第18話 残されたもの(1)
SUVのフロングリルが輝き、次いで膨大な光があたかも柱のように直進する。
そしてそれと同時にリアバンパーか開き、其処から衝撃相殺のカウンター・マスが射出された。
打ち出された光線は、現在地である神殿――聖堂の石壁を膨大な熱量で熔解しながら直進し、そして熔解したそれを周囲に派手に撒き散らしながら、大気による減衰率を完全に無視して中空へと消えて行く。
だがその光線は石壁を熔解させただけではなく、それ自体を蒸発させて岩石蒸気となり、聖堂内を灼熱の地獄へと変えた。
その射線上にいる人々は当然瞬時に消し飛び、そればかりではなくその傍にいた人々をもその余波で消し炭に変えてしまう。
目標となりうる全てを、物体だろうが生物だろうが、構わず諸共徹底的に破壊し尽くす――そう、それが、戦略兵器のそれたる所以なのだから。
「ひふみ よいむなや こともちろらね
しきる ゆゐつわぬ そをたはくめか
うおえ にさりへて のますあせゑほれけ
そんな明らかに人が生存出来ない環境になったその場に、
「
それが完成すると、中空から滲み出るように原色で
その女神は身に纏っているゆったりとしたその衣を
それは聖堂の灼熱と相殺され、だが直撃した石壁はまだ
但し、熱波を冷気で急速に相殺させたため、この場に水蒸気が大量に発生してしまい、それがその燻っている石壁に熱せられてサウナのようになってしまっているが。
聖堂内が反応炉よろしく凄まじい熱量に侵されていたのは、時間にして二十秒もなかっただろう。
そしてそれの原因となった張本人(?)はというと、
[状況終了。
眼前に広がる惨劇など意に介さず完全に無視して――機械、もしくは兵器であるため当然だが――自機の状態を淡々と語っている。
そして話し掛けられた
[御指示を。
やっぱりそんな空気など読めないSUVは、興里那の心情も全無視で指示を仰いでいる。ある意味では、正しく兵器であった。
いや、それより――
「お前ぇー! さっきクッソ偉そーに『警察の職務は抹殺ではなく鎮圧
そう小気味良くブチ切れる興里那である。今回に関して、それは当たり前に真っ当な言い分であった。
だがそうしたところで。
[御指示を。
スルーされるのがオチである。相手は機械――というか兵器であるため、それを理解しろというのは無理なのは当然かも知れない。
もっとも菖蒲が言った通り、それが
そんな切り返しをされた興里那は、大きく溜息を吐き、
「はぁ……もういいよ」
遂には諦めた。
「どうせ全員ぶった斬るつもりだったし」
などと、続けてとんでもないことを言い出し、そして深呼吸を数回繰り返してから、
「えーと、うん、まぁ取り敢えず『待て』」
消し炭になって崩れる符をそのままに、状況と被害の程度を的確に確認出来ず、まるで飼い犬にそうするかのように、取り敢えず無難な指示を出す興里那。ある意味では賢明な判断であろう。
[了解しました。御用の際には音声入力をお願いします。当機はそれまでセーフモードに入ります]
「……いや音声入力って何よ。こっちが知ってる前提で話すとか、横文字使えば全国民が理解するだろうとばかりに意味不明な
四輪が元に戻り、エアクッションによって緩やかに石床に着陸(?)するSUVを、ツッコミを入れはしたがやっぱり呆然と見詰め、次いで周囲の状況を確認し始める。
射線上にある「もの」は全て、塵すら残さず消し飛んでいるが、其処から離れるごとに残骸が大きくなって残っていた。
そして車体の真横には、黒焦げになりながらもまだ辛うじて息のある神官たちが、呻くことすら出来ずに転がっている。
同じく兵士たちもいるのだが、金属鎧が熔解してそれを直接浴びたのだろう、絶命していた。
SUVの後方に目を向けると、カウンター・マスの直撃を浴びて全身の骨が粉々になったばかりか、身体が潰れて中身が飛び散っている者もいる。
唯一被害が少なかったのは、SUVの斜め後方にいた者と、菖蒲と龍惺、そして興里那が咄嗟に張った結界の陰にいた者たちだけであった。
そしてその中に、両の下腿を細切れにされた髭の公王と、魔力測定装置の破裂で瀕死になっていた王女がいた。
どちらも瀕死ではあるものの、まだその命を繋ぎ止めているようで、それを確認した興里那は、
「流石の悪運。憎まれっ子世に
などとこの場には絶対的に相応しくないであろう感想を漏らし、更には「何故生きてる?」と呟き小首を傾げていた。
「そんなことより――」
そのままにしておけば、程なくその命が
その視線に気付いた菖蒲は一瞬不思議そうな表情を浮かべたが、すぐになにかに気付いて問題ないとばかりに微笑みを返す。
だが残念ながら、興里那が期待したのはソレじゃない。そりゃあまぁ、とても魅力的な微笑みではあったが。
「なあ菖蒲。さっきのアレって、なに? なんか
そんな興里那の代わりというわけではないのだろうが、龍惺が先ほどの現象の説明を求めた。
流石は龍惺くん。デキる男だ。
腕を組んで頷きながらそう独白し、一人で勝手に納得する興里那である。
そして菖蒲の返答はというと、
「うん。なんかこれ拙いなーって思ってたら、自分を喚べって言われたの。おばあちゃんがチョイチョイ
「んん? ええと……その『いひか』って、あの〝井氷鹿〟?〝
「そう。立派な角で綺麗な女神だったよね。あとしっぽが可愛い」
「ああ、うん。そうだね。女神なのに牡鹿の角が生えてるとか、
色々な矛盾点を見付けてしまい、思わずやんわり突っ込む龍惺だった。相手は神様なのに。
だが――興里那はそんな二人の遣り取りに、更に突っ込みたくて仕方なかった。
サラッと流されたけど、おばあちゃん――
自分の上司である
しかも、そんな非常識をそれだと思っていない節がある。どうやら、非常識な常識に長年浸かっていると、それがそうだと思わなくなるようだ。
もっともそれは、世間一般にも言えるもので、いわゆる黒い企業に長年いるとそれが当たり前になってしまい、世の非常識を常識だと思ってしまうのと同じである。
とても危険なことだ。
……などと戦慄している興里那だが、そうされている鳳凰寺家の人々は、自分たちの稼業や能力が世間一般的にいうところの「常識の
よって、他所様がいる場所や人の目に付き易い処では、大っぴらにそんなことはしない。ちゃんと認識阻害や人払いの呪法を使う。
それよりも、実はそんな戦慄している興里那の方が、余程危うかったりする。
なにしろ上司の悪影響を受け過ぎており、ちょっと――いやかなり、思考の傾向が危ない方に寄っているから。
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