猛牛アラン

「例の魔女騒動の際に一部の生徒が魔法陣や粘土人形の写真を面白がってSNSで広めたのがきっかけなの」

 ローズ姉さんが説明をはじめた。


「魔女狩りって言葉は聞いたことがあるでしょう。西欧世界において魔女は常に迫害を受けてきたわ。神の名のもとに」

「うむ、魔女を滅ぼすのが正しいと信じとるヤツらは珍しくもないわい。例えば猛牛アランじゃ」

「猛牛アラン!?」

「猛牛アラン。本名はアラン・ベルナール。フランス人でボクシングと柔道の使い手。その猪突猛進のファイトスタイルから猛牛アランと呼ばれるようになったみたい。キリスト教を信仰するあまりに悪魔崇拝者や魔女を排除しようと躍起やっきになっている。私たち魔女の間では最重要監視対象者なんだけどね。昨日、魔女互助会まじょごじょかいフランス支部がメールで知らせてくれたの」

「いちいち覚えんでいいぞ。要はローズとソフィが狂信者から狙われていて非常に危ない状況にあることを知れ。ワシの弟子の警察署長によればアランはすでに日本に入国済みだそうじゃ」

「私の母の祖先が魔女なのは事実だし、私も魔女を名乗って小遣い稼ぎをしていたからアランに目をつけられたのね。ソフィは学校での魔女騒動でのとばっちりだけど嘆いている暇はないわ。そうだ、アランの若い時の写真があるから見てちょうだい」

 ローズ姉さんが差し出したスマホには口ひげを生やした男の上半身が写っていた。

「へえ、なかなかダンディというかイケメンというか」

「なにをのんきな! これは昔の写真だから今はもっと違っているはず。そして彼は頭がおかしいボクサーであり柔道家なの。しっかりして、ソフィ」

「ごめん、お姉ちゃん」

 ソフィは素直に謝った。


「モタモタしとる時間はないぞ。食料や着替えを持ってワシの武家屋敷に移動じゃ。さ、鉄太も手伝え」

「じいちゃン、質問。その猛牛アランとかいうのを随分と恐れているようだけど、そいつはよっぽど強いのかな?」

「いいや、正直強さは中の上じゃ。やり方次第じゃ鉄太でも倒せるはず」

「だとしたら少し大げさなんじゃ……」

「甘いわッ! 自分勝手な正義の名のもとに人を殺せる奴はこの世に掃いて捨てるほどいるわいッ! しかも手段を選ばずに己の正義を執行するから始末に負えん。常在戦場、油断大敵。常に備えよ」

「それほどの危険人物なら警察に頼ろうよ」

「鉄ちゃん、アランはフランスで色々やらかしているようだけど決定的な証拠は残していないの。だから国際指名手配なんかもできないから頼れるのは白金さんと鉄ちゃんだけなのよ」

「そうじゃ。警察は一般人は警護せんぞ。わかったらさっさと荷物を運べ」

「は~い」

 どうやらオレが思っているよりかなりヤバいらしいのはわかった。

 ソフィの勉強道具や着替えが詰まったカバンを持って、オレたちは魔女の館から武家屋敷へ移動した。


「多分絶対お口に合わないと思われますが粗茶です。どうぞ」

 作戦会議のため居間に集まった全員に梅昆布茶を振る舞うオレ。

「ブッ、なにこれ! ドロッとしていて酸っぱさの中に耐えられない苦みがあるというか」

 梅昆布茶をズズズと一口飲んで思わず吐き出したのはローズ姉さんだ。

「コラッ! 出された飲食物は腐ってもいない限り褒めるのが国際的なマナーじゃぞ。ワシだってあのクソ不味いハーブティーを気絶するまで我慢して飲んだというに。全く近頃の娘っ子はなっとらんのう」

