第20話 残されたもの(3)

「それよりさん。ちょっと刀一振り貸してくれないかな。さっきみたいに法力で具現化させるの意外に疲れるし」


「さっき」とは、こんごうやしゃみょうおう真言でその武具を具現化させた時である。


 流石にアレは具現化それだけではなくいかづちを纏っているから、消耗が激しかったようだ。


 興里那は刀を二振り持っている。よって一振りくらい貸してくれるだろう。龍惺りゅうせいはそう考えていた。


 だが――


「は? なに言っちゃってるの龍惺くん。幾ら君の頼みでも素人に貸すワケないでしょ。そもそも基本の『やいばを立てる』って意味もちゃんと理解出来てないよね。いい? 日本刀っていうのは剣と違ってただ力任せにぶっ叩けば良いってモンじゃあないわ。そんな扱いをしたら一発で歪んだり最悪だと折れちゃったりするの。日本刀は『』なんだけど剣は『』なのよ『ざん』と『せつ』なのよ。この差を凄く判り易く例えるなら死のB-1B〝白鳥ランサー〟小型デリン拳銃ジャーくらいの違いなんだからね」

「あ……はい。ごめんなさい」


 ハイライトが消えたような瞳に見据えられ、ちょっと――いや、かなりドン引きしながら、だが比べる対象の比喩表現に相当なかたよりを感じつつ、えも言われぬ身の危険に晒された龍惺は、取り敢えず謝った。


「ふん。判れば良いのよ」


 素直に謝る龍惺を尻目に、リアドアを開いて太刀を取り出しながらそう言う興里那。


 つーか、なんで太刀そんなものまで持ってるんだ? そもそも更に刃物増やしてどうやって扱うつもりなんだろう?

 海賊王に俺はなるな仲間の剣豪よろしく咥えるのか、はたまた戦国なの片目大名のように片手三刀流で六爪でもやりたいのか。いやそれだと握力が、ゴリラ属で学名ゴリラなタイプ種ゴリラゴリラな上に和名ゴリラな霊長類くらいの握力――400から500重量キログラムくらいないと真面まともに振れもしないだろう。

 あとなんで比喩として比べる対象が、可変翼搭載で超音速飛行が可能な戦略爆撃機と、単発式だけど小型だからお手軽に収納出来る某大統領を暗殺した実績持ちの拳銃なんだよ。

 兵器と武器とじゃあ比べる対象として明らかにオカシイよね。同列にすら並べないよね。

 そもそも刀の分類カテゴリーが「兵器」で剣が「武器」ってどういうことだ? 捉え方がオカシイし刀への信頼と偏愛が重過ぎるだろ。


 そんな益体のない、若干どころか凄くどーでも良い考えが色々浮かぶ龍惺に、興里那はその太刀を差し出した。


「貸したげる。これならきっと壊れないわ。なにしろジジイが『固定』のじゅごんきざんだヤツだから」


 あ、自分で使うんじゃないんだ。差し出している興里那と太刀を交互に、ついでに胡乱げに見ながらそれを受け取り、礼を言ってから早速抜いた。


「うわぁ……綺麗な鋒両きっさきも刃造ろはづくり。これなら『突き』も『斬り』も出来て安心だね。……て! これ〝こがらすまる〟じゃないか!? 何処から持って来たんだよこんな貴重品! 国立文化財機構が保管してるんじゃないのか!? あとさっき『呪禁を彫んだ』って言ったけど、皇室の私有財産にナニしてくれてんの!!」


 現物を見るのは勿論、手に取ることすら本来は出来る筈もない「超」が当たり前に付いている貴重品が手に収まっている事実に、一瞬気付かないフリをしようかと思った龍惺である。

 だがその文化財産的な価値と実際に持っているという事実が重量以上に重過ぎるため、至極真っ当にツッコミを入れた。


「見事なノリツッコミね。流石は龍惺くん」


 それに対しての返答がコレである。それの価値と持つことの意味を理解していないのか、はたまた理解した上でそう言っているのか――上司の御門みかどやすみちにあちこち退魔たいま祓魔ふつま大祓おおはらえと連れ回されているらしいから認識がズレてて多分後者なのだろうが、どちらにしても有り得ない返答だった。


「いや別にノリツッコミしたワケじゃないから」


 龍惺にしてみれば、そうしたわけではなく当然言うべき事項であるのだという判断だったが、興里那にしてみればこばなし程度にしか感じられなかったようだ。

 それが判り、思わずジト目になる龍惺なのだが、興里那にとってそれはかしゃくにもご褒美にもなりはしない。誰かさんだったら、ちょっとエスっけが刺激されただろうが。


「ああ〝小烏丸〟ね。例の〝世界統合〟の影響で源氏への怨念出しまくってたからジジイと一緒に祓ったのよ。あとは例によってビビって受け取り拒否されたから借りパク中。大したことじゃないわ」


