第22話 残されたもの(5)
そんな危機的状況であるのにされた的確なツッコミはさておき、
その笑みを目の当たりにして一瞬見惚れてしまった騎士たちだが、あまりにも美し過ぎるその
いつも祖父の
そして
そうして怖気付く騎士たちを〝玉藻前〟はゆるりと一瞥し、何故か持っている
それにより何かの力場が発生し、それを感じ取った騎士の後方に控えている兵が途端に色めき立ち、次いで気色ばむ。
そしてその怒気のまま、一斉に魔術が放たれた。
眼前に迫る様々な属性の魔力の塊を前に、二刀を持つ興里那は反応出来ない。
その手数の多さと
それは怒涛のように三人とSUV、そして〝玉藻前〟へと迫り、
――
だが水平に振られた鉄扇を、その
それはまるで
「怯むな! 魔術隊、続けて放て! 弓兵! 休む
その光景から
それらは全て〝玉藻前〟の力場によって弾かれ、しかしその物量の前に削がれ、その存在自体が薄くなって行く。
「拙いよ興里那さん。このままじゃあ幾らタマちゃんが凄くても長く保たない! 発射は急げないのかい!?」
「え。本当に? その子って『タマちゃん』っていうの?」
「気になるのソコ!?」
肝が据わっているのか鈍感なのか、はたまたただの天然か、こんな時にそんなボケをする興里那。
そんなだからヤッさんに気に入られるんだよ。あのオッサンそういう系が大好きだから。
そして突っ込んでいる龍惺も、こんな時なのにそんなことを考えていた。
客観的に見れば、
「おいコラ! えーと、なんだっけ? まぁ良いやこの車! 早く飛ぶ準備しなさい!」
[当機の名称は『X-01〝ナグルファル〟』です
「いや何言ってるか判らないわよ! いいから早くしろって言ってるの! 見てみなさいよ、なんかタマちゃん薄くなって来てる!」
これ以上ないくらい判り易く言っていると思われるのだが、どうやらそういう系に興味がないばかりか覚える気が全くない興里那にとって、それはちょっと難しかった。
「
そんな二人を尻目に、
「
『急かしたって機械にも準備ってのがあるんだよ。それをすっ飛ばしたら壊れるに決まってるよ』
もしかしたら、これは余計なことかも知れない。必要のないものなのかも知れない――鈴の音に合わせて舞い奏上し、菖蒲は思う。
「
『はぁ? 知らないわよそんなの、なに言ってるの龍惺くん。機械なんだからすぐになんでも出来るんじゃないの?』
だが、余計なことでも必要のないものであったとしても構わない。
「
『いや興里那さんこそなに言ってるんだよ。機械だって無茶したらすぐに傷んじゃうでしょ。レーシングカーだっていきなり走らせないで、まずアイドリングするでしょ。A級持ってるんだからそのへん判るよね』
そうだとしたら、気にし過ぎだと一笑に付せばいい。
そう思いながら、眼を閉じて神楽鈴を鳴らして奏上し続ける。その集中は極度に高まっており、いわゆる
「
『それは判ってるわよバカにしてんのぶった斬るわよ! 私が言いたいのは、一刻も早く脱出したいってことなの! 見なさいよこの状況を! このままだと私たちもアヤメちゃんも……って、なにしてんの?』
『うわぶった斬るとか言ってるよこの人! 俺だってそれくらい判ってるよ。でもだからって焦って状況を悪くしたら出来ることも出来なくなるでしょ。それにタマちゃんがもし力尽きても俺が結界張るから……て、え、菖蒲?』
降り注ぐ魔術と矢に激しい危機感を覚え、それ故か打開策で半ば口論になっている二人は、やっと菖蒲の状態に気付いた。
「
「ねえ龍惺くん。アヤメちゃんはなにしてるの? なんか奏上してるけど」
「……『
「………………えーと、ごめん龍惺くん。ちょっとなに言ってるか判らない」
あの日、菖蒲が
当時はその状況が判らず、傍で話されていた言葉の意味すら判らなかった。
だが成長するにつれて、あの時の両親と祖父母の会話の意味を理解した。
「
両の腕を広げ、そして緩やかに両手を合わせ、目の前の空間を神楽鈴で二回打つ。
「
それで打たれた空間に、それぞれ銅鏡が滲み出るように現れる。
「
現れた二つの銅鏡の間の空間が打たれ、其処に一振りの直剣が同じ様に現れた。
「
其処から更に左右二回ずつ神楽鈴を振るうと、銅鏡の横に二つずつ
「
最後に自らの両肩を打つ。すると其処に長い薄布が現れ、菖蒲の首回りへと緩やかに巻き付いた。
「
菖蒲の集中は更に高まり、それに伴って現れた神具は
[準備完了しました
だがそんなのは関係ないと言わんばかりに、SUVが言い放った。
「
「は? ちょっと待てよこんな時になに考えてんだよ!? どう見ても奏上途中の菖蒲は動かせないだろうが!」
[それは関知しません。私は
「うわー、応用効かない。本っ当に持ち主そっくり――てなんでいきなり五秒前なのよ何考えてるのよバカじゃないの!?」
SUVのサイドシルから、姿勢制御用の三角形のデルタ翼が展開され、そしてリアバンパーから突き出た二基のオーグメンターの間から、今度はロケットブースターが突き出て来る。
そんなペースを崩さないSUVに悪態を吐き、興里那は慌てて納刀してから、同じく慌てて運転席に乗り込んだ。
[
「
「菖蒲! それは中断して早く乗るんだ!」
次いで龍惺も〝
「
集中して奏上してはいるが、それには菖蒲も気付いている。だが、カウントが終わるのと奏上が完成するのとでは、奏上の方が早い。
「顕現致しませ――」
[
「菖蒲! 早く!」
あと一言。それで全て終わる。ロケットブースターが点火する音を聞きながら、だが奏上しながらも菖蒲は龍惺へと手を伸ばす。
「〝
[
奏上が完成し、それと共に〝玉藻前〟の存在が消えて行く。そうなれば当然、展開された力場は消え去ってしまう。
よって必然的に絶え間なく放たれている魔術や矢、それにその他のものから無防備になるのだが、それを見越して〝玉藻前〟は最後にその力場を弾けさせ、それら全てを叩き落とす。
――だからそれは、全くの偶然といえる事象であった。
今まさに投げようとしていた一人の騎士が、放たれたそれらを叩き落とされ動揺し、だがそれでも止まらず投げた一振りの剣が回転しながら山なりに見当外れの方向に飛んで行く。
しかしその先には、菖蒲の手を引き抱き寄せようとしている龍惺がいた。
視界の隅にそれが映り、菖蒲は何も考えずに、龍惺を突き飛ばす。
[
それにより龍惺は車内に入り、だが菖蒲は乗り込む機会を逸してしまった。
「菖め――」
[
乾いた音を立てて、車体が剣を弾いた。それを見て瞬時に状況を理解した龍惺は素早く身を起こし、リアドアから半身を出して菖蒲を呼ぶ。
その龍惺の目に、困った表情のまま微笑む菖蒲が映る。
ごめんね。
その表情のまま、口がそう動く。
そして続けて――
ありがとう。大好き。
歯噛みしてそのまま出ようとする龍惺を、興里那が問答無用に引き寄せる。
次の瞬間――
[
ロケットブースターが青白い炎を吐き出し、SUVは一気に外へと飛び立った。
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