第25話 祈り(3)

謹請再拝きんじょうさいはい 謹請再拝きんじょうさいはい――



 本当に、どうしてこんなことになっちゃったんだろう。


 神楽鈴かぐらすずを鳴らして祝詞のりと奏上そうじょうしながら、私はさっきまでの出来事を振り返る。



天津御祖あまつみおや 神産霊神かむむすびのかみ――



 家の周りが見たこともない景色になってて、それからリュウくんと一緒に転移? 召喚? とにかくそうなった。あ、タマちゃんも一緒だったね。



天津御璽あまつみしるしみずたから振由良加ふりゆらかして――



 今にして思えば、そうなったのは私たちだけじゃなくて、家の敷地自体が転移していたのかも知れない。

 それを思うと、被害に遭ったのは我が家だけじゃなくて、ヤッさんやカクさん、ナガタニさんにフネさんも被害者だ。

 しかもフネさん以外、社会で一定以上の地位がある人ばかり。これがおおやけになっちゃったら、きっと大騒ぎになるんだろうな。


 ……みんなしてしたり顔をする姿しか予測出来ないけど。



物部もののべ饒速日にぎはやひみことさづたまいておしたまわく――



 おまけにヤッさんもナガタニさんも、良い意味で表の社会だけじゃなくて裏の社会にも顔が効く。

 陰陽道の呪術師や退魔法力僧は、表立って活動するわけもないし、大体は社会の裏側で活動するものだ。表立って呪術とか法力を発揮するなんて、世間が大騒ぎになっちゃうし。


 あの二人だったら、もしそうなったとしても、自分のペースは崩さないで飄々ひょうひょうとしていそうだし、逆に「平和ボケした奴らが慌てて酒が旨い」とか言い出しそう。


 ちょっとその感覚は理解出来ないなぁ。お酒を美味しいって思ったことはないし、酒は料理酒があれば充分だよ。



いましこ神宝かむたからもち中津国なかつくにあまくだり――



 この後きっと、芙蓉ふようねえさんとヤッさんが日本のに連絡するだろう。もうしてるかも……うーん、二人とも面白がってしない可能性もあるなぁ。

 ファンタジーだーってテンション上がって色々ろくでもない実験始めそう。


 そういえば、芙蓉ねえさんの研究室にア◯◯ンマンみたいな外骨格の鎧があったけど、あれってもしかして実用出来ちゃったりするんだろうか。

 もしそうなら、フネさんが張り切って暴れ回りそうだなぁ。普段は温厚なおじいさんだけど怒ると凄く怖いし、昔の職業が特戦群特殊作戦群上がりの公機捜公安機動捜査隊だとか、意味が判らない経歴持ちだし。



蒼生及萬物あおひとおよびよろずのものなやくるしむ處在ところあらむには――



 ウチの家族は……うん、きっと問題ない。おじいちゃんやおばあちゃんは元々自給自足生活していたし、そもそも今だって調味料以外は自活で賄えちゃってるから。

 おとうさんとおかあさんも同じだし。芙蓉ねえさんは……きっと色々張り切ってるだろうから大丈夫。周りに被害が行かないかが心配だけど。


 そういえば、おじいちゃんとおとうさんの許可貰って、おじいちゃんの軽トラとおとうさんのワンボックスを弄ってたなぁ。軽トラがようにも見えたけど、それはきっと気のせいだろう。



これ十種神宝とくさのかむたから――



 あとは……シゲくん。



所謂いわゆる――



 シゲくんはきっと、色々なことを抱えているんだと思う。

 此処に召喚されてそれに触れて私もやっと気付いたけど、シゲくんは〝世界統合〟が起きる前から、具体的には生まれたとき――ううん、生まれる前から「魔力」っていうのを持っていた。


 もちろん〝世界統合〟前の地球にも、それを持ってて操っている人たちはいるけど、地球ではそれよりも聖霊信仰や精霊使いが圧倒的に多い。

 日本の神道しんとうや密教も、区分分けカテゴライズすれば自然崇拝や偶像崇拝としての聖霊信仰なんだけど――反対意見もありそうだし色々地雷を踏み抜きそうだから、これ以上の言及は避けるけど。



