィンクの効果音は絶対「バチコーン」だと思うのだけど皆様如何いかがでしょうか。


 意外過ぎる衝撃の出来事で一瞬現実逃避しそうになりながら、そうやって一人一人、私は名前を聞いてそれを記憶に刻んで行く。幸というかなんというか、衝撃的なのはだけだったよ。


「始める前に、ひとつだけ」


 神楽鈴を持ち、〝十種神宝とくさのかむたから〟を前にして、私はみんなに言った。


「自分たちの命を、『残り滓』だなんて、絶対に言わないで。例え肉体が無くなっても、生き物としての命がとしても、貴方たちは今も此処に『在る』の。だから、お願い。命は大事にして」


 そしてその準備は整い、私は自分の意識下へと沈んで行った。

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