(お姫様としての作法は一切わからないけど有能な部下に恵まれたのでなんとかなりそうな)第3話
室内に戻り、「泣くな、筑紫」と、なぐさめたけど。本当に泣きたいのはこっちだ。
「ところで、姉君がわたしを呼ぶ理由はなに?」
「わたくしのような者に、そのようなことをお訊ねになっても」
筑紫は、すました顔で言っているが、これは嘘だ。目が微妙に泳いでいる。
わたしは彼女の前にしゃがみこみ、顔をのぞきこんだ。筑紫が動揺して顔を伏せる。
「姫さま、はしたのうございます」
「
「えええっ?」
すまし顔だった筑紫が、あきらかに慌てた。それから、女官としての訓練からか、再び能面のような顔つきに、見事なくらいきっちりと戻した。
仕事のできる有能な女なんだろう。
「頭のほうは大丈夫だ」
「と、とても、そのようには」
「いいか、このような事が表沙汰になれば、わたしは次期帝に入内できなくなるぞ。それは、すなわち、筑紫。失態をしたのは誰になる。責任を取るなら、最初は筑紫だろう」
ごくりと彼女の喉ぼとけが上下した。
「し、知っていることと申しますと」
「
「宮さまは、昨年の夏に中宮におなりあそばされました」
『源氏物語』は、四代に渡る帝の治世、七十年余の世界が描かれる大長編。
その長い時間軸のなかで、
当然、弘徽殿に仕える女官たちは、藤壺に住む人びとに、いい思いを抱いていない。弘徽殿派と藤壺派にわかれ、使用人たちも対立していることだろう。
自分たちの利益にかかわるからだ。
これは単純に夫を寝取られただけでは済まされない。大人の事情がある。東宮(皇太子)の地位をおびやす存在が、藤壺の中宮とその皇子である。
鶯が鳴いている。
季節は春。自分のいる時期と場所はわかった。
「行くわよ」
「どちらへ参られるのですか」
「姉君のところよ。案内なさい」
「かしこまりましてございます。まずは、ご装束を。これ、
それからのことは、言葉では表せない苦痛だった。若い女官たちによって、正装の着替えがはじまったのだ。
「きつい。息ができない」
「も、申し訳ございません」と、女官が平伏する。
少し震えている。彼女にとって、私は
「つづけなさい」
また着付けがはじまった。最後に
重い、衣装が重すぎる。こんなで歩けるとは思えない。
「ご案内もうしあげます」
部屋の周囲をめぐる板張りの
なんとかがんばって
「あ、ああ〜」
「ひ、姫君」
「おささえせよ!」
言葉より先に、「おささえせよ」と叫んだ
グッジョブ! 筑紫。
できる女だ。
彼女の背中で自分の身体を支え、体勢を整え、なんとか起き上がった。
これは、もう仕方ない。
私は緋袴の裾をたくし上げ、両手で、むんずと十二単を抱えた。
「ひ、姫君、ひぃ〜〜。その、そのような」
「黙れ、筑紫。転んで怪我するよりましだ」
「そ、それだけは。は、はしたのうございます。姫君」
ここは物語の世界だ。
その分際で、なにが、はしたないだ。
ドカドカドカと
ふっと気になって座敷のほうを見ると、女官たちが目を丸くしている。
「平伏せよ、六の姫さまですぞ!」と、筑紫がするどい声で命じた。
姫のあられもない姿を隠そうと必死だ。
あわててその場に頭を下げ、平伏する者たち。
筑紫、とっさの判断で、この場を収めようと思ったようだ。
いや、この女、やはりできる。
「姫君さま、こちらに女御さまが」
「どうすればよい」
「どうか、お膝をおつきになって」
「わかった」
その時、部屋の奥から、ヒステリックな怒鳴り声が聞こえた。ついで食器の割れる音が重なる。
思わず、筑紫と顔を見合わせていた。
(つづく)
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