(リアルに光る光源氏さまに出会い彼に憧れてきた自分の人生とは何だったのだろうと混乱しすぎる)第六話




 宴はムダに長かった。

 光源氏の舞いとか、ライバルの頭中将の舞いとかのメインイベントはあったが、それ以外は、なんともメリハリもなく延々と続くだけのザ宴会って感じ。

 現代から見れば地味な食事と酒で、終わりが見えない。徐々に周囲は退廃していく。この退屈な時の流れが平安時代なんだろう。


「筑紫。期待していた夢のような出来事が、実際には、それほどでもないという落胆に出会ったことがあるか」

「姫君さま、その謎めいたお言葉に、どう返答したらお気に召しましょうか」

「質問に質問で返すな」

「恐れ入りましてございます」


 陽がかげり帝が退席すると、弘徽殿の女御も付き人に支えられ立ち上がる。出席者たちも、徐々に去っていく。


 やっとか……。


 ほっとして立ちあがろうとして、異変に気付いた。


 足がしびれて感覚がないのだ。

 立ちあがろうとして、カクッと膝が笑う。腰から下が他人の身体のようだ。


「つ、筑紫」

「姫君、いかがなされました」

「足がヘニャヘニャで、力が入らない」

「なんと。時々は足の組み替えをなさらなかったのでしょうか」

「まったく。そういうことは、先に教えてくれ」

「お常識でございましてございます」

「嫌味か」


 筑紫にすがって立ちあがろうとして、その場につっぷした。弘徽殿の女御がこちらを振り返った。

 こんなところで注目を浴びれば噂になってしまう。


「六の姫、いかがした」

「あ、姉君、どうぞ、お先に、お先に。とても美しい夜でございますから」

「まだ、明るいぞよ」


 朧月夜は御所に住んでいるわけではない。明日には実家に帰るはずだ。油汗を流しながら、必死に声を整えた。


「あの、御所に参ったのは、久方ぶりですから。しばらく、ここから眺めていとうございます」

「酔狂なことじゃ」と、弘徽殿の女御は先に戻っていく。


 その場に倒れたまま、私は言うことを効かない足に、どうしようもない無力感を覚えた。

 まだ、残っている者がこちらを見ている。狭い世間の退屈な生活、つぎの東宮妃である私の失態は美味しすぎる餌だ。噂になるのも簡単だ。

 ま、まずい。

 私は美女設定。こんな醜態をさらしては光源氏の注目さえ失う。


「筑紫、わたしの姿を隠すよう、前に出よ」

「かしこまりました。姫君」


 無様にうつ伏せ、足のマッサージをしていると、徐々に感覚が戻ってきた。今度はジンジンしてくる。これはさらにまずい。力が入らない上に痛みまでも。

 次に襲ってくる感覚は想像できる。

 猛烈なかゆみだ。


 どうする、私。

 この場を、どう収める。


 ええい、気を失おう。足の痺れから、最悪の痒みまで襲ってくるのは、あと数秒もないはず。


 だめだ! じっとしていられない。気を失う作戦はムリ。

 顔をあげて周囲を見た。


「筑紫」

「姫君さま」

「耳を」


 筑紫が、私の口もとに耳を寄せたので、小声で囁いた。


「足が痺れて動けない。生理にでもなったと言うか」

「状況を悪化させる才能がおありでございます」

「苦肉の策だ」

「ありえません。起き上がれますか?」

「だめそう」


 四つん這いになって這うならできそうだが、ここから弘徽殿まで戻るには延々と続く長い渡殿わたどのがある。


 その時だった。


「そのままで」と、声がした。


 振り返ると東宮がいた。


 色白の端正な顔が、すぐまぢかにある。ちょっと動けば肌に触れそうな距離感だ。アルコールの入った甘い息が漂ってくる。


 頬が痩けた神経質そうな顔は、大きな特徴もなく難もなく不可もなくだけど……。


 彼が、おだやかな笑みを浮かべた。春の柔らかい空気のような優しげな顔だ。

 こ、これは心臓に悪い。

 逆三角形で塩顔の、ある意味、現代的なイケメン。この頃は二十三歳のはずで、光源氏よりも三歳年上。私が転移している六の姫(朧月夜)は十六歳だ。


 姉が産んだ皇子なので、立場的に叔母だが年下で……。


 ええい、今、そのややこしい関係を確認している場合じゃない。


 すでに、あらかたの人が去っていた。

 薄暗くなったので、渡殿には蝋燭ろうそくに火が灯された。ろうの匂いが漂ってくる。


 夕闇に、やわらかい風が吹いてきた。


 几帳きちょうにかけられた生絹すずしが、風に揺られふくらみ、そして、

そのまま状態で停止した。


 空気が重くなる。


 まさか、この状態で、あいつか。あいつが来たのか。


 ──朧月夜。


「来たわね。大変よ。足が痺れて動けない」


 ──おまえが待っていてくれるとは、胸が踊る。


「いや、今、そこじゃないでしょ。足よ、足。それに、たわごとをほざいているけど。声は冷たく落ち着いて冷静沈着で、とても胸が躍っているとは思えない」


 ──その冷たさも心地いい。ともかく東宮からすぐに離れろ。近すぎる。


「いったい何の意図で、こんなことをしているの」


 ──いろんな意味で。


「ふざけているとしか思えない。こんなの能力の無駄遣いよ。ともかく、足の痺れを治してよ」


 ──これは、幻影のようなもの。足の痺れも幻想だ。ないと思えばない。


「そんな単純な。げんに足が痺れて、あれ、痺れてない」


 ──だから、言ったろう。幻想だって、生きてることすべては脳がつくる幻想にすぎない。さあ、残り時間、一分を切っている。そんな質問でいいのか。


 ダメだ。他にもいっぱい聞きたいことがある。


「光源氏が光っているわよ。あんたの仕業なの? 人間が実際に光るなんてありえないのに、他の誰もそれを変と思っていない」


 ──身のうちから光輝く美しさとか、彼の描写に書いてあったろう。だから、光らせた。みな受け入れて美しさだと思っている。これも脳の幻想だ。


「バカなの。ほんとバカなの。小説の比喩表現って知らないの。実際に光ってどうするのよ」


 ──嬉しかっただろう。


「逆よ、百年の、いえ、一千年の恋も醒めたわ」


 ──残り時間、五秒だ。ともかく、東宮から離れろ。物語とは違うし、俺が妬ける。


「都合のよいことを」


 ──愛してる。


 

 几帳きちょうにかけられた生絹すずしが、ふんわりと戻った。また、かってに消えた。


 あんにゃろう!


(つづく)

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