「そう、あの時の仕返しってわけなのね」

「違うよ、ローズ姉さん。我が食卓ではお馴染みの味だからいつもの日常なんだよ」

「ああ、こんなお茶に日々耐えているなんて可愛そうな鉄ちゃん。どう、落ち着いたら私の家に引っ越す? もっと美味しいハーブティーをご馳走してあげるわよ」

「えっと、そろそろ本題に入ったほうがいいんじゃない?」

 くだらない争いの流れを変えようとソフィが口を出した。

「おお、そうだった。これから絶対確実に猛牛アランが襲ってくる。それに対して作戦を立てたぞい。よっく聞いてくれ」


 じいちゃンの作戦はシンプルだった。

 1

 まずできる限りこの屋敷を出ないこと。

 非常食が備蓄されていて籠城が3ヶ月は可能。

 落とし穴や秘密の逃げ道もあるし、強力な武器も多数そろえてある。


 2

 このまま籠城してもいいが、鉄太やソフィには学校がある。

 なので学内において鉄太はソフィを徹底警護すること。


 3

 猛牛アレンはボクシングと柔道が得意なので鉄太はボクシングと柔道に対する特訓を行うこと。


 4

 男女七歳にして席を同じゅうせず。

 夜間、ローズとソフィは屋敷内で寝泊まり。

 ワシと鉄太は外の庭でテントを張り野営し侵入者に備える。


「どうじゃ、この水も漏らさぬワシの作戦は。よし鉄太、今から道場で特訓じゃ」

 自画自賛するじいちゃンは鼻高々だ。

「ねえ白金さん。作戦の4番目はやり過ぎなんじゃないのかしら。私たちは別に気にしないし。家主が外で寝るのは気が引けるというか……」

「カッカッカッ、ちょっと前の北海道での事を考えたら屁でもないわい。のう、鉄太よ」

「うわ、思い出しちゃった」

 オレの消し去りたい記憶だ。

「そんなわけで今から鉄太を鍛え直す。ローズは例のモノを頼む」

「オッケー。じゃあ頑張ってね、鉄ちゃん」

 例のモノが気になるが、オレは道着を持って道場に急いだ。


 数時間、みっちりと対ボクシング、対柔道用の技を叩き込まれた。

 だがツラくはなく、むしろ心地よい疲労感があるくらい。

「ねえじいちゃン、ローズ姉さんとは仲が悪かったはずなのにどうして今は熱心に助けようとしているの?」

 不思議に思ったことを聞いてみた。

 確か仲は良くなかったはずなのに。

「たわけ。義を見てせざるは勇無きなり。弱きを助け強きをくじくのは力を持つ者の義務じゃ。そんなこともわからんのか」

 じいちゃンの言葉はよくわからなかったが、優しさや誇りは確かに伝わった。


 シャワーで汗を流し再び居間に向かった。

 いわゆる魔女狩りについてローズ姉さんがレクチャーしてくれるのだとか。

 だけど肝心のローズ姉さんはいない。

 ソフィもじいちゃンもいるのに。

 しばらくするとローズ姉さんがお盆を持って入ってきた。

「ハイお待たせ、白金さん。絶品イチゴのタルトを召し上がれ。これで約束は果たしたわね」

「ウム、ワシも男じゃ。このイチゴのタルト分くらいの働きはしてやろう」

 ああ、じいちゃンはずっと食べたかったんだな。

 イチゴのタルトを。

 思えばあの時から魔法にかかっていたのかも。


「さあ、ソフィに鉄ちゃんにはモンブランを用意したからどうぞ」

「うわ、美味しそう! いただきますッ」

 オレとソフィは早速食べはじめた。

 一緒に出されたハーブティーも芳しい味わいでモンブランにピッタリだ。


「食べ終わってくつろぎたいのはわかるけど、これから魔女狩りの講義を行うからしっかり聞いてね。ソフィも鉄ちゃんも魔女狩りの本当の怖さを知らないはずだから」

 ローズ姉さんの講義が始まった。

 その内容は予想以上に胸くそが悪くなるもので、オレは何度か吐きそうになった。


 魔女と見なされた者は処刑。

 魔女と告発された者は処刑。

 ネコは魔女の使い魔ゆえ、飼っている者は処刑。

 身体を縛り重しをつけ水に浮けば魔女なので処刑。

 対してそのまま浮かばなければ魔女ではない。

 しかしそれは溺死できしを意味する。


 オレはしばらくの間考えた 

 残酷な魔女狩りの原因は?

 宗教?

 社会不安?

 同調圧力?

 人間の弱さ、愚かさ?

 いずれにせよ弱い者いじめなのは間違いない。


「残念なことに魔女狩りは今でも行われているわ。形を変えてね。そして一番怖いのはいつの間にか自分たちが魔女を狩る側になってしまっているのを自覚できないこと。あなた達も気をつけてね」

「アタシの家系は魔女だって言ってたけど、ご先祖様は魔女狩りをどうにかこうにか生き抜いてきたのね」

「そうよ。もちろん何人かは犠牲になったんだけど危ない目に会いながらもなんとか生き残ってきて今の私たちが存在している」

「ご先祖さまはどんな魔女だったの?」

「太古から月を信仰して、薬草を用いて人々の病を癒したり、悩みを聞いて占ってあげたり、願いを叶える魔法をかけたり。キリスト教からすれば異端だけど処刑されるほどでもないわ。だから私は戦っていかないと。理不尽な差別と。猛牛アランと」

「ウム、その意気や良し。気に入ったぞ。今から大の男の意識を一瞬で刈り取る急所の攻め方をローズに伝授してやるから感謝せい」

「生兵法は大けがのもと。お気持ちだけいただくわ」

 じいちゃンの誘いを軽くあしらうローズ姉さんには正直憧れる。


 時刻は21時。

 明日も学校だ。

 何事もなければいいのだけど。

 オレはテントの中で目を閉じた。

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