第21話 残されたもの(4)

 やっぱり降魔ごうましよう。


 そう考えながら龍惺りゅうせいは、閃光を警戒しながら大盾を構えてジリジリと詰め寄って来る騎士たちへ帯電している〝小烏丸〟を一振りし、漂う蒸気を切り裂くように雷鳴を轟かせていかづちを落として牽制する。


 ところで、現在菖蒲あやめを囲んで楽しく(?)くっちゃべっている「見えない人々」は、別に悪魔でも悪霊でもなく、ましてや妖怪変化や悪鬼羅刹、そして妖魔のたぐいでもない、言ってしまえばこの国を守護する役割を担っているえいれいだった。

 しかし、菖蒲が喋っている内容をなんとなーく聞いてみると、ノリが英霊というよりねーちゃんたちがしゃくや話し相手をしてくれる酒場でちょっかい掛けて来るオッサンである。


 よって龍惺は、アレに囲まれている菖蒲を見て気が気じゃない。というか一刻も早く消し去りたい衝動に駆られていた。


「……先程の光といい今のかみなりといい、此奴は天候を操る魔術師なのか!? しかもこれほど限られた空間で展開出来るとは……さては見た目通りではなくよわい百を超えるほどに修練した賢者なのか!?」


 指揮しているらしい華美な鎧の男が、龍惺の法力を見てそう言う。


 確かに家の人々は、ぎじょうである菖蒲も含めて祖先にスラヴ系が居ただろうと思われるくらいの――というか日本人にしては目鼻立ちがしっかりした容貌をしており、日本人の過半数を占める弥生系特有のはしていない。

 だがそれでもアジア系であるため、成人していても幼く見られる。特に鳳凰寺家の人々は、揃いも揃って年齢詐欺な容貌というか容姿をしているし。

 それに龍惺は魔法使いでも魔術師でもなく、更に言うなら魔法とか魔術とかそんなのは直近で見たのが初であるために、どれも不正解である。

 ただし方士ほうしだったり法力僧ほうりきそうだったり神道祓魔師しんとうふつましだったりして、現代日本ではごく当たり前に魔法使いや魔術師や超能力者のような特殊能力者に分類されることもあるが。


 だがそれの勘違いも誤認識も否定する義理はないし、もっと言うなら手間で面倒臭い。どーせ聞き入れないだろうし。


 それより、やっぱり菖蒲を取り囲んでいる「見えない人々」がちょっと楽しそうに談笑しているように見えるのが尚更腹立たしいため、そんなことは本心からどーでも良かった。


 よってそれらの疑問に龍惺は、日本人なら誰もが何故か無条件に習得していて得意とするあいまいな笑みを浮かべてそれに応じた。


 内心では「どうしてそうなった!」と全力でツッコミたくて、更には「賢者って職業あるんだ」とかこの場では絶対に関係ないであろう感想を独白していたりする。


 たた曖昧な笑みの上に独白で口をモニョモニョ動かしていれば、何かの魔法を発動させると勘違いされるワケで、


「――!? 魔術を完成させるな!」


 それに気付いた華美な鎧の男が大声をあげ、それと共に大盾を構えた騎士が突っ込んで来た。


 それに対して龍惺は――


唵婀蜜哩帝吽発吒おんあみりていうんはった


 素早く印を組み、真言を唱えた。


 そして――それが完成した瞬間、龍惺の身体の正中線上に七色の光が列を成して浮かび上がる。

 その光は強烈な力場を形成し、突っ込んで来る騎士を盾ごと吹き飛ばした。


 わけの判らない光を発しながら、吹けば折れるほど細く華奢な――少なくとも騎士たちにはそう見える――魔術師であろう少年が重装備で突っ込む騎士をことごとく弾き飛ばすその様に、同じくわけが判らない騎士は混乱する。


 しかしその暇すら与えずに、細い曲刀を二振り持った女が――


「うふふふふふ。良いわね良いわね。鉄板がまるで島豆腐のようだわ!」


 まるで粘土を断ち切るかのように分厚い鉄板の大盾を、ちょっと怖い笑顔を浮かべて笑いながら斬り裂き始めた。


 実に楽しそうだ。何故に普通の豆腐ではなく沖縄産の豆腐史上最も硬くて重いモノをチョイスしたのかは謎だが。


 襲い来る騎士の装備をぶった斬っている興里那を見てドン引きしつつ、体に宿した七色の光――チャクラをそのままに、龍惺は龍惺で別方向から突撃して来る騎士を、先程と同じように弾き飛ばす。


 だがどう考えても数の暴力に勝てるわけはなく、体力が残っている今はまだ良いが、このままでは明らかにジリ貧だ。


「興里那さん。さっきSUVが飛行がどうこう言ってたよね。それで脱出出来ないかな。おあつらえ向きに大穴開いてるし」

『あら。貴女無事だったの。え? ……そう……。判ったわ。私たちを助けて』


 一見すると戦闘に夢中になっている興里那に、流石に現状に危機を感じて提案する龍惺。どうやら興里那もそれが判っているようで、だが押し寄せる騎士たちに手一杯で車内に行けないようだ。


