第12話 戦闘開始と傍観者(1)

臨兵闘者皆陣列在前のぞむつわもの、たたかうもの、みなじんつらねて、まえにあり


 何か悪い予感がしたのか、突然リュウくんが九字護身法の結界を張った。


 何故そうしたのか、鈍い私には良く判らなかったけれど、私に向けられた「マジック・トレーサー」とかいう機械が何故か破裂して、ようやくそれの意味を理解した。


 なにごとが起きてそうなったのかは相変わらず謎だけど、派手に飛び散るそれの破片からリュウくんが私を守ってくれたのだ。


 そう、いつだってリュウくんは、私を助けてくれる。


 その理由を、私は高一の夏になるまでちゃんと理解出来ていなくて、ほぼ連日のように霊障れいしょうを患っていた私を気遣ってそうしていると思い込んでいた。

 血の繋がりがないのは薄々判ってはいたけど、を起こす度に調伏ちょうぶくしてくれて、でも必ず決まって「俺の大切な~」とか言われて気付かなかった私も大概だよね。

 芙蓉ふようお姉ちゃんに「ラノベの鈍感系ヒロインを彷彿とさせる」と言われても仕方なかったと思う。

 当時はそのラノベは読んですらいなくて、そう言われてもイマイチどころか何を言っているのか全く理解出来なかったし、今でもそういう系は読まないから、やっぱり理解出来ていないけどね。


 それよりも、現状の確認だ。


 まず、さっきから偉そうだけどちょっと威厳に欠ける言葉遣いをしていたお姉さんは、覗き込んでいたその機械が破裂して吹き飛ばされて、折れちゃいけない骨が折れたんじゃないかって音が、石壁に叩き付けられた衝撃でしていた。


 流石に「ゴシャ」だか「ゴリ」だか音がするのは、真っ直ぐじゃなくてがどうにかした音だと思う。

 ……などとオブラートに包んで言ってはみたが、ぶっちゃけちゃうとそれは頭蓋骨というヤツだ。


 現代の地球でも骨折の度合いで死に至るのに、明らかに医術が発展していないであろう文明レベルにしか見えない此処では、恐らく助からないだろうな。

 ああ、でも。そういえば「魔法」とかいうのがあるんだっけ。実物を見たことがないから詳細は知らないけど、それは地球では有り得ない「奇跡」を起こせるんだよ。


 ……って、テレビで言ってた。


 それがかは知らない。


 そもそもその情報だって、昼下がりのワイドショーで、明らかに地球で生まれ育ったであろう自称な専門家が意味不明に興奮エキサイトしながらがなり立ててただけで、確たる証拠があるわけでもない。


 あとっぽいことや技術なら、ウチの家族の全員が実際に出来たり習得済みだったりする。よく遊びに来てるオジさんたちも出来るけどね。


 で。その石壁に叩き付けられた高飛車おねーさんは、当たり前にそのまま石床に崩れ落ちた。

 うわー、瞳孔が散大してるよ。アレってフツーに即死でもおかしくないよね。

 あ、でもまだから、辛うじて生きているかな。


「ドラフシェ! おのれ、穢らわしい魔女め! 我が娘になにをしたぁ!」


 そしてそれを見た、一年に一日しか働かない赤い服のおじいさんみたいな髭のおじさんが足をドスドス踏み締めながら喚き出した。

 あのおじさん、なんで無事なんだろう。あ、傍におねえさんが血だらけで倒れてる。そっか、あのおねえさんが庇ったのか。王冠被ってるし、おじさんはきっと王様なんだろう。


 あれ? そういえばヤッさんのタブレットを見たら、此処は「ファエラス神聖公国」だったよね。というと、あのおじさんは公王ってことになるのかな。それとも公爵か何かなのかな。あんまり興味がないから詮索しないけど。どうでも良いし。


