第17話 混迷の涯に(2)

 そんな漫才をしている私たちを他所に、何も起こらなため無害だと判断したらしい兵士たちが、体制を整えて再び肉薄する。


 そして私と龍惺くんはそれを迎え討――


[敵性反応を確認。自動防衛機構を展開します]


 ――つ前に、SUVがそう言った。いや其処はドイツ語じゃないのか。


 ……じゃなくて。


 SUVの後輪の上、クォーターパネルがシャコンと開き、グラスコックピットにマーカーが出現してそれの全てをロックオンする。


 その挙動を見てまた警戒したのか、兵士たちの足が止まった。


「ダルマさんが転んだ」みたいだね。


[全力迎撃します。奥様エーエフラオ、御許可を]


 は? 許可とか、知らないよ。あと、奥様エーエフラオじゃないから!


[レーラー・ヤスミチよりそのように仰せ付かっております。御許可を、奥様エーエフラオ


 あんのクソジジイ! 後で〆る!!


 それより。


「もう何でもいいや。やっちゃって」


 面倒になった私は、投げ遣りにそう言った。


 それを合図に、なにやらSUVから「チチチ」と機械音がして、


了解ヤヴォール。50mm魔導榴弾発射します]


 その音声の直後、さっき開いたクォーターパネルから光の弾丸が無数に射出され、それは兵士たちを打ち据えて行く。

 そう、「撃ち抜いている」のではなく「打ち据えている」のだ。


「ふうん。無力化するだけなのね」


 感慨深げにそう言うと、


[警察の職務は抹殺ではなく鎮圧ですから。それにのに、は必要はありません]


 うわぁ。こいつらのこと、暗に「弱い」って言い切っちゃったよ。あとソレを「非効率的」で済ませるとか。やっぱりジジイの所有物だなぁ。


[それと。青少年の教育上、抹殺はよろしくないと判断致しました]


 ……何故にいきなりそんな物騒な返答を、さも模範回答のようにするかな。


 やっぱりジジイの所有物だよコレは。


[そんな意味のない問答よりも次の御命令を。エーエフラオ


 だから奥様エーエフラオじゃないってーの。それに、意味のない問答って一刀両断したなコイツ。

 機械の分際で生意気な。いや、アヤメちゃんが言うには付喪神みたいなもんだって言ってたから、当然なのか?


 うーん、全然納得出来ない。


[返答にきゅうしているようですので、選択肢を10ほど提示します。

 1、敵性存在を殲滅。

 2、敵性存在を無力化した後に脱出。

 3、敵性存在との和解を試みる。

 4、敵性存在の首領を人質にして脱出。

 5、圧倒的戦力差を見せ付けて悦に入る。

 6、敵性存在を制圧後に現地点を拠点とする。

 7、強行突破後この地点を消滅させる。

 8、暇だから。

 9、趣味だから。

 10、知らねーよバカ!

 どれを選択されますか、奥様エーエフラオ


 いや全般物騒なんだけど。なんなのこの機械。ロボット三原則はどうした。何処に捨てて来た。


 いやそれよりも――


「お前、最後の三つは思い浮かばなかったから適当に言っただろう。限りなくジジイの仕込み臭いぞ。あとのクセにロボット三原則の第一条はどうした!?」

[何のことなのか理解不能。それより、選択肢の「3」はまず不可能と判断致します。お勧めは「1」と「5」と「7」と「10」ですが、どれになさいますか、奥様エーエフラオ

「だから奥様エーエフラオじゃないって。それとそのオススメの選択肢、なんで物騒なのとか性格悪いチョイスしかしないんだよ!」


 ちょっと! なんで機械相手にこんな遣り取りしなくちゃならないのよ! 

 ていうかアヤメちゃんも龍惺くんも、ニヨニヨ笑ってないでコレなんとかしなさいよ!


 ……え? ジジイと私の会話聞いてるみたいだ、て? 本当にやめてよ気持ち悪い! なんで私が加齢臭漂うジジイの嫁みたいに言われなくちゃならないの!?


