疫病神に認定

 大丈夫大丈夫。

 じいちゃンは殺しても死なないはず。

 助手席に座ってシートベルトを締めると車は出発した。


「おじいさんはね、私が持ってきたおすそ分けのハーブティーを飲んでしばらくしたら嘔吐おうとして倒れてしまったの。すぐに救急車を呼んで病院に搬送はんそう。もちろん私も一緒に病院に付き添ったわ。その後、学校に連絡しようとしたけど私が直接鉄ちゃんを迎えに行ったほうが早い。今説明できるのはここまで。とにかく病院に着いたら医師からの説明を聞きましょう、ね」

「は、はい」

 ローズ姉さんが色々言ったけど、よくわからない。

 わかっているのはじいちゃンが危ないってこと。

 天国のばあちゃン、鉄彦叔父さん。どうかじいちゃンを助けてください!


 病院に到着してからは急患の家族待合室で待たされた。

 検査の同意書などはローズ姉さんが代理人になってサインしてくれた。

「私がハーブティーなんておすそ分けしなければ……。万一のことがあれば私を恨んでくれてもいいわ」

「いや、ハーブティーが原因と決まったわけでは無いし。それよりも救急車を呼んでくれたり、オレを迎えに来てくれたりして感謝してます」

 そんな会話をしていたら看護師から別室に案内された。

 机の向こうに座っている医師が説明を始めた。

「まずご安心ください。白金一鉄さんの容体は安定しています。嘔吐して倒れたということで胆管炎たんかんえん脳卒中のうそっちゅうを疑いましたが、血液検査の結果は肝臓の数値に異常あり。スキャンした結果は胆嚢たんのうの管に少し詰まりがありましたが徐々に改善することでしょう。脳もスキャンしたけどこちらは異常なし。こちらからは特に治療することはないけど入院していただく必要はあります」

「治療をしないとは? なぜ入院を?」

「胆嚢の管の詰まりは一時的なものでしょう。そういう意味で治療はしません。入院は数値が落ち着くまでの経過観察をするために念のためということで」

 説明を聞いてオレもローズ姉さんも「フウ」と胸をなで下ろした。


「それでどのくらい入院すれば……」

「順調にいけば2~3週間ですね」

「今からじいちゃンに会えますか」

「ええ。だけど意識が回復した際に暴れたので麻酔を効かせています」

「それは、ウチのジジイがスミマセン」

「白金一鉄さんは他に持病などはありますか?」

「いえ、特に飲むべき薬もなかったと……。あっ、ギックリ腰を今年の春にやってます」

「わかりました。また何かありましたらいつでもどうぞ。では私はこれで」

 説明を終え医師は部屋を出て行った。

 オレとローズ姉さんは顔を見合わせ再び「フウ」と胸をなでおろした。


 入院病棟の7階。

 病室でじいちゃンはイビキをかいて寝ていた。

 鼻の穴には管が入っていて、点滴をしている。

「なあ、じいちゃン。オレ、クラス委員長になったよ。だから修行はそんなにできないから。まあ、今はゆっくり休んでね」

「グオ~」

 じいちゃンはイビキで返事をしてくれた。

「白金さん。ハーブティーのせいではないらしいけど責任の一端を感じてるわ。だから鉄ちゃんのことは私に任せて。あなたは古強者だからきっと大丈夫。じゃ、また来るからおとなしくしてるのよ」

「ゴア~」

 イビキで返事するじいちゃン。

 オレたちは病室を後にした。


 フランスの車、カングーの助手席に座ってこれからやるべき事を考えていた。

 時刻は午後3時を過ぎている。

 昼飯を食べていないことに気づいたら“グ~”と腹の虫が鳴ってしまった。

「フフ、何か食べよ、ね。安心したらお腹がすいちゃった。ここはローズ姉さんがおごるから。鉄ちゃんは何が好きなの?」

「う~ん、この辺りで評判のいいお店ってありますか?」

「そもそも駅前に行かないとお店自体がないのよ。強いて言えば喫茶店『オ・ソレイユ』がオープンテラスもあってイチ押しね」

 ん!? どこかで聞いたような店の名前。

 あっ! 思い出した。


「実は今日、妹さんのソフィさんと同じクラスになりまして」

「へえ!」

「色々あってソフィさんに『オ・ソレイユ』の季節限定スペシャルパフェを今度ご馳走することになったんです」

「へえ! 経緯は知らないけどやるじゃない! 初日でデートの約束をするなんて」

「そんなんじゃないんだけど……」

「照れない照れない。それにソフィさんなんて呼び方は変だからソフィって呼んだら。皆んなそう呼んでいるし」

「はい、次からはソフィと呼びます」

「よろしい。ところで『オ・ソレイユ』は今日はやめましょう。初デートのお楽しみにってことで」

「はい。ってデートじゃないですって」

「照れない照れない」

 否定するのも疲れたので反論はしなかった。


 駅前ではステーキハウスで久しぶりの肉に舌鼓を打った。

 やはり人間は肉を食べねば。

 満腹満足で店を出たのが午後4時過ぎくらい。

「ねえ、これからどうするの? 良かったらしばらく私の家に住んでもいいのよ。おじいさんが退院するまで。1人じゃ心細いでしょ」

 ハンドルを握りながらローズ姉さんが訊いた。

「とんでもない。自由を満喫できるのに。じいちゃンがいないだけで幸せなのに。それにソフィが嫌がるはずです。お気持ちだけいただきます」

「う~ん残念。でもこれから私の家に寄るくらいはいいでしょ。ハーブティーをご馳走してあげる」

「えっ!? じいちゃンが吐いたハーブティー!?」

「うん! 私の無実は証明されたのだから安心して飲んでちょうだい」


 イヤな予感がしたまま車は魔女の館の中に入っていった。

 ヤレヤレと車から出ると殺気!!

 こんな禍々まがまがしい殺気を出すのは誰だ!?

 後ろを振り向くとソフィが仁王立ち。

「どうしてお姉ちゃんと鉄太が車から仲良く2人で降りてきたのかな?」

「あっ、ごめんソフィ! 色々大変だったんだから」

 ローズ姉さんが怯んでいる。


「今日は給食がないからお昼ごはんを用意しておくって言ったのはお姉ちゃんだったのに連絡が取れないし」

「え~と、病院に行ってたからスマホの電源をうっかり切ったままにしちゃったの」

「つまり電源を入れ忘れたお姉ちゃんが悪いってわけね」

 ソフィの怒りの圧が強くなった。

 と同時に彼女の目線がオレを射抜いた。


「鉄太は本来ならアタシに季節限定スペシャルパフェをご馳走しなきゃいけないのにお姉ちゃんとドライブデート? いいご身分ね。どうせ美味しいものでも食べてきたんでしょ? もしかして鉄太はアタシにとっての疫病神やくびょうがみなのかもね!」

「イヤ事情を知らなかったから……すまない。確かにオレはローズ姉さんにステーキをご馳走になったんだ。でもそれは人の厚意をムダにするな、というじいちゃンの教えに従ったまでで……ゲエェ~ップ」

 しまった、思わずゲップが出てしまった。

 出物腫でものは物所嫌ものところきらわず。

 昔の人はそう言った。

 だがお腹をすかせた怒れる少女の前では通じない。


 結局ソフィが機嫌を直したのは出前の特上寿司と特上うな重を食べた後だったらしい。

 つくづく食べ物の恨みは恐ろしいと実感した日であった。

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