 ……ねぇリュウくん。あのドスドスしてるおじさん見て、絶対に何か関係ないことで感心してるよね。

 って、なんでジト目で見る私に気付いてちょっと嬉しそうなのよ。

 もう。私に怒られるとどうしていつも嬉しそうにするの? もしかしてリュウくん、ヘンタイさんなのかな。


 あ……うーん……ヘンタイさんだったわ。


 リュウくんのヘンタイさんは今に始まったわけじゃないから取り敢えず置いといて。


 どうでも良いけど、いや、全然良くないけど、魔女って私のことを指してるのかな。


 魔女とか、凄く心外なんだけど。そもそも何をもってそう呼ぶのかな。しかも穢らわしいとか、失礼にも限度があると思う。心当たりもないし――あ、もしかして。


 さっき「勇者と聖女」って言ってたよね。もしかしたら、聖女は男性経験がない女子じゃないといけないのかな。


 私がブツブツ一人で呟いていると、この部屋にちょっと数えたくないくらい居る「見えない人」の一人の、絶対に一部の風俗店でしか需要が無いだろうフリフリでミニのメイド服を着た金髪縦ロールの(ガチムチ)が、


『んもぉ、そんなことないわよ。乙女の価値はそんなものじゃあ計れないのよ。あたしは漢女おとめだけど、んね!』


 低音で良く通る凄く良い声でそう言い、「きゅるん♡」と擬音がしそうなを作る。それだけではなく、ついでとばかりに「バチコーン」ってウィンクをして私をチラ見した。

 うわぁ……腕が凄く太い。私のフトモモどころかウェストくらいありそう。


 でもごめんなさい。私、筋肉にも漢女にも興味ない。それにそんな格好と髪型していなければ、結構なイケメンダンディおにいさんだと思うんだけどなぁ。なんというか、がっかりダンディ?


 きっと今の私は、ハイライトが消えた目をしているに違いない。


『無礼をお許し下さい魔女様。エリクは「マジック・ディテクター」でも量り切れぬ貴女様の魔力を感じて本能的に怯えているのです』


 そう言うのは、さっきまでサンタ髭のおじさんに。なんかおじさんと同じ冠を被って、大きな剣を背負って重そうな鎧を着てる。

 それにその後ろに、騎士なのかな、お揃いの甲冑とお揃いの剣を持ってる人たちが見える。でもあの人数って、物理的にこの部屋に入り切らないよね。

 ああ、そっか。おにいさんの後ろってなんだね。


 うん、気付かなかったから気にしない。


 あと……私は「魔女」で決定なんだね……。


 それにしても、「マジック・ディテクター」ってなんだろう。さっき壊れたのは「マジック・トレーサー」って機械だよね。


『五十年前までは「マジック・ディテクター」と呼ばれておりましたが、いつの頃からか「マジック・トレーサー」と呼ばれ始めたのでございます。言葉の意味も知らないばかりか探究すらしないとは。実に嘆かわしい』


 王冠のおにいさんの後ろから、金糸で不思議な刺繍がされたローブを着た神経質そうな男の人が出て来て、大仰な身振り手振りでそう言う。


 なんかまた変なの増えた。


『なんであんたはアダモヴィチェ公王を押し退けて出て来るのよ。ごめんなさいね、こいつデリカシーがない研究バカだから』


 今度は白いフワフワしたドレスを着た女の人が出て来たし。あーこれ、私がしっかり「えている」から嬉しくなって寄って来たんだ。


 うーん、ちょっと迷惑かなぁ。足元に顔だけ白い綺麗な毛並みの狐もいるし……て、この子、おじいちゃんがよくレトルトカレーあげてる子じゃない。付いて来ちゃった――いや、一緒に巻き込まれちゃったの?

 そりゃあおじいちゃんより何故か私に懐いているけど、巻き込んじゃってなんか申し訳ないなぁ。なんとか一緒に此処から出ないと。


やかましいエミーリエ。真理の探究は崇高なのだ。お前のように神などという不可解なものに傾倒するヤツの気が知れん』


 もしもし? 貴方もう生きてませんよね。なのに神様を「不可解」呼ばわりするんだ。


『何言ってるのよルボルこの野郎! あんた死んでも神を信じないの?』


 あのー、痴話喧嘩止めて貰えます? なんか周りが兵隊さんたちに囲まれてるし。

 それにそれを見たさん、なんか良い笑顔で抜刀しちゃってるよ。

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