 あ、でもあのジジイ、何故か加齢臭しないんだよね。香水やコロンも嫌いだからって、柔軟剤も臭くないヤツしか使わないし。


 いや違うそうじゃない。今はこのSUVの暴挙を止めなくちゃ。絶対に面倒になるだろうから。


 既に面倒ごとが起きてて首突っ込むどころか全面的に当事者になっちゃってるけどね!


「それに最後のはただ言いたいだけでしょ。個人的に、10番がちょっと面白そうって思っちゃったわよ。まったく、そういうところはジジイに似なくて良いの――」

了解ヤヴォール奥様エーエフラオ作戦オペラツィオン「知らねーよバカ!」発動]


 ………………なんて?


[〝重粒子砲〟発射シークエンスに入ります]


 ちょ、ま! え? 重粒子砲って? あとシークエンスは英語なんだ。


 じゃなくて!


 軽くパニクっている私を完全に無視して、SUVは何やら準備を始めているようだ。


[フロントグリルオープン。射出バレルを魔導エンジンに直結。加圧開始。亜光速粒子加速装置始動。射出まで60sec]


 淡々とそう告げるSUV。ちょっと、理解が追い付かないんだけど。


「興里那さん、コレ、拙くない?」


 龍惺くんが真言の武装を解除して、でも周囲を警戒しながら私にそう言う。警戒するも何も、さっきのSUVからの榴弾砲撃でほぼ制圧されてるけど。


「ごめん、私ちょっとそう言うのに疎いから、どうすれば良いのか判らない」


 本気で判らないから素直にそう言うと、


「〝重粒子砲〟って粒子加速砲だよね。あれって結構なエネルギーだよ。電力にして原子力空母一艦分くらい」


 ごめん、それでも判らない。微妙な表情をしているだろう私に、龍惺くんは更に続けた。


「大都市をまるっと賄えるくらいの、だよ。つまり、この場所が消し飛ぶ」


 そいつは大変だ!


「コラ! 何しようとしてくれてるの! それ中止中止! そんな危ないのは止めなさい!」


 慌ててそう言うが、


[既に射出シークエンスに入っているので止まりません。射出まで43sec]


 どうやら止まらないようだ。フロントグリルの謎についているライフリングの理由が判ったけれど、今はそれどころじゃないな。


「どうしても止まらないって言うなら、威力を抑えて被害が出ないところに撃ちなさい!」

[被害を最小に抑えるのには了承致しました。ですが先程エーエフラオが選択されました作戦オペラツィオン「知らねーよバカ!」は、ドクトル・フヨウの命により9連〝ドラッヘトレーネ〟の魔力全てを使い切る威力に設定されております。よって威力は最大超過となりますので、御了承下さい。射出まで28sec]


 え、ちょっと待って。なんか今、聞きたくない単語と意外過ぎる人物の名前が出て来たんだけど!


「うわあああああ! 芙蓉ふよう姉さん、何してくれてんの!? なんでそういう無駄なところに力入れるかなぁ!」

「そういえば以前、魔力の運用云々で〝竜泪ドラゴン・ティア〟使いたいとか言ってたよ。でも今あるあれって、竜王国の王様が総理に送ったのだけだよね。なんで此処にあるの?」


 頭を抱えて悶絶する龍惺くん。こんな時なのに冷静に分析するアヤメちゃん。そして私は、うん、なんかもうどーでも良くなった。短い人生だったよ、うん。


[用途不明のため、総理が専門家であるレーラー・ヤスミチに贈与したのです。ドクトル・フヨウは其処から入手しました。射出まで15sec。対衝撃対閃光防御のため当機体の斜め後方への移動を推奨します。射出と同時に後方へカウンター・マスを展開。仮想バレル付加。カウントダウン開始します]


 あ、これ本当にヤバいヤツ。咄嗟に私は刀をSUVのリア席に放り込み、懐から符を取り出す。


 それと同時に、龍惺くんは九字を切り、アヤメちゃんはあんまり聞かない祝詞のりとをあげ、私たちは一斉に身を低くした。


衝撃遮断しょうげきしゃだん急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう

臨兵闘者皆陣列在前のぞむつわもの、たたかうもの、みなじんつらねて、まえにあり

  


 そして――膨大な光と共に、全てを破壊するだろう光線が発射された。

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