 かなりとんでもなく、それでいて全然大したことである。


「それなら相当乱暴に扱っても壊れないからね。ジジイが呪禁を彫んだ直後に鬱陶しいくらい自慢して来たから、イラッとしてついロードローラーで踏ん付けてみたの。それでも壊れるどころか歪みもしなかったわ。逆にローラー面が凹んで使い物にならなくなっちゃったし。ジジイの言う『固定』って分子構造そのものを『固定』するみたいよ。芙蓉ふようちゃんの理論を実践したら巧く行ったって、目障りなくらい喜んでたわ」

「待って言ってるコトとヤったことが明らかにオカシイしツッコミどころが山積してる。まずなんで其処で唐突にロードローラーが出て来るのさ。それに『つい』でやって良いコトじゃないよね絶対」

「強度のお試しなら取り敢えずそれで踏ん付けるのが手っ取り早いでしょ。大丈夫。私、こう見えても大型特殊免許と国内A級ライセンス持ってるから」

「何がどう大丈夫なのか全然判らないよ。あとなんでツッコミどころを増やすかな。なに? キャリア官僚って、デフォルトで大特取ってなきゃいけないの?」

「ううん。大特は学生時代にバイトで有用だから取っただけよ。A級は趣味ね」

「趣味でA級はまだ良いとして、バイトのために大特取るとかオカシイでしょ。それって本業のために取る免許だよね。なんで企画ものに出演する芸能人みたいなことしてるの。ちょい戻るけど、分子構造を『固定』する理論って何? 芙蓉姉さんがの?」

「『企画もの』って、やっぱり龍惺くんも男の子ねー。そういうのに興味あるんだ」

「いやそういう『企画もの』じゃないから。そんなの観たこともないし必要ないよ。あと言葉尻を拾って広げるの止めてくれるかな」


 わざとなのか無自覚なのか、おかしな箇所が気になる興里那であった。

 彼女とてを知らないわけがない。研修がてら所轄に回されたとき、押収した「ソレ」の確認で延々観せられたこともある。

 そのときに下卑げひた笑みを浮かべながら肩を組んできつつセクハラ発言をしたエロジジイの肩関節を砕き外したのは、良い思い出だ。


「色々気になるのも判るけど――」


 リアドアを蹴って閉め、二振りの刀を持つ両の腕をだらりと下げ――いわゆる「無形の位」をとりながら周囲を見回す。


「――それよりこの状況をなんとかするべきね」


 目潰しを喰らった騎士を回復させ、次いで分厚い大盾を前面に出してジリジリと迫る近衛騎士を睨んで不敵に笑む興里那。


 この人もしかして、ただの戦闘狂バトルジャンキーなんじゃないか?

 口に出したら確実に否定され、且つ刀で殴られそうな失礼を考える龍惺だった。


 そうやって二人で関連しそうだが関係なさそうな遣り取りをしているのだが、その間に菖蒲はというと――


「そう。せめてこの子らをなんとかしたいのね。貴方は本当に素晴らしい王なのね。え? 別に褒めてないわ。思ったままを言ったまでよ。でも、貴方の子孫がどうして『アレ』なの? ちょっと理解に苦しむわ」


 そうするのが当たり前であるかのように、「見えない人々」とコミュニケーションを取っていた。


 それはいつものことだし、必要だからしているのだろう。


 正面で見えない椅子に座って何かを言っている、その姿が若干透けている王冠の美壮年や、同じく若干透けているローブの青年とか、やっぱり若干透けている額冠を嵌めたポニーテールの戦鎚を携えたまだ幼さが残る少女とか、若干透けているのよりフリフリでミニのメイド服を着ている方が気になる金髪縦ロールのガチムチのお兄さんとか――とにかく、様々な「見えない人々」が、菖蒲の周囲を囲んでいる。

 足元には、そういえば一緒に居たなぁとうっかり忘れてしまうほど自然に、例の白い顔で金色に見える毛並みの狐が菖蒲から離れずに傍にいた。


 こいつら――


唵因陀羅揶莎訶おんいんだらやそわか


 全部 降魔ごうましてやろうか?


 印を組んで真言を唱え、興里那から借りた〝小烏丸〟にいかづちまとわせてそう考える龍惺だった。

 別に、既に肉体を持たないこんぱくだけのクセに菖蒲と楽しく(?)お喋りしているのが気に入らないのではない。

 ただこの、言ってしまえば危機的な状況下であるにも関わらず、幾ら菖蒲がその訴えが聞こえる奇特で貴重な存在であるとしても、許婚である自分を差し置きのは許せない。

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