沖津鏡おきつかがみ 辺津鏡へつかがみ――



 地球で魔力を得るのは、凄く難しい。そもそも地球上の人類には、その魔力というモノを感じたり生成する器官が存在しないから。


 でもごく稀に、それを持って生まれる子がいたりする。常に命の危機を孕む時代や、戦時中とかの不安定な時期に多かったみたいだけど。


 きっとそれは自己防衛本能で開花した特殊な能力なんだろうな。



八握剱やつかのつるぎ――



 何が原因で、どんな理由があってシゲくんに魔力が宿っているのかは判らない。

 当たり前だよね。そんなの知るわけがないし、知る術があるわけでもない。

 それに、知ったからといって、シゲくんに何かをしてあげられるわけでもないよね。


 これはシゲくん自身の問題で、それを本人が解決したいと思わない限り、此方から何を言っても無駄だから。



生玉いくたま 足玉たるたま 死返玉まかるかえしのたま 道返玉みちかえしのたま――



 でもね――そうも言えないよね。だって家族だもん。



蛇比禮おろちのひれ 蜂比禮はちのひれ 種々物比禮くさぐさのもののひれあわそろえて――



 シゲくんはそれを隠しているみたいだけど、判るよね、そりゃ。


 そもそも嘘が吐けなくて根が正直だから、そういうのはすぐに判っちゃう。

 それに、幾らみんなが魔力を持っていないからといって、それ相応に修行もしているし修羅場も潜って来ている我が家の家族が全く何も感じないわけもなく、それが駄々漏れてそれ目当てに妖怪変化が寄って来て、有り得ないけど「契約」もなしにそれらに無条件に懐かれるとか、あきらかに異常だ。


 多分、日本中の〝ナモミハギ〟はシゲくんに従うんじゃないかな。あとそれぞれ湖を作った龍神夫婦も、冬以外は助けてくれると思う。冬はとある湖でラブラブして忙しいらしいけど。


 まぁシゲくんは、おとうさんとおかあさんが良い風にしてくれるよね、きっと。


 ……あー、でも、シゲくん最近手が掛からなくなってきたから二人はまたラブラブしてるんだよね。家族が増えちゃったりして……。



一二三四五六七八九十ひふみよいむなやここのたりやとなえて――



 そうだ。リュウくん。



たまおとたからかに――



 悲しい思いさせちゃったな。もしかして怒ってるかな。



  ――



 でも、あのときはそうするのが一番だと思ったんだ。



如此祈かくいのらば死人まかるひときなむとのりたまいき――



 私のために、いつも矢面に立ってくれるリュウくん。



故勅宣かくみことのらしし霊異くしびかむわざ御法みのりまにまに――



 大変なことも、辛いこともあるだろう。



高嶺たかねかむづまりま掛巻かけまくもかしこき――



 でもそれを全然出さなくて、いつでも私を気遣ってくれる。



おんたけおおかみ及斎奉またいつきまつるや――



 私がそれなりに〝力〟を付けてからは、極端にそうすることは無くなったけど。



八百萬やおよろずかみたちれいじんたち御前みまえに――



 それでも、いつでも見守ってくれてる。



おろがたてまつこいねぎまつるをたじたじきこしめして――



 大好きなリュウくん。



うちはらこれ御魂みたま功徳くどくもって――



 好きでやっているから気にするなって、いつも言うリュウくん。



家内やぬち荒振あらぶわずらいかみどもはら退しりぞけ――



 男の子だとばかり思っていたら、いつのまにか凄く格好良い男の人になってた。



なにがしやまいたちどころ平癒成へいゆなさしめたまいて――



 子供の頃――ううん、赤ちゃんの頃から一緒で、これからもずっと一緒にいる、大切な人。



寿命いのちながらしめ――



 強くて、逞しくて、格好良くて、賢くて、優しくて、なんでも出来て。でも抜けてるところやウッカリさんなところもあって、あとエッチでちょっとヘンタイさんなところもあるけど。



家内繁栄かないはんえいしんたいあんおんまもりさきはたまえと――



 それも含めて、全部、全部、大好きだよ。リュウくん。



神威如嶽しんいじょがく 神恩如海しんおんじょかい――



 ……ああ、奏上が終わっちゃう。



かしこかしこみもねぎごとぶぎょうす――



「見えない人たち」の魂魄こんぱくざわめいてる。そうだよね、もうすぐから。



「〝黄泉比良坂よもつひらさか〟をとおたまえと――



 きっとこの奏上は、世のことわりから外れた、許されない儀式だ。



「〝黄泉津大神よもつおおかみ〟の御目通おめどおりのりたまいき――



 これが完成したら、きっと私は「理破ノ罪禍ことわりやぶりのざいか」を負う。


 決してしてはならない、触れてはならない、赦されないそれは、完成し次第私を黄泉路に連れ去るだろう。


 それはそうだよね。くまのはやたまのおおかみが封じに置いた〝千引ノ岩せんひきのいわ〟を開こうとしているんだもの。



「ひふみ よいむなや こともちろらね

 しきる ゆゐつわぬ そをたはくめか

 うおえ にさりへて のますあせゑほれけ――



 イヤだなぁ。リュウくんに逢えなくなるの。



  ――



 ずっと一緒にいて、一緒に子供を育てて、一緒に歳を取って、いつまでも、いつまでも……



「御出で下さいませ。〝尊御魂たっときみたま〟」



 リュウくんの傍にいたかった。

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その日、世界がひとつになった。 佐々木 鴻 @spr

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