第11話 勇者と聖女とその他一名(3)

 ――だがそれは咄嗟に呟いた、一切の災厄から身を守る摩利支天真言まりしてんしんごんにより弾かれるが、それでも効果を失わずになおも俺の首に巻き付こうとする。


 これは選択を誤ったな。咄嗟にだったから全般的に効果のあるのにしたけど、まさか拘束のたぐいじゃなくて「しゅ」で来るとは。


 でも全然効果がないわけじゃないし、取り敢えず今はこれで様子をみよう。

 そもそもこの「しゅ」だって、師匠であるながたにこうえつの修行と称した、どう考えても殺しに来ているようにしか思えない「ばくじゅ」に比べれば微温湯ぬるまゆ程度でしかない。


 こちとらまだ真言も満足に使えないのにあのジジイ、すげぇ良い笑顔でこともあろうに〝ふどうみょうおうえんばくじゅ〟とか〝たいしゃくてんでんばくさ〟とか使いやがる。

 あのときは本気で死ぬかと思ったぞ。未だに良く生き残ったって、自分で自分を褒めてやりたい。

 まぁジジイに言わせれば、アレで死なないように手加減したらしいけど。でもアレは完全にレベルだぞ。


 ……あー、嫌なこと思い出した。


「まさか……召喚陣に含ませ体内にまで染み込ませた『強制制約ギアス』がちゃんと効果を発揮しないなんて……! でも、所詮やせ我慢なのでしょう? 顔が歪んでますよ!」


 愕然としながらそう言い、だが表情を歪める俺を見て安堵したのか、悦に入ってそう喚く。


 あー、なんかゴメン。あんたが期待している効果は、はっきり言って全く無い。ちょっとキツめにネクタイ巻かれた程度にしか感じていないんだよ。

 えーと、名前なんだっけ? 名乗られていないから判らんな。

 あ。そういやさっき、呪文ぽいのを言ってたときに名乗ってたな。

 えーと……ドラ○エだっけ? 長過ぎるし日本人には馴染みがないから巧く聞き取れなかったよ。覚える気がないからどうでも良いけど。


 あとそれほど重要じゃないけれど、顔歪む言うな。表情が歪むって言え。こいつ唐突に言葉遣いが俗っぽくなったぞ。


「でもさすがは勇者さま! 常人であれば息をするのも辛い『強制制約ギアス』を受けてその程度とは。思った通り膨大な魔力量です!」


 どうやらこの『強制制約ギアス』とやらは、魔力量で効果が増減するようだ。俺って、そんなに魔力が多いのか。


「おお。聖女さまも流石です! 全然効果がないとは! きっと膨大な魔力量なのでしょう! ズーレク司祭長、魔力量を量る魔道具を!」


 ドラ○エ……えーと、もうコスプレ女で良いや。とにかく、その女がそう言い傍にいるキャソ……キャ? なんだっけ? ああもう、神官服でいいや。知らん! その神官服を着ている中年の男になにやら指示を出すと、高さ1メートル、幅2メートルくらいはある謎の機械を乗せた台車を引いて俺たちの傍に来た。


 これがさっき言ってた魔力量を量る魔道具ってヤツか。そのくらいの大きさで所々金属の太いパイプがはみ出していて、なんか客観的に見ると金管楽器に箱を無理矢理被せたみたいな見た目だ。


