第13話 戦闘開始と傍観者(2)

 あ、そういえば。リュウくん、呪いみたいなの掛けられてたよね。これってとっても拙いんじゃないかな。


「お前らに逃げ道がない! 投降しろ! さすれば勇者と聖女は助けてやる。今はまだ使えんが、なあに、イチから鍛え上げてやる!」


 何言っちゃっているのかな、このおじさん。私たちは別に何もしていないししようとも思っていないのに。

 それにあの機械が壊れたのだってそっちのせいでしょ。どうして人のせいにするかな。


 なんかちょっと腹立って来た。


「それに勇者よ! お前には『強制制約ギアス』が掛かっておる。それにくびり殺されたくなくば、言うことを聞くのだ!」


 そう言い、鬼の首でも獲ったかのように満面得意な顔をしているサンタおじさん。


 ほんと何言っちゃってるんだろう。


 あの呪いって、そんなに凄いの? 本業じゃない私の目から見ても、ナガタニさんがリュウくんの修行で使ってた「しゅ」より全然弱そうだよ。

 それに発動する前に摩利支天まりしてん真言を唱えていたから、きっと大したことはないだろう。


 だよね、リュウくん。


 ……て、あれ?


 なんかリュウくん、凄く辛そうな表情してる。なんというか、例えるならみたいに。


「『言うことを聞く』と言えば、お前に従えば……俺の命は助けてくれるのか……?」


 あ、なんか変なコト言い出した……。


 苦しげにそう言うリュウくんに、サンタおじさんは「にやぁり」と笑う。自分の思惑が綺麗に功を奏したのだから、そうなるのは当然なのだろう。


 でもね、それはちょっと違うんだよ。


 が判っていないだろうから仕方ないんだろうけど、それにしたって今のリュウくんは、結構な大根だと思う。


 思わず「やれやれ」とでも言いたくなる顔をしていると、こっちをチラ見したリュウくんは、ちょっと得意げな顔をしてから再び辛そうに首を押さえて大袈裟に床にうずくまる。


 サンタおじさん、更に狂喜。


「ああ~~っ、命は助けてやると約束するとも~~~~~~っ」


 そして悦に入り、にやぁりと笑いながら宣言するかのようにそう言っちゃう。


 ……うわぁ……なんだろう、もしかしてこのサンタおじさん、判ってて言ってるんじゃないのかな。確かにアレは、そういうのに詳しくない私も知ってるけど。


 でも言い訳させて。私は進んでそれを観たわけじゃなくて、リュウくんとかお姉ちゃんが、聞いてもいないのに暑苦しくも鬱陶しく語ってたから覚えちゃっただけだよ。だから、本当に詳細は知らないからね。


 そんな思い出を回顧かいこして苦々しい顔をしている私を見たサンタおじさんは、更に得意げにしている。


 あ、アレ絶対なんか勘違いしている。リュウくんに掛かっている「しゅ」に成す術もなくなっているとでも思っているのかな。


 違うんだよなぁ……。


 じゃあ、続きはノーカットで。


「それと引き換えだ~~~~っ。言え、早く言え!」

「だが断る」

「ナ、ナニぃ!?」

「この龍惺りゅうせいが最も好きなことのひとつは、自分が圧倒的に優位だと思っているヤツに『NO』と断ってやることだ」


 そして時間が止まったかのように静まる一同。


 うん、判ってた。


 あと「見えない人」たちも静まっちゃてる――いや、明らかに地球出身と思われる「見えない人」の一部は、何故か拍手したり指笛を吹いたり、中には感涙に咽ぶのもいた。


 まぁ、リアルじゃ絶対にない状況だしね。


「き、きき、ききき、きき貴様ーーーー! 判って言っているのか!? その『強制制約ギアス』を受けた者はその身を蝕まれて死に至るのだ! 強がりを言えるのも今の内だ――」