 そんな二人を尻目に、菖蒲はやっぱりコミュニケーションを取っている。


「それには同意するけど、こいつらが鬱陶しくて乗れないのよ!」

『貴方たち。ちょっとそれどころじゃなくなったから、は後にしましょう』


 いい加減に無力化が面倒になってきたのか、迫る騎士たちを鎧ごと一刀の元に斬り捨てながら興里那が言う。その身体は、返り血で汚れていた。


「乗らなくても音声入力で良いって言ってたよね。だったら『起動』とか『起きろ』とかでも良いんじゃない?」

『じゃあ、行くよ――』


 チャクラによる強化で物理的にぶっ飛ばし、更には両手に浮かび上がった蛇で騎士を束縛してそのままぶん投げたりしながら、なんで判らないんだよSUVもさっき言ってただろ? と思いながら舌打ちをする龍惺だった。

 そんなことを言われても、そういうことに一切の興味が湧かない興里那に判れと促したところで――


「え? なに? どうしろっての?『起きろ』って言えば良いの?」

おんたけおおかみ 及斎奉またいつきまつるや 八百萬やおよろずかみたち れいじんたち御前みまえに――』


 やっぱり興里那には判らなかった。


 だがその一言が欲しかった龍惺は、思わず小さくガッツポーズをする。


 そんな二人は、「なにか」とコミュニケーションを取りながら、その「なにか」に促されるまま魔力で具現化した神楽鈴を鳴らして優美に舞い、祝詞のりとを奏上する菖蒲に気付かない。それどころではないという理由もあるが。


[システム起動。奥様エーエフラオ。御用向きは何でしょうか]

おろがたてまつこいねぎまつるをたじたじきこしめして うちはらこれ御魂みたま功徳くどくもって――』


 SUVが再起動し、相変わらずの平坦な音声でそう告げた。ちなみに起動させた興里那はというと、どうしてそうなったのかが判っていない。


 だがそれはどうでも良いのは理解しており、流石に同輩をぶった斬られ過ぎて慎重になった騎士たちを睨みながら興里那は、


「此処から脱出するわよ今すぐに! さっさと飛ぶ準備をしなさい!」

家内やぬち荒振あらぶわずらいかみどもはら退しりぞけ――』


 二刀を振るいながらそう言う。真っ当な判断であるように思えるが、セーフモードに入った理由を理解出来ていれば、それが割と無茶な命令であるのが判る筈だ。


 まぁ、判らないからこその要求なのだが。


[直ちにだと直進距離で約200キロメートル弱ほどの航続距離となります。それではレーラー・ヤスミチの在宅地までは届きません。よって1,200sec後の起動を推奨します]

「いや200キロメートルで充分でしょ! 今、この場から逃げられれば後のことはそのとき考えるわよ!」

なにがしやまいたちどころ平癒成へいゆなさしめたまいて 寿命永いのちながらしめ――』


 SUVから声がして、それを聞いた騎士たちが誰がいるのかを訝しみ、更にそれと会話をしている興里那が何をしようとしているのかが謎であるため、より慎重ににじり寄る。


 その行動は、興里那や龍惺にとっては願ったり叶ったりだ。


了解ヤヴォール奥様エーエフラオ。只今より、短距離巡航飛行に入ります。車内で待機の上、シートベルトをお締め下さい]

「待ってこの状況でそれは難しいと思うけど! 周りメッチャ囲まれてるんだよ!?」

神威如嶽しんいじょがく 神恩如海しんおんじょかい かしこかしこみもねぎごとぶぎょうす――』


 甲高い駆動音を上げながらSUVの車体が再び浮き上がり、四輪が水平になる。そしてリアバンパーが開いて先程カウンター・マスを射出したオーグメンターが二基、燃焼燃料は無い筈なのに青白い炎を宿してせり出て来た。


 飛ぶ気満々でそんな無茶を言うSUVにそう言って静止しようとする興里那だが、一度命令を受けたら絶対に止まらないであろうことは、なんとなーく理解していたりする。


 何故なら、御門保通持ち主だから。


 それに実はSUVも、なんの根拠もなくそんな無茶を言っているわけではない。


 機械であるが故に、冷たく冷静に周囲の状況を伺い、のだ。


[問題ありません。フロイライン・アヤメがなんとかします]

「え? アヤメちゃんが? なんで――」

  ――』


 このとき初めて、興里那は菖蒲が祝詞を奏上していたことに気付いた。


 そしてそれが終わり、神楽鈴の美しいが響いたそのとき――


御出おいでませ。〝玉藻前たまものまえ〟」


 菖蒲の足元にいる、共に召喚されて来た白い顔の狐の身体が急激に肥大化する。

 それは菖蒲と同程度の身長になり、やがて白と淡い赤を基調としたかんふくの美しい女性となった。


「え……タマちゃん……」


 その意外過ぎる展開に、呆然と龍惺が呟き、次いで――


「〝玉藻前〟って……なんで汉服? 十二単じゅうにひとえじゃないの?」


 真っ当なツッコミを入れ、それが聞こえた菖蒲はというと、困ったような微妙な表情をした。

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