その名は無茶無法無敵流
昔々の中国の詩人だったはず。
春なんだから眠いのはしょうがないじゃん、という意味だとか。
そうなんだよ、わかってるじゃないか。
今のオレと昔々の中国の詩人。
思う気持ちは変わらない。
例え時代や国境を超えてもだ。
だけど何の
しかも春休みがスタートしたばかりだというのに。
「
オレの目の前にはじいちゃンが竹刀片手に仁王立ち。
「ふぁ~い」
寝ぼけまなこであくびを我慢しながら返事をした。
その瞬間、“バシィッ!”という音と共に脳天に衝撃。
オレは両手で頭をおさえてのたうち回った。
「……クッ、イッ、痛ってぇ~」
「フン、どうじゃ、目覚めたか? まだ眠たいならもう一太刀浴びてみるかの?」
「イ、イヤ、もうバッチリビッチリ眠気は吹き飛んだから大丈夫大丈夫ッ……」
大きな声ですぐにお返事。
でないとまた痛い目にあってしまう。
そもそも可愛い孫の頭に竹刀を思いっきり振り下ろすおじいちゃんなんて存在するのだろうか?
イヤ、正にオレの目の前に立って睨みを利かしている。
大体このじいちゃン、ちょっとただ者じゃないんだ。
なんでも代々伝わっている
両腕両脚は丸太のような太さ。
体の厚みは冷蔵庫並。
その冷蔵庫の上にツルっとハゲた頭が乗っている。
逆三角形のマッチョじゃないから決してカッコよくはないけど、間近で見るとド迫力。
力じゃ絶対に敵わないと思わせる体格。
逆らう気も戦う気も起きない。
「中学生ともなれば昔で言う
じいちゃンが厳かに告げた。
だけど言っている内容がよくわからない。
物騒な言葉が聞こえたような気がしたようなしないような。
「え、えっと。覚悟の前に質問をしていいかな。無三流に正式名称? 初めて聞いたんだけど」
「うむ、正式名称を無茶無法無敵流という。この名に我が流派の極意があるので正式名称は秘さなきゃならんのじゃ。無三流は無の文字が三つあるゆえの略称よ」
「へえ~」
「へえ~とはなんじゃっ! ハイと返事せい」
「ハイ」
大人しく返事したけど、じいちゃンのその口調もどうにかならないかなぁ。
「まずは無茶。これはピンチになった時はメチャクチャ暴れろ、という意味だ、いや意味じゃ。己の中に限界を設けるな。リミッターをはずせるようにしておけ。わかったな」
「はい」
無理に
「次に無法。これは法やルールに縛られず、自由な発想で戦えという意味じゃ。頭は柔らかく使わんとのぉ、鉄太よ」
「はい」
使わんとのぉ、って言われても……。
「最後は無敵じゃがこれが一番難しい。ワシもまだこの境地には至ってないが一応説明はせにゃならん。ある程度、武が極まると己と敵の区別がなくなるらしい。いや、己と宇宙の区別もなくなる。己なんてものも無くなっちまう。ちょうど十牛図における
「はい」
と返事をしたけど、何を言っているんだろう?
「じいちゃン、もう一つだけ質問。切腹なんて物騒なワードが聞こえたような気がしたんだけど、あれは聞き間違いだよね」
「イヤ、本気じゃ。ワシが無三流第二十代宗家になった時は師である親父から切腹の作法を教わった。力に伴う責任を背負ったと確かに実感したんじゃ。鉄太よ、強くなっても調子に乗るなよ。中学校では
「はい」
この令和の時代に切腹だと。
脅しなのはわかりきっていたので特に反抗しないで返事をした。
「なあ鉄太よ。ワシの孫として生を受けた以上は
「……鉄彦叔父さん……」
実はじいちゃんには息子がいたんだ。
オレの叔父さんに当たり、母さんの兄でもある。
鉄彦叔父さんは優しくて強かった。
じいちゃんも跡継ぎとして期待して鍛えていた。
ところがオレが小学校に入学する頃に鉄彦叔父さんとばあちゃンはそろって交通事故で……。
じいちゃンは悲しみを紛らわすかのようにオレを跡継ぎとして鍛え始めて今に至るってわけ。
「よし、今までの話を聞いていたか試してみるかの。無三流の正式名称を答えてみよ」
「え、え~っと、
もちろん正式名称なんて覚えていない。
眠いし。
それでも答えなきゃいけないから適当に答えた。
と、
「フン、よくぞ躱したの。だが気が抜けているのは命取り。そこに直れぃっ! 竹刀の乱れ打ちを
「ヒィッ! お助けぇ~ッ!」
道場の中で鬼ごっこが始まった。
ああ、天国の鉄彦叔父さん。
叔父さんを思い出しても頑張れそうもありません。
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