(最悪のピンチと光源氏との戦いに神経をすり減らす)第22話
翌日も、翌々日も、時がムダに過ぎた。
筑紫の調査によると、
今日、
そんな不穏な空気のなか、御所を警護する
数人の屈強な女たちに囲まれたとき、私は自分をひどく弱々しく感じて怯えた。
「いったい、何事か」
「藤壺の皇子さまに毒を盛った嫌疑により拘束します。
「な、何を言っているの」
とまどう私を無視して、彼女らは筑紫の両脇を抱えた。問答無用の態度に怒りより恐怖を感じてしまう。
「ひ、姫君!」
私は事態の深刻さに気付いた。絶望的な気分になってパニックを起こしそうだ。
「取り調べに来てもらう」
「筑紫が何をしたと言うの! なんの根拠でこのような無体なことをする」
「別当殿、根拠があって参ったのです。毒味の女官は梅の実毒に侵されたことが判明しました。御膳を運んだ
「それは間違いだ。筑紫、その女嬬を知っておるのか」
筑紫は黙って、絶望的な視線でこちらを見た。
彼女は、私のために御所内で間者を組織している。まさか、そのひとりが女嬬スエなのだろうか。
全身にぶるっと震えが走った。
まさか……。
筑紫がそんなことを……、いや、するはずがない……と、思う。
──やめろ!
「助けて! 大変なことになったの。筑紫が連れてかれてしまう」
──あれは
「痛い目? どういうことよ」
──言葉通りだ。平安時代の拷問ルールを知っているか?
「な、なによ。そ、そのルールって。拷問なんて聞いてないわ。源氏物語だって流刑とかはあるけど、拷問なんて書いてあったことはないわ」
──平安時代も拷問はあった。ただ、この時代のルールで、拷問は三回までと決まっている。それも二十日の間を開けるという規定だ。杖打ちの回数は二百打まで。拷問の回数に係わらず総数で二百打までだ。
「な、なによ。その三回までとか、杖打ちって訳がわからない。筑紫に拷問するって言うの? まさか、そんな力任せに叩かれたら、死んじゃうわよ。じゃあ、スエって女嬬も拷問されたっていうの」
──その通りだ。だから、冷静になれ。この時代の拷問は殺さない程度という制限があるだけだ。だから、筑紫は諦めろ。
「実際に筑紫が毒を盛ったの?」
──いや、推論だが、これは原作からの反撃だろう。朧月夜が光源氏と恋仲になっていないから物語の筋が狂いはじめた。
「原作の反撃って、マジで? ふざけているなら怒るわよ」
──そもそも原作とは、例えるなら川の流れのようなものだ。その潮流に逆らえば大洪水を起こす。今がその状況なんだ。その結果は保証できんし、蔵人が捕らえに来たなら、当然、拷問して吐かせようとするだろう。
「筑紫は、この世界で心を許せる数少ない人よ。どうしたら救えるの?」
──本筋から外れないような解決策を見つけることだ。
「そ、そんなぁ……、ここで丸投げするだけしか能はないの。じゃあ、教えて。蔵人を束ねる上の人は誰?」
──
「頭中将って、光源氏の親友で左大臣の息子ね」
──ああ、そうだ。だが、いいか、無茶をするな。俺は本気で心配している。おまえが心配でたまらないんだ。右大臣の娘に非道なことはできないだろうが、しかし、それでも心配だ。だから、筑紫は行かせろ。いま、止めてもムダだ。
「じゃあ、筑紫はどこに連れられるの」
──そのうちには、左獄か右獄に送られるかもしれんが、とりあえずは御所内の番所だろう。
「これからは? 何か手助けできないの? 魔術とか魔法とか。この世界に私を送ったのなら、そういう能力があるはずよ」
──ここは、おまえの世界なんだ。俺は忠告して、ただ心配するしかできない。頼む、拷問されるな。俺が耐えられない。だから、冷静になって解決する方法を考えるんだ。もう話す時間がない。いいか、わかったか!
風が頬を撫でて踊っている。時が動きはじめ、声の男は消えている。
私は筑紫を捉えた女蔵人に向かった手を中途半端に止めた。筑紫と目があった。悲痛な表情を浮かべ、覚悟を決めたような表情をしている。
「姫君。どうか、わたしめのことは、ご心配なく」
「筑紫、必ず助ける」
「行くぞ!」
ザクザクと玉砂利を踏み、筑紫が庭先から引っ立てられていく。
このままでは筑紫は拷問で痛められ、言いたくもない証言をするかもしれない。
今の刻限は?
刻限は、おそらく、まだ十時前後。
しばらくすれば、朝議の時間が終わる。そこでは皇子の毒殺事件が大きな話題になっているにちがいない。
弘徽殿の部屋に戻り、扇子をつかみ取り、そして、私は走った。
(つづく)
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