第04話 消えた退魔師一家 親友の訪問

 天王洲てんのうず愛留あいるは美少女である。


 彼女の容姿について誰かが訊いたとしたならば、その全てがそのように評価をするであろう。


 華奢な体躯にメリハリのある体型。艶やかな濡羽ぬれば色の髪ととび色の瞳が宿る、長く整った睫毛に彩られた大きな双眸、そして目鼻立ちがはっきりした容貌。


 その全てが、それに目を向けた人々を男女問わず魅了する。


 事実、彼女は幼少期から常に人目を惹き、非常に人気があり、未就学の頃から全ての話題の中心にいた。


 出自が地方の田舎――しかも「ど」が付くほどで秘境に分類カテゴライズされるであろう場所でなければ、メディアやそれに属する者どもが黙っていなかっただろうし、彼女を知る周囲の者たちが僅かでもその世界に興味があったとしたならば、その情報は瞬く間に広がっていたであろう。


 そうならなかったのは、ひとえに幼少期からこんにちに至るまでの環境に要因――いや、原因があった。


 まず、彼女が育った環境では、視聴されているメディアはほぼ国営放送のみであり、民間放送は観られていても誰も注視などしない。民放が流す都会の情報は、そのど田舎では全く需要がないからだ。


 言ってしまえば、民放各局が意気揚々と制作している番組は都会――といっても県庁所在地程度だが――だけに通用するものであり、極端なはなし別世界の物語でしかなかった。


 それに別世界は、五年前に謎の神らしき存在によって統合された異世界だけで、ここの住人にとっては既に腹いっぱいなのである。


 そもそもそれだって、遠い場所の火事程度にしか認識出来ていない。


 ど田舎で暮らす人々は、他所の出来事に対して無頓着で無関心で、更に南極よりも冷たいのである。


 そんな行ったこともない場所のファッションやらグルメやらに興味がある筈もなく、あるのは今日を生きるための糧を得るために農作業に精を出したり、その農地を荒らす害獣の駆除をしたりすることのみであった。


 ど田舎で生きる人々は、「超」が十個くらい付くほどのリアリストなのである。


 ちなみに畑を荒らす害獣に特別天然記念物や準絶滅危惧種が含まれていたりもするのだが、畑に優しくない野生動物に一切の慈悲はなく、


「絶滅危惧種? そんなの関係ねぇ」


 と言わんばかりに、貴重な蛋白源として食卓に並ぶのが常であった。田舎の常識は社会の非常識なのだから。


 ど田舎で生きる人々は、自然に厳しいのである。


 自然も人に厳しいけれど。


 そのように厳しい環境であっても、その可憐さを失わなかった彼女―― 天王洲てんのうず愛留あいるは、ある意味では奇跡のような存在だ。


 そんな環境で育った彼女には、幼少期から幼馴染と呼ぶべき友人がいた。


 友人の名は、菖蒲あやめ


 物心つくより以前から共に育ち、そして過疎により若い世代が少なく、それに伴い子供が極端にいないこのど田舎では貴重な同世代でもあった。


 二人は分校並みに生徒総数が少ない本校で机を並べて学び、生徒総数が少ないために季節変わりで全ての部活をやらされる羽目になるその学舎まなびやで共に汗を流し、生徒総数が少ないために給食などなく持参した弁当のおかずを交換し合い、生徒総数が少ないためにクラスなどなく幼稚園から小学校まで一緒に学び、生徒総数が少ないために席替えの意味すらないため席もすっと隣であった。


 更に、自宅も隣なのである。


 二百メートルくらい離れているけれど。


 だが二百メートル程度離れていたとしても、徒歩で余裕で向かえるそれは、決して悲嘆する距離ではない。

 土地面積が日本一な某都道府県の農家では、隣家りんかへの行程距離が数キロメートルという集落だってあるのだから。


 それは極端な例だとしても、自然がいっぱいで緑豊かな――というか自然しかなく否応なく緑だけが目に付く秘境な山中にあるこの集落では、集落の総人口を鑑みてほぼ需要がないであろう携帯端末の基地局を設ける物好きな事業所は当たり前に皆無であり、当然携帯端末の電波は圏外


 五年前に異世界大陸と統合された影響で急速に発達した、全地球的衛星測位システムを活用した通信システムが確立していなければ、この集落はいまだ携帯端末は圏外であったのだろう。


 そういう理由から、現在では電波状況は問題なく良好で、だが携帯端末自体に需要がないために住民の九割以上はそれを所持しておらず、よって普及率は11パーセント程度であった。


 そしてこの集落の総人口は百人前後。総面積は超時空な要塞一機分である。


 ど田舎で生きる人々は、新しい技術は農耕機以外に興味がなく、その中であっても電子制御されているハイ・テクノロジーな機種は受け付けないのである。


 自分で修理やが出来ないから。


 そんな直線距離で二百メートル、道沿いなら軽く1.5倍はある道程を、その天王洲てんのうず愛留あいるは鼻歌混じりに歩いていた。


 口ずさんでいるのは流行歌で、彼女はそういった流行にとても敏感だ。


 そしてその身に纏っている衣類も、ファッション誌を踏襲とうしゅうした流行りのコーディネートであり、しかもそれがよく似合っている。


 通り過ぎる人々はそんな彼女に釘付けになり、必ずと言っていいほど振り返るであろう。


 ど田舎過ぎて誰も擦れ違わないが。


 時刻は朝八時過ぎ。早朝の農作業を終えた農家の住民が帰宅し朝食を摂り、食後の昼寝――というか朝寝(?)をぶっこいている時間であり、うっかりそのまま昼過ぎまでマジ寝するヤツもいたりする。


