転移したら「光源氏」が本当に光っていた件について 〜光源氏は事故案件!〜

雨 杜和(あめ とわ)

第1節 朧月夜の章

第1章 光源氏との出会い

(夏休み前日の放課後のことを最初書く予定が転移シーンまで作者の怠惰でカットされてしまった)第1話




※この物語は、ある高校三年生が『源氏物語』の朧月夜おぼろつきよに転移した所からはじまる。唐突だが、それは作者が転移作品に飽きて、冒頭を思いっきり省略してしまったことが原因だ。




*************




「♪♬〜?¥&#・・🎶」


 聞き慣れない音と匂いで目が覚めた。何の音かはわからないが、心地の良い音色ではあった。


 暑くも寒くもなく、空気もやわらかく……

 サワサワした風が顔をなぶっていく。気持ちがいいと思ったが、すぐに線香のような強烈な匂いが加わり、せそうになった。


 夜着がしっとり濡れてもいる。

 何かが奇妙だ。


 気持ち良いまどろみに身を任せていると、鳥の鳴き声が聞こえた。


 ホーホケキョ、ケキョケキョケキョ。


 うぐいすの鳴き声だ。今は夏のはず。

 やはり奇妙だ。

 何より、五感を刺激するすべてが怪しい。


 ここは、どこなのだろう。先ほどまで友人と騒いでいた高校の教室ではなさそうだ。

 目覚めよ、私。






 ……いやいやいやいや、ちょっと待て、ちょっと待てぇえ!


 なに、ちゃっかりいい雰囲気ではじまってるの。


 え、いや本当に、ここどこ?


 さっきまで私、高校にいたよね。

 これ夢じゃなくて転移だよね。


 あんな冒頭のよくわからないキャプションで、私の転移シーン全カットなんて所業が許されていいんですか。というか『源氏物語』に転移ってなに? 


『源氏物語』は大好きだけど、それとは話が違うじゃない!

 

 あっ、もっと大事なことは、私、帰れるの? 

 嘘、どうしよう……。本体の私、かってに殺されてないよね。


 突然訪れた不条理な現状に一通り動揺していると、男の声が頭の中にダイレクトに響いてきた。


 ──おい、朧月夜おぼろつきよ、聞こえるか?

 

「聞こえますけど、どうか致しましたか?」


 ありえないの連続に頭が追いつかず、かえって冷静に答えてしまう。声の主が満足げにうなずいたのが見えた気がした。


 ──よい。転移は成功だ。身体に違和感はないか。


「いや、身体はすこぶる健康ですが。この世界には違和感しかないです。まず、一旦冷静に整理させてください。ここは『源氏物語』の世界で、私はあなたによって朧月夜おぼろづきよに転移させられてしまったと、それでいいんですね」


 ──のみ込みが早いな。


「どうも。ところであなたはどなたですか?」


 すべてがおかしい世界だが、それでも『源氏物語』の登場人物にエスパーはいなかったはずだ。


 しかも、声の主は性自認が男で話し方も現代風、少なくとも『源氏物語』の作者紫式部である可能性はかなり低い。


 ここからは仮説だが、彼はこの世界の創始者で、絶対的な権力を握る神のごとき存在ではないか。『源氏物語』自体は好きだが、きちんと元の世界に戻るためにも、この男とは慎重に話を進めなければならない。


 まずは、敵であるかもしれない彼を理解することが先決だ。必死に頭を回転させていた時のことだった。


 ──俺は、お前のクラスメイトだ。そして、俺は、おまえを愛している。





 ………は?

 …は?


 はぁあああああ?



 今は冷静になろう。少し自己紹介でもして、自分を確認しよう。


 私は県内随一の高校で学年一位を取り続けるている。医学部志望で薬学も興味があるオタクだ。

 高校までの内容はすでに小学校でマスターしているから、授業中は寝ているが誰も文句は言えない。


 ここまで話せば、察しの良い方は、すでに理解されてると思う。


 一方で同世代と仲良くすることが難しく、たぶん、賢ぶったイケスカないやつと思われている。

 それでも、けっこう居心地のよいクラスだった。

 テスト前のマル秘出題予想コースは大人気だ。教師の性格分析から、ほぼほぼ試験内容が予想できるから、皆に重宝された。


 当然の帰結かもしれないが、愛の告白なんてされたことがない。それでも『源氏物語』の華麗なる世界に憧れながら、いつかそんな話がないか、なんてこっそり期待していたのも事実である。私にも、淡い夢はあったのだ。


 それが、これ。


 訳のわからない基本的人権無視の異世界誘拐野郎からの脳内テレパシー告白。こんなことってあるのだろうか。


 今日のさそり座運勢は最下位未満の13位だ。


 衝撃が大きすぎて固まった私に、元凶は的はずれな心配をしてきた。


 ──応答が途絶えたが、大丈夫か。電波の問題だろうか。


「電波の問題はないでしょ」


 あっと、うっかりタメ口になった。

 ダメだ! ダメダメ。

 話は慎重に進めなければならないと考えたばかりなのに、今日はもう何もかもうまくいかない。投げやりになってきた私は、思ったことをすべて口に出すことにした。


「なぜ朧月夜? わたしの光源氏さまを陥れた、あの最低最悪の悪女とか大嫌いなんですけど」


 ──おまえは『源氏物語』の大ファンだろう。だからよくわからないが、おまえを朧月夜に転移させてあげたかったんだ。


「いや、そこ違うでしょ! 人の要望も聞かずに勝手になんて、そんなの愛の形じゃない。てか、朧月夜って嫌がらせ?」


 ──すまない、俺はおまえと違って頭がよくない。だから、ネットで『源氏物語』を調べたら、とりあえず名前が素敵だったから、朧月夜にしてみた。おまえは月のように美しい女だからな。


 なぜか得意げに答える声に、もはやつっこむ気力も失われていく。私がガックリうなだれていると、躊躇ためらいがちな声が聞こえた。


 ──朧月夜は、好きじゃなかったか。


 少し落ちこんだ声になぜかこちらが申し訳なくなる。と、大切なことに気づいた。


「あんた、わたしのこと好きっていうなら、まさか大好きな光源氏さまに転移してないよね?」


 私の光源氏さまがこんな正体不明男になってしまったかと思うと、心配で心配でたまらない。


 自分が悪女に転移させられたことよりも、光源氏さまのことで心がいっぱいになり、はじめて涙が出そうになった。私が不安で震えているのを安心させようとするかのように、男は優しい口調で話しかけてきた。


 ──安心しろ。俺はNTR専門だ。じゃまはしない。


 何か不穏な単語が聞こえた気がするが、とりあえずよかった。てことは、この先うまくいけば私の大好きな光源氏さまに会えるのかもしれない。この状況になってはじめて嬉しくなってきた。


「ちなみに、元の世界にはいつ帰れるの?」


 ──俺もよくわかっていないが、大丈夫だろう。いざとなったら俺がなんとかする。あと、言葉についても心配するな。平安時代の話し言葉を自動的に翻訳して、おまえの耳には聞こえ……。おっと、誰か来たようだ。


 そう言うや否や、男の声が唐突に聞こえなくなった。



 こらあ、おいていかないでよ!


(つづく)

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