第03話 退魔師一家、敷地ごと消失する(2)

「いや意味判んないんだけど。なんで私のなのよ。自分の使ったら良いでしょ」


 そんな異性にとって有害認定されそうな姉の奇行に表情一つ動かさずに、冷静に突っ込む菖蒲。もう長い時間――具体的には二二年の付き合いになるから、いちいちそんなことで慌てる筈もない。


「えー。私だと一角獣ユニコーンしかべないのよ。ほら私、淑女だから」


 ノーブラの胸を反らし、やけに誇らしげにそう言う芙蓉。全然淑女っぽくない。 


「淑女? ちょっと何言ってるか判んないんだけど。自分を淑女だと言い張るんなら白衣コート一枚で出歩かないでくれないかな。それじゃあただの変態で通報待ったなしだよ」

「変態とは失礼ね。そんなんじゃなくて、ただ開放感を求めているのよ。それにこんな田舎じゃあ全裸で歩いてもだーれも気にしないわ。流石の私も全裸はないけど。乙女だし」


 そういうのをありていに「変態」と呼ぶのだと突っ込みたかったが、言っても無駄だと考えてグッと飲み込む菖蒲。

 それを判っているのか違うのか――間違いなく後者であろうが、長く艶やかな黒髪をひるがえして伏し目がちにクルッとターンして横を向き、腕を組んでから右の中指でクイッと眼鏡を直す仕草をする。ちなみに芙蓉は眼鏡をしていない。視力は両方とも6.0だ。


「あーはいはい。それは良いけど、朝食出来てるわよ。おじさんたちもいるんだから、ちゃんと服着て来なさいよ」

「あらもう朝食の時間なの。早いわね」


 言いながら、机に置いてある資料やら謎物質を片付け始める。

 芙蓉は、異常なくらい片付けにこだわりを持っていた。研究者に良くある、ぶっ散らかった部屋には絶対にしない。片付けながらやった方が効率が良いし、なにより後でまとめてやる整理整頓などに費やす時間を無駄と考えているから。


 出したところに出したものを戻す。


 未就学児でも出来る、人としてやって当たり前の基本以前な行動である。


「もうみんな揃ってるわよ。早く来てよお姉ちゃん」

「わかったわ。じゃあさっさと着替えてみんなの度肝を抜いてやるわ」


 着替えで度肝を抜くとは?


 なんだか色々不安になって来る菖蒲だった。


 かくして、僅か三分で着替えた芙蓉の格好はというと――なんの変哲も捻りもないネイビーのカジュアルワンピースだった。相変わらず猫耳システムヘルメットを被っていたけれど。


 一家全員揃い、ついでにお邪魔しているおっさんじいさんどもも一緒に朝食を摂る。


「ん? なんか一膳多くないか。作り過ぎたか?」


 朝からモリモリ食欲全開なじいさまやおっさんどもが次々とする「おかわり」に対応するべく、どうぞ御自由にと言わんばかりに特大のお櫃をその前に置いて、それらに盗られないよう離れた場所にフードカバーを掛けてある食事を目敏く見付けたやすみちが、龍惺の横に座って食事中の菖蒲に訊いた。


「何言ってるのよヤッさん。あれはさんの分よ。まさかと思うけど、狙ってないわよね?」


 とても素敵な笑顔でそう答える菖蒲。笑顔なのだが、何故かとても凄みがある。

 高校生の頃は「」に怯えていたのに、四年前の〝世界統合〟の後から謎の能力に目覚めたらしく、やたらと凄みが増した。


 ちなみにどんな能力かというと、その「」がらしい。


 そろそろ保通の秘書が迎えに来る時間となり、それに合わせるように保通が帰宅準備を始め、同乗して送って貰うかくかげすみながたにこうえつも同じように準備をする。

 彼らはそれぞれ社会的地位のある人物であるため、連休が終われば忙しなく働き始めなければならない。

 それはいつものことであり、当たり前であるため、その準備は問題なく終了し――


「働きたくないでござる! 働いたら負けでござる! ずっとここに居たいでござる! このまま此処で畑を耕して暮らしていたいでござる! そうだフヨウちゃんの婿になろう! そうすればずっと此処に居られる!」

