第08話 鳳凰寺家の家族会議(2)

「おいヤッさんや。それは結構な機密事項なんじゃないのか? オレが公安にいた頃だったら、いくら警察庁長官だからってクビが飛ぶぞ」


 明らかに秘守義無違反なのだが、そんなのは関係ないとばかりに爆弾を投下する保通に、絃次郎が忠言する。

 だがそうは絶対思っていないだろうとばかりに不敵に笑っているところを見ると、本気で言っていないのは自明であろう。


 それは言われた保通も判っているようで、互いに物凄く悪い笑顔で頷き合っていた。


「ヤッさんの機密漏洩問題もあるが――」


 ニヤ笑いが止まらない二人を華麗にスルーして、椎茸茶をお代わりしてから英倫が口を開く。


「それより、もしかしてだけど、俺ら全員それに巻き込まれてないか?」


 菖蒲と龍惺が消失したのにかこつけて、実は全員で目を逸らしていた、目を逸らしていたいことを、ズバッと英倫が突き付けた。


「あー、うん。やっぱりそうだよなぁ。英倫の言う通りだ。いやばあさんと海外旅行に無料ロハで来れたぜよっしゃーとか思ってないぞ」

「そうですよ。異世界のグルメをおじいさんと一緒に堪能したいとか思っていませんよ」


 歳は重ねていても、いつまでも仲の良い勇檣と京瑚夫婦が、若干挙動不審っぽく言い訳がましくそう言った。

 案の定、二人の目がちょっと泳いでるのは、きっと気の所為だろう。


「来ちゃったものは仕方ないよねー。ボクも自分の利益しか見えないとか済むとか思っていないし心躍っていないよ? それにボクがいないから議会の舵取り出来なくて慌てふためく様を想像してザマー! とか思ってないよ?」


 次いで景純は、心の底から清々しているとばかりにそんな危険な心情を吐露する。現職の市長としては、問題しかない。


「拙僧はどちらでも良いな。権中僧正ごんのちゅうそうじょうや会長がいない程度で揺らぐ組織じゃないし、いなきゃいないで清々するだろうよ。異世界大陸を謳歌する好機であるな」


 一番しっかりしている組織に属している昊閲が、何処から取り出したのか酒盃を傾けている。

 そしてその傍に、ちゃっかり秋田犬あきたいぬのアスターが座ってペロペロ呑んでいた。


「私はおとうさんがいれば、何処にいても幸せだからそんなの関係ないわ」


 英倫の隣に座っている璃芭が、お揃いの湯呑みで椎茸茶を啜りながら、熱っぽく我が夫を見詰めながらそんなことを言っている。それもいつものことだ。


「異世界か。きっととんでもない化け物が其処らじゅうにいるんだろうな。はっはっは。引退したジジイの血が騒ぐな。芙蓉ちゃんや、此処でならんじゃないか?」

「ふふ。フネさんったら、そんなに張り切っちゃってイケナイ人ね。でもイイわ! 私が自重全無視で作った殺戮へ――ゲフンゲフン――便利アイテムを思う存分使わせてあげる!」


 異世界大陸に来たと知って現役時代の血が騒ぐのか、七〇歳超えとは思えない肉体美を披露しながらギラギラする絃次郎。

 そしてそれに負けじと、どうしてこうなったとツッコミが入りそうなくらいにマッドな科学者になっちゃった芙蓉が、スキップでもし始めるのではないかとばかりに軽やかに、絃次郎を伴い地下の研究室へと戻って行った。


「ええ……ちょっと待ってよ……」


 そんな暴走する皆を見回しながら、


「結局、菖蒲ねえさんと龍惺にいさんはどうするのさ」

『あ』


 成瑛の声は決して大きくなかったが、その場にいる全員の耳に不思議なくらい良く通った。


「いやぁ、きっと大丈夫だよ。なにしろ俺らの孫だし。それにほら、タマちゃんも一緒みたいだから」

「うんうん、そうよね。案ずるより産むが易しっていうから」

「ねぇじいちゃんばあちゃん。それ本当にそうだって確証あるの? 孫のことが心配じゃないの? それに今ばあちゃんが言った『案ずるより~』って、あの二人には結構洒落にならない言葉だよ。あとタマちゃんって、じいちゃんがいつもレトルトカレーあげてる狐だよね? アレって本当に大丈夫なヤツなの? まぁだろうけど」