 よって当たり前に、だーれも外出していない。


 だがそんな瑣末さまつなことを気にする彼女ではない。


 鼻歌を歌いながら、時々思い出したかのように歌詞を口ずさみ、そして親友の家へと向かう。


 その手にオシャレなラッピング袋を持っており、時々鼻歌に合わせてその場でターンしたりしている。


 見るものは見たならば、その様子にホッコリするか見惚れるかのどちらかであろう。


 田舎過ぎて、だーれもいないが。


 彼女―― 天王洲てんのうず愛留あいるは現在二二歳。そして大学二年生である。


 ちょっと計算が合わないのだが、それもその筈。彼女は、二浪してやっと志望の大学に合格したのだから。


 彼女が志望していた大学は某有名国立大学であり、その学力では合格は難しいと言われていた。


 事実、無理を押して受験しても当然合格出来る筈もなく、だが複数受験をしていなかったために、当然浪人したのである。


 翌年も受験して不合格となり、更にその翌年、やっとその大学に合格したのだった。


 結局志望した学部ではなかったけれど。


 何故そこまでしてその大学にこだわったのかというと、そこには、彼女が大好きな親友である、菖蒲あやめが在籍しているからだ。


 親友とは中学まで一緒であり、高校では離れ離れになってしまった。


 中学の成績は彼女の方が上であったのだが、その親友は中学三年の後半からとても努力して、遂には地元で一番の進学校に一般入試で合格したのである。


 それも、主席合格。


 この中学校では初の快挙だと、教職員が大騒ぎしていた。


 そんな頑張り屋の親友、菖蒲あやめが、彼女はとても大好きだった。


 二年遅れて入学した大学では、不思議なことにその姿は見られず、更に教職員に訊ねてみても、


「『


 と返答されるだけであった。


 結局、同じく在籍していた筈の二年間でその姿を見ることは叶わず、だが両親から鳳凰寺家に菖蒲が帰って来ていると聞き、五月の大型連休を利用して帰省したのである。


 ちなみに何故に最終日になったのかというと、実はあんまり成績が芳しくなく、補習講座を受けていて連休が潰れたのだった。


 そうして、やっとの思いで親友に逢えると浮き立ち、取る物も取り敢えず夜行バスに乗り込み、自宅に着いたのが早朝六時だったりする。


 そこから慌ててシャワーを浴び、身支度を整えて何事もなかったかのように、現在鳳凰寺家に向かっていた。


 ちなみに、夜行バスの中でメッチャ寝たから案外スッキリしている。


 彼女は、天王洲てんのうず愛留あいるは、何処でも即座に爆睡出来るという、ある意味で非常に稀有な、それでいて羨望の的になりそうな特技を持っていた。いや、それは既に技術スキルと称してしまっても過言ではない。


 そんなチートスキル持ちの彼女だが、実は昼前にはまた夜行バスで戻らないと、明日の講義に間に合わないため単位を落としてしまうという、実に現実染みた厳しい実情を抱えている。


 つまり、彼女は、天王洲てんのうず愛留あいるは、親友である菖蒲あやめに逢うためだけに、このような弾丸帰省をしたのであった。


 端的に言って、とても一途いちずである。


 見る人が見たのならば、「労力の無駄」とか「想いが重い」とか、「ぶっちゃけバカじゃねーの」とか言わそうではあるのだが。


 それらの全てを褒め言葉へと脳内変換出来る、ある意味で特異能力者である天王洲てんのうず愛留あいるは、一路親友の家へと向かう。


 だが――彼女は親友に逢うという目的は達せられなかった。


 何故なら、親友の家は――鳳凰寺家がある敷地にその家はなく、代わりに鬱蒼とした樹海の一部が、からだ。


「……うそ……」


 その現実を目の当たりにし、天王洲てんのうず愛留あいるはその場にへたり込んでしまう。持って来たお土産――バナナ風味の生練り菓子や雛の形の饅頭が散乱してしまうが、それはどうでもよかった。


「アヤメちゃん、アヤメちゃんが……」


 無意識に、鳶色とびいろの瞳が宿る双眸から涙が零れ落ちる。


 同じくその光景を、その異常事態を目の当たりにしているスーツ姿の女性がそれに気付いて怪訝けげんな表情を浮かべるが、それに気付く、いや、気付ける天王洲てんのうず愛留あいるではない。


 そういえば。このとき彼女は、最近頻発している「蒸発消失事件」を思い出した。


 それは失踪した、という意味の「蒸発」ではなく、文字通り人がというものだ。


 それは目撃者がいない場所にとどまらず、傍に人がいたり、あるいは雑踏の中であっても、突然のである。


「まさか……アヤメちゃんは……」


 そして彼女は、その結論に達した――いや、達してしまった。


 状況証拠すらなく完全にでしかない、いささか突飛で乱暴な推論ではあるが。


「返して……」


 だがそんな一般論などお構いなしに、天を仰ぎながらポロポロと涙を零し、誰へともなく呟いた。


「アヤメちゃんを、返してよー!」


 なにごとかとご近所さんが集まって来るほど近くないため、だーれも気付かない異常事態を目の当たりにして、天王洲てんのうず愛留あいるは子供のように泣きじゃくる。


 ――そしてその様を、誰よりも先にその有り得ない異変に出会でくわしてしまったスーツの女性は、白けた表情でそれを静かに見降ろしていた。

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