「何を言って下さりやがるのかしら、この長官様野郎は。リュウくんがなんがくいん家に婿養子に行くから確かに私かシゲくんが跡取りになるけれど、何が悲しくて還暦過ぎのじじいの嫁にならなくちゃいけないの? それにアンタにはさんがいるでしょう。イヤよ私、真っ二つに斬られるの」


 ニートのような戯言たわごとをほざく警察庁長官に冷たく芙蓉が言い放ち、


「いやぁ、ボクもずっと此処に居たいなぁ。仕事戻ると言葉が通じない中途半端に賢いだけのとか、自分の利益しか考えられないの相手しなくちゃならないんだよ。だったらアキちゃんの手料理が食べられる此処に居たいってのが人情だよ」

「働けやアホ市長。オメーが手綱取らないで誰があの横断歩道すら渡ろうとしない、往来が激しい車道を我が物顔で横切る、幼稚園児以下の思考しか持っていない、言うことだけは一丁前な無能どもの面倒をみるんだよ。つーかそんなヤツらを放置すんな。あと私に罵られて恍惚とすんなよドMジジイ」


 もっともらしく、選挙で選ばれて基礎自治体のトップに立っている筈の人物が、思っていても口に出さないであろうことを目が笑っていない爽やかな笑顔でそんなことを言い、だがそれを璃芭に即却下され、


「拙僧はそれほど多忙ではないから、此処で暫くアスターと呑んでいたいのお。あ、あと弟子に修行をつけるのも悪くない」

「いやうるさいよクソ坊主。修行っていってもほぼ放置だったじゃないかよ。一応『法力僧』にカテゴライズされてるけど、修行つけてくれたのってじいちゃんだからな。おかげで僧階も取れないんだよどうしてくれる。そもそも、もう教導終わってんだろうが」


 実際は当たり前に多忙な役職持ちである、僧で日弁連会長な昊閲がのーんびりとのたまうのを付きで拒否され――


 ――そんな問題しかないのだが、取り敢えず帰宅準備を強制的に進めさせた。


「いやぁ、皆様働き者ですなぁ」


 働きたくないと駄々をねるジジイどもを尻目に、地元の名士だが現在無職で隠居生活中のふなさか絃次郎こうじろうが、玄米茶をすすりながら好々爺然とのーんびりそんなことを言い、そのジジイどもに睨まれている。


ちなみに絃次郎じいさんは、徒歩である。自宅まで20キロメートルくらいあるけれど。


 そのようにわちゃわちゃしながらも帰宅準備が終わり、あとは迎えが来るだけとなったのだが、おかしなことにそれが一向に来なかった。

 保通の秘書――本来はそんなのは居なく、勝手にそう呼んでいるだけだが――は時間にうるさく、早く来たことはあれども今まで一度たりとも遅れたことなどない。


 その秘書の名は長曾禰ながそね


 先程菖蒲と芙蓉が「興里那さん」と呼んでいた人物である。


 時間に煩い興里那が連絡も無く此処まで遅れるのは明らかにおかしいと判断した保通は、取り敢えず自分のSUVが現在何処を走っているのかをGPSで追跡する。すると、既に現着しているようであった。


 だがその反応が、突然消失する。


 機器の故障か? そう思い再追跡すると、追跡MAPが高速でスクロールし、インド洋に出現した大陸―― 「ファエラス神聖公国」にマーカーが出現した。


 更にその大陸上に、この鳳凰寺家の所在を指すマーカーがある。


 その意味が理解出来ず、だが現状把握のため龍惺がサンダルを履いて屋外出て、絶句した。


 鳳凰寺家は確かに間違った意味で「秘境」と呼ばれるほどの田舎だが、眼前に広がっている光景はそんな生易しいものではなかった。


 鳳凰寺家の敷地外には、見たこともない木々や植物が広がっていたのである。


 つまり、鳳凰寺家の敷地が、この場にいたのだ。


 その信じ難い光景に理解が及ばず、呆然とする龍惺。それを気遣うように、菖蒲がそっとその手に触れた。その足元に顔が白い狐が纏わり付くが、それを気にする余裕すらない。


 それと同じく、他の皆が窓から屋外を確認し同様に呆然とするのだが、それに追い討ちをかけように、龍惺を中心として地面に光の真円が出現する。


 そこからまばゆい光が溢れて龍惺とそれに寄り添っている菖蒲を包み、その光の奔流に視界を奪われ、そして――それが消失した跡に、二人の姿はなかった。

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