「まぁまぁ。そんなに心配しなくても、あの二人なら本当に大丈夫だって。龍惺はどんな状況下でも対応出来る技術と能力があるのを知っているだろ」

「そんなの知ってるよおとうさん。でもそれはでしょ。異世界にはどんな技術があるのかもまだ把握出来ていないんだ。特にファエラス神聖公国は他と一切交流していないから、その情報が本気で無いんだ。それに、アフリカで大暴れしている魔王って、確か此処から行ったんじゃなかった? それでも、大丈夫だって言えるの?」


 大丈夫だと言う家族に、大人に、不安を抑え切れずに成瑛が訴える。それはまるで、何かに怯えているようでもあった。


 それが判ったのか、璃芭はそっと、泣きそうな表情をしている息子を抱き締めた。


「……ねえシゲくん。シゲくんは、? 確かに一人なら心配だけど、二人なのよ。しかも菖蒲と龍惺なのよ。もう夫婦みたいな二人が一緒なら、どんな環境だって大丈夫」

「でも、でも、心配なんだ。僕は、

「……そう」


 成瑛が言ったその言葉が僅かに引っ掛かったが、璃芭は気にしないことにした。


 何故なら、のだから。


「私はね、シゲくん。どちらかと言えばリュウくんの方が心配かなぁ」


 璃芭が言ったその意外な言葉に、成瑛は驚きを隠せない。


 そんな息子に、璃芭は微笑みながら続けた。


「菖蒲ちゃんはね、どんな環境にも適応出来るの。まるでね」


 母のその言葉は、成瑛にはイマイチ理解出来なかった。だからそれが何なのかを訊こうとしたのだが、それより先に芙蓉が口を挟む。相変わらず空気なんて読む気のない姉である。


「シゲくん。もしかしたら二人ともさんと一緒かも知れないわ。あくまで可能性だけど」


 芙蓉は基本的に、可能性などという不確定なものを語らない。だが今、敢えてそれを語った。


「シゲくんは、よね。わ。そして、さっきヤッさんがSUVをGPS検索したとき、この大陸の首都っぽいところに反応があった。つまり、んだと思う」


 理路整然と、今まで出た状況を推理して推論を並べる芙蓉。それは、成瑛の予想していた事態より遥かに具体的で、且つ根拠のあるものだった。


 のだが――


「興里那さんが乗ってるヤッさんのSUVと一緒なら、なんの問題もないわ。何故なら!」


 何処からともなく白衣コートを取り出してバサリと羽織って袖を通し、左手を腰に、右手でメガネをクイっと上げる仕草をしてから素晴らしいほどのドヤ顔をする芙蓉。

 ちなみに彼女はメガネをしていない。視力は左右とも裸眼で6.0だ。


 あの芙蓉が其処まで問題ないと言い切るのならば、それは確かに問題ないのだろう。


 成瑛はそう考え、ちょっと自信がないのだが納得しようとした。


 だが――


「ヤッさんのSUV『X-01〝ナグルファル〟』は、自律思考型戦略魔導兵器なのよ!」


 メッチャ良い顔で一気に捲し立てられた有り得ないほど物騒なワードに、言った当事者と保通、そして絃次郎以外の全員が絶句する。


「え? なに? どゆこと?」


 芙蓉が自信満々に言い切ったそれが、イマイチ理解出来ない成瑛だった。

 そして彼以外は、何故か感嘆の声を上げて拍手をしていたりする。


「『X』ナンバーは『試作』って意味よ! そう、最高傑作の試作なの!」


 試作型に最高傑作もないだろう。思わず溜息と共に額を抑える成瑛。


 ――問題だらけであった。

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