(光源氏の光源氏も輝いていた夜を誰一人わかってもらえない)第19話





 私たちは寝台の上でくつろぎ、世界はすべて自分のものだという幸福に酔っていた。


「それで、弟をどう撃退したんだね」

「たぶん、あなたも、この世界の誰も理解できないだろうけど。彼の異常さを不思議に思っていないようだから。でも、光り輝いているのよ」

「そうだ。弟は生まれたときから、ずっと輝いていた。まわりの全てを魅了する存在なのだ」


 吹き出すのを我慢した。人間が光っているなんて、これだけは絶対に慣れないだろう。だって、それは、いろんな意味でありえないことだから。


 あの夜は……、私は酒にいれた薬を飲ませて光源氏を眠らせた。


 事があったかのように見せるため、大袖と袴を脱がし、内衣だけにしたんだけど、その時、うっかり見てはいけないものを見てしまった。



 光源氏の光源氏。

 それも、光る


 夜のなかに、光り輝く光源氏の息子。


 ダ、ダメだ、ありえない。

 これまで、直にそんなものを見たことがなかったけど。それなのに、うっかり好きでもない男の現物を見て、その上、その上に光っているなんて!


 発作的に筑紫を呼んでいた。


『筑紫! 筑紫! すぐに来て!』

『ひ、姫君、ハワァオウ…お、お呼びで……、ございますか』

『目を覚まして、あくびしてる場合じゃない』


 筑紫は眠そうな顔で入ってくると、半裸の光源氏を見て小さく悲鳴をあげた。


『こ、これを隠して』

『いったい、なに事が……』

『想像するような事は、何もなかったわ』

『姫君、そ、それは無理な言い訳にございます。光の君が、どうして、こんなブザマまお姿で寝入っておられるのか。それでも、明日には宮中の隅々まで噂になることは止められません。お相手は光源氏さまでございます。彼が忍んで来られたなら何事もなかったなんて、通用いたしません』

『いいのよ。それでいい。どうもこれは既定路線のようだから、ここは避けられない。とりあえず、あの酒を飲ませて眠らせたから。問題はこいつよ。隠して、見るのも無理!』

『それで、これから、どうなさいますか』

『朝になったら、起こして、そのまま誤解させておくわ。ともかく、そ、それを隠して、私には無理。光っている』

『だからこその光源氏さま。と、とても、ご立派なモノにございます』


「と、そういうわけで、光の君は翌朝に帰っていきました」

「なんとまあ」と、言って東宮は楽しそうに笑った。

「わたしの幼馴染が、これほど策略にとんでいるとは。弟も災難だったようだ」

「災難はわたしです。好きでもない男が夜中に忍んでくるなんて」

「わたしの姫。ますますあなたに夢中になりそうだ」


 彼の優しい目は再び私を求めていた。





 その後、私は御匣殿みくしげどのには戻らず、弘徽殿に与えられた自室に向かった。

 ほてった身体に幸せそうな顔で戻っては、さらに噂に拍車がかかるのが煩わしかった。


「筑紫」

「はい、姫君」

「宮中に情報を流す手はあるかしら?」

「情報とは何でございましょう」

「噂のことよ。宮中に噂を撒き散らしたいの」

「ま、まさか、姫君。東宮さまのお部屋で、『あんなことや』『こんなことをしてしまった』と、自らで流されるおつもりでしょうか。筑紫、そろそろ、おいとまの時かもしれません」

「違うわよ。光源氏よ」

「あっ、姫君。その御方おんかたについては声を落としてくださいませ。今、宮中でもっとも熱い方でございます。周囲の耳目が集まっておりますのも、帝の退位がお近い故のことにございます」


 帝の退位は既定事実として宮中内では織り込み済みになっている。その裏では、帝が元気なうちに藤壺の宮の皇子を次の帝にして院政を引く。この計画が静かに進んでいるようだ。


 右大臣側が手を打つ前に、東宮の廃位を画策している。


 私は右手をひらひらさせて、筑紫に近づくようにと合図した。


「筑紫。左大臣や藤壺の宮の動きを知りたいわ。その影で暗躍する光源氏のことも。今、知っていることは?」

「藤壺につけた者からの話でございますが。日夜、桐壺帝の寝屋で、藤壺の宮がお泣きになっているそうでございます」

「女の最大の武器ね。どう泣いてるの?」

「皇子はまだ幼く、このままでは、お命が危ないとか。心配で夜も眠れないとか。皇子の先を考えると恐ろしくて、ものの怪の姿が見えるとか。桐壺帝は驚いて陰陽師にお祓いをしてもらったそうでございます。そこで、なんと皇子さまの将来が危ういとか、そんな占いが出たそうに」

「そう、古く新しい効果的な色仕掛けの、兵法で言えば、いわゆる美人計ね」


 兵法三十六計。三国志で読んだことがある一つ。色仕掛けで相手を籠絡ろうらくして勝利を取る方法だ。


「美人計。いいえて妙でございます」

「じゃあ、こちらは借刀殺人しょくとうさつじんの計よ」

「な、なんですか。それは」

「刀を借りて人を殺す」

「姫君、ぶっそうな」

「借刀とは他人の手よ。敵でもって敵を制する計略よ。東宮さまを通り越して、藤壺の皇子が帝に即位するようだという噂を宮中に流しなさい。官吏たちが公には言えないが非常に憂えていると」


 筑紫は軽く頭を下げ、部屋を出ていった。この噂が宮中に広がるのに、それほど時間を要しないだろう。問題は相手側の動きが早すぎたことだ。



(つづく)

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