「いや、全然強がっていないぞ。この程度ならものの数でもないからな。あと、別に俺に敬意を払わなくて良いぞ。立場上俺の方が貴様にそうしなきゃならないし」

「ワシに『貴様』とは何たる無礼!」

「あれ? 言葉が通じない」


 ……リュウくん、判ってて言ってるよね。確かに「貴様」って元々は相手への敬意を表す二人称だけど、知らない人の方が多いから。逆に現在では蔑称になっちゃってるし。


 あと同じ系列で「お前」も「御前」って意味だよ。


 そんなことを考えつつ、溜息混じりにリュウくんを見た。きっとまたジト目になっているんだろう。凄く喜んでるし。


「ならばもう貴様など要らん!『強制制約ギアス』に呑まれてがいい!」


 サンタおじさんが大声でそう叫ぶ。


 ……ええと、このおじさん、もしかしてあんまり賢くないのかな。

「生きる絶える」って言葉はないよ。呼吸が止まるって意味で「息絶える」っていうのはあるけど。それに、その方向で言いたいなら「死に絶える」だよね。


 当たり前だけど、私の心中のツッコミなど意にも介さず、部屋の隅で怪我の治療をしていたらしいキャソックを着ている人たち――神官かな? まぁその人たちが我に返ったかのようにお互いアイコンタクトをして、一斉に何かを唱え始めた。


 それは何処か読経に似ていて、でも何か違う、言ってしまえば讃美歌にも聞こえる。

 そしてそれと同時に、リュウくんの表情が曇り始めた。どうやらその読経っぽい讃美歌っぽいそれは、リュウくんに掛かっている「しゅ」を活性化させるものらしい。


「どうだ、『強制制約ギアス』の効果は! 今更詫びたとてもう遅――」

「いやそれもう良いから」


 ゆっくりと立ち上がり、首に巻き付いている帯のようなものをリュウくんは


 だよね。知ってた。


 この程度の「しゅ」なんて、妖怪変化や悪鬼羅刹に比べたら可愛いもんだし。


「解呪しようかと思ってたんだけど、なんか気に入らないことばかり言われてるから趣向を変えよう」


 読経っぽい讃美歌っぽいそれが響く中、リュウくんは印を組み、静かに呟いた。


唵麼庾囉訖蘭帝莎訶おんまゆらきらんていそわか


 その瞬間、リュウくんの背に孔雀の羽根と尾が幻のように現れて展開する。だがそれはほんの数瞬の出来事で、すぐに散るように消滅した。

 その直後より首に巻き付いていた帯のようなそれが、徐々に短くなり、やがて綺麗に消失する。


 そっちにしたんだ。解呪っていうからてっきり薬師如来かと思ったけど、全ての毒を喰らうと云われてる孔雀明王にするとは。相変わらず、リュウくんはエンタメが判ってるなぁ。


 リュウくんの思惑は見事にハマり、解呪不可能とでも思っていたのだろうそれがあっさりと打ち消され――いや、こちらの人たちにとって不可解ななにかとしか思えないによって消され、その場にいる全ての人は水を打ったかのように静まり返った。


 関係ないけど「水を打ったかのように」とは、水をバチャバチャする様を比喩としているのではない。打水の後は土埃が立たないという意味だ。


 時間経過で乾いて、結局は同じだけど。


「……は……? ……え……?『強制制約ギアス』が……消された……?」


 この状況で、最初に再起動を果たしたのはサンタおじさんだった。でもまだ呆然とはしているけど。


 でもそうなっていたのは、サンタおじさんをはじめとした最初からこの場にいた人たちだけで、号令と共に雪崩れ込む兵士さんたちは当たり前にそうなる筈もなく、でも場の雰囲気がちょっとアレだったためか、互いに顔を見合わせてちょっと戸惑っていた。


 そんな空気なんか一切読まないリュウくんとさんは、それぞれ印を組んだり刀を抜いちゃってたりしている――えーと興里那さん、なんで日本刀持ってるの? しかも二刀流だし。銃刀法って一応あるよね?


「アヤメちゃん。私はこれでも警察庁長官官房所属よ。エリートなの。だから、日本刀を持っていても全然良いのよ」


「どどん!」って擬音が付くくらい良い顔でそんな無茶を言う興里那さん。全然意味が判らないんだけど。


「ごめん興里那さん。全然意味が判らない」

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