「これは我が神聖公国の技術者がその粋を込めて作り上げた『マジック・トレーサー』です! さあ、早速勇者さまの魔力量を調べましょう!」


 この金管楽器の成り損ないが魔力測定器? 全然美しくない。製品の出来不出来に形状の美しさをも基準にしている日本人として許せないな。


 あと「トレーサー」は「調べる」じゃなくて「追跡子」って意味だぞ。言語的に地球と基準が同じだったら、だけど。


 それにもう一つ。技術の粋を「込めて」じゃなくて粋を「集めて」もしくは「結集して」な。つくづく、言葉遣いが美しくない。


 心中でそんなツッコミをしている俺を他所に、そいつらはその機械から出ているラッパのようなものを俺に向けて起動させる。


 機械から「ヴォン」と野太い音が鳴り、次いで何かがパラパラ捲れる音がした。

 その捲れる音がしているところを、コスプレ女が期待に満ち満ちた顔で覗き込んでいる。


 やがてそれの結果が出たようで、それを見たコスプレ女は途端に表情を曇らせ、


「たった、十四……だと……!」


 おいおい口調変わってるぞ。周りもざわついて「ウソぉ」とか「どうして」とか「ないわー」とか言っているし。

 というか俺の魔力量ってそんなんなのか? 別に魔力なんてどうでも良いじゃないか。そもそも俺は「魔法使い」じゃない。


 あと「ないわー」言うな。それはこっちの台詞だ。


 ……凄く今更だけど、そういえばなんで俺ら当たり前のように会話出ているんだろう。地球でさえ地域で言語が違うのに、異世界大陸の言語が一緒なわけはないよな。


「そんなバカな……! では聖女さまは……?」


 そう言いつつ、今度は興里那さんにその機械を向ける。向けられた興里那さん、凄く迷惑そうだ。


 同じような音がして、だが今度はパラパラ捲れる音が一切鳴らず、その結果――


「な……魔力……なし……」


 絶望したように、膝から崩れるコスプレ女。うん、これはこれで面白い。


「そんな……勇者と聖女の魔力量が……ゴミクズだなんて……」


 失礼なヤツだ。別に魔力なんてなくても生きて行けるだろう。なんなんだよコイツは。いい加減にしないと、いくら気の長い俺でもブチ切れるぞ。


「ほむ、今回の召喚は失敗だったようだな」


 絶望しているコスプレ女を他所に、咽せ込みから復活したサンタ髭じいさまが立ち上がりながら、厳かに口を切った。


 でも髭に食いカスが大量に付いているから、ぶっちゃけると厳かさの欠片もないけど。


「召喚はそもそも当たるのが稀なのだ。今回は大量に石を注ぎ込んだ分、残念でもあるが」


 なんかこのじいさん、ソシャゲのガチャみたいなこと言い出したぞ。

 傍にいる給仕らしきお姉さんに、口元やら髭やらを拭いて貰って気持ち良さそうにしながら、サンタ髭のじいさまがそんな底の浅そうなことを厳かに言う。繰り返すが、威厳も何もあったもんじゃない。


「だが、せっかく喚んだのだ。ついでにその穢らわしい女の魔力も量ってみよ」


 まだ穢らわしい言うか。というかこの「しゅ」は本当に邪魔だな。菖蒲にもこれ付いているのか?


 そう考え、俺は菖蒲の首筋を見る。うん、いつもどおりに魅力的なうなじだ。……あれ?


 さっきコスプレ女が言ったとおり、興里那さんにはそれが一切効いていなかった。そして、何故か菖蒲も同じ。


 なんで俺だけ? 不公平じゃないか。


 あ、でももしかして、男にしか効果がないヤツなのか? いや口ぶりからして、そんなことはないようだし。


 そうやって自分の思考にまっていると、菖蒲に向けられたその機械が唐突に唸りを上げてガチャガチャ鳴り始めた。

 何事が起きたのかと思い其方を見ると、機械が熱暴走でも起こしているんじゃないかとばかりにブオンブオン震えている。


 あ、これまずいヤツだ。


臨兵闘のぞむつわもの、者皆たたかうもの、陣列みなじんつらね在前て、まえにあり


 咄嗟に九字を切り、俺と菖蒲の前に九字護身法の結界を張る。興里那さんは、SUVの陰に隠れた。


「え? 何事なの? な! 測定ふの……ぎゃあああああああ!」


 震えている機械に無数のヒビが入り、豪快に破裂した。


 結果、その破片が四方八方に飛び散って俺が張った結界やSUVにビシビシ当たる。

 俺たちは結界で問題ないが、SUVはきっと傷だらけになってしまうだろう。

 だがそれより、それを覗き込んでいたコスプレ女がそれの直撃を喰らって豪快に吹き飛ばされ、石壁に叩き付けられていた。


 ……あー、なんかゴシャってヤバそうな音がしたけど……大丈夫じゃないよな。破片が全身の至る所に突き刺さっているし。


「ドラフシェ! おのれ、穢らわしい魔女め! 我が娘になにをしたぁ!」


 コスプレ女の惨状に、サンタ髭じいさんが激昂する。いや全くの言い掛かりだぞ。なに言ってんだこのジジイ。


 そういやジジイは無事なんだね。……あ、さっきの給仕してたお姉さんが血だらけでぶっ倒れてる。あのジジイ、老い先短いくせにお姉さんを盾にしたな。


 あー、でも主人としては正しいのか。全然納得出来ないけど。


 それと、その破裂の余波を喰らったのか、周りにいる神官っぽい連中もことごとくぶっ倒れている。そうならなかったのは俺が張った結界が遮蔽していた所にいた奴らと、SUVの陰になっていた奴らだけだ。


 余談だけど、一応法力僧である俺がどうしてしんとうの九字切りを使えるかというと、教導がな師匠の代わりにじいちゃんととうさんが色々教えてくれたから。

 おかげで俺の法力は道術とのハイブリッドになってしまうという、ワケの判らない現象が起きてしまい、どちらの深淵にも辿り着けなくなった。


 別にどちらも極めようとは思っていないけどね。それにこうなったら、良いとこ取りで自分なりのアレンジでやっちゃおうとも思っている。


 あと本来の九字切りは「臨兵闘のぞむつわもの、者皆たたかうもの、陣列みなじんつらね前行て、まえをいく」なんだけどね。


 おっと、そんなことを考えている場合じゃなかった。


 機械の破裂で軽く惨劇になったこの広間に、地団駄を踏みながらヒステリックに叫ぶサンタ髭ジジイの声が響く。


 ……実際に地団駄を踏むヤツって、いるんだ。


 いや違う、そうじゃない。


 ちょっと菖蒲さん? 心を読んでジト目で見るのヤメテ貰えませんかね。クセになりそうだから。


 いやそれはともかく。


 申し訳ないけどこの惨状は、完全に、絶対的に、間違いなく、確率論すらも入り込む隙間すらなく、アンタらの自業自得だろう。


 でもそんな真っ当な理屈を言ってもきっと聞く耳を持たないだろうし、そうしたらしたで逆上されるのがオチだ。


 サンタ髭ジジイの鶴の一声で広間に雪崩れ込み、俺たちを包囲し始める兵士を見回しながら、俺はそんなことを考えていた。


 ……えーと、興里那さん? なんでとっても良い笑顔で嬉しそうに、日本刀抜いてるのかな?


 ああ、菖蒲が「見えない人」と何かコミュニケーション取ってる……。


 悪い予感しかしない!

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