投票の行方
黒板の前に立つ虎雄は余裕がある。
しかしなんでクラス委員なんかになりたがるんだろう?
虎雄には一番縁がなさそうなポジションなのに。
やおらヤツは奇妙なポーズを決めてスゥ~と大きく息を吸い、
「YO YO おれの青い心 葵の心 溶け合ってまるでコーンポタージュ エルミタージュ ジュドコキヤージュ ボンボヤージュ おれに投票 清き一票 結果発表
独特のリズムでクネクネと踊りながら歌うと最後には謎の雄叫びを上げ「ふう」と満足そうに息を吐き、オレの肩にポンと手を置くと勝ち誇った顔で自分の席に戻った。
教室の中はシンとしている。
皆んなは
まさかラップバトルを仕掛けてくるとは!!
「ウワハハハ、やりきったな。俺はオリジナリティを買ってやるぞ。皆んな、虎雄に拍手だ! さあ!」
心底楽しそうにしている落合先生の言葉が教室に響いた。
まばらな拍手が教室に響いた。
「よし、鉄太。虎雄に続けい。クラス委員にかける思いをお前なりの表現でぶちまけてみろい」
「ハイ」
なんて落合先生に返事したけど……。
虎雄のラップに意表を突かれてまだ内容がまとまってない。
とその時、じいちゃンの教えが頭に突然流れてきた。
「よいか鉄太よ、なにもわざわざ相手の得意分野で勝負する必要はないと知れ。同じ土俵で戦おうとするな。火には水、動には静、科学には宗教、西洋には東洋、流行には古典、理屈には感情をぶつけるんじゃ。敵の性質と
ああ、ピンチになるといつも大っキライなじいちゃンの教えや説教を思い出してしまう。
ならば毒を食らわば皿まで。
利用できるものは何でも利用してやる。
黒板の前に立つと皆んなの視線をビシバシと感じる。
だが
さらけ出せ。
自分の思いを。
天もご
肚は決まった。
両腕を胸の前でクロス。
「コォ~~~~~~~ッ、カッ」
大きく息を吸い、
「
一語一語はっきりと言い終えることが出来た。
もっともケガをしているので
さて、皆んなの反応が気になる。
だけど教室の中はシンとしている。
皆んなは呆気にとられ、リアクションも取れない。
「ウワハハハ、鉄太はそう来たか。息吹は空手から、四文字熟語は横綱昇進の
どう考えても落合先生がお情けでフォローしてくれている。
それが証拠に拍手はお情けていど。
「これからどっちがクラス委員に相応しいか決を取る。辰巳は早速クラス委員として仕事だ。黒板にそれぞれの数を書いてくれ」
「ハイ」
辰巳さんはチョークを手にしてスタンバった。
「よし、虎雄が相応しいと思う者は手ェ挙げろ」
何人かの手が挙がった。
カウントすると10人が虎雄に賛成している。
辰巳さんは黒板の虎雄の名前の下に10と書き込む。
「そんじゃ鉄太が良いと思う者は?」
何人かの手が挙がった。
「1,2,3,……10っと」
カウントした辰巳さんがオレの名前の下に10と書き込んだ。
「このクラスは23人。ちょうど10と10で引き分けだ。残り3人の内、虎雄と鉄太は当事者だから除く。そうなるとクラス委員としてカウントしていた辰巳の一票が決め手となるなぁ。さあ辰巳よ、クラス委員のパートナーとしてどっちを選ぶ?」
楽しそうに問いかける落合先生。
辰巳さんは迷っているようで頭を抱えている。
「なあ葵よ。こないだの卒業式で告白したけど返事はまだもらってないぜ。だからもう一押しすることにした。同じクラス委員になればそれが縁で結婚することだってあらぁな。だから聞くけどよ、子どもは何人欲しい?」
虎雄の発言に教室内が騒がしくなった。
ようやくわかった。
そうか、そんな理由でクラス委員に立候補したのか。
人の
昔の人はそう言った。
だからヤツのために身を引いてもいいかな、とさえ思った。
当の辰巳さんは下を向いて顔を真赤にしている。
それから深呼吸して顔を上げると、
「決めました。消去法で九段鉄太くんを選びます」
と落合先生に告げた。
消去法とはこれまた失礼な、と思ったがオレは勝ったらしい。
「フッ、負けたぜ。オイ鉄太ァ! 葵を泣かすんじゃねえぞ!」
虎雄はオレをにらんで叫んだ。
オレは勝った!
少しでもじいちゃンとの修行を減らせることが出来る。
落胆している虎雄には悪いが、勝ちは勝ちだ。
安心したら眠くなってきた。
机に突っ伏してその後の流れをボンヤリとやり過ごすことにした。
文学少女の菊川さんは図書委員に。
ソフィは風紀委員に。
虎雄は体育祭実行委員にそれぞれなった。
今日は新学期初日なので給食はない。
早く帰れる日だが早く帰りたくはない。
「それじゃこれから1年間よろしくな。今日は盛り場なんかに寄らずに早く帰れよ、お前ら」
落合先生がHRを終えると教室の中はドッと騒がしくなった。
「なあ駅前のカラオケへ行かないか?」
「ゲーセンはどうだ?」
「ボーリングに行きたい人ぉ~、誰かいない?」
落合先生の注意は誰も気になんかしていないようだ。
オレもぼちぼち帰るかな。
ショルダーバッグを肩にかけ教室から出ようとしたその時。
「ちょっと鉄太くん」
後ろから呼び止められて振り返ると辰巳さんが立っていた。
「ん? 何か用かな? 辰巳さん」
「実はボクは剣道部に入部するから放課後は多分クラス委員としての仕事はできないんだ。だからクラス委員長は鉄太くんになって欲しいんだ。ごめんね鉄太くん」
「そんなことか。大丈夫だ。それに鉄太くんじゃなくて鉄太でいいよ。辰巳さん」
「ボクも辰巳さんじゃなくていいよ。同じ仲間なのによそよそしい」
「なら辰っつあんって呼びたいな。葵と呼ぶのは虎雄に任せたいし、辰巳と呼び捨てにするんじゃ面白くない。ここは消去法で辰っつあんしかない」
「うん、いいんじゃないかな。これからボクはお兄ちゃんに会うから。明日からよろしくね」
辰っつあんは勢いよく教室から飛び出していった。
嫌がられるかと思ったが意外や意外。
修行で疲れているオレとは真逆で元気のいい娘。
上手くやっていけそうだ。
一安心して校門を出ると近くに止まっていたオシャレな車がクラクションを鳴らした。
あれはフランスのカングーという車だったはず。
車から出てきたのはどこかで見た顔。
多少ウエーブのかかった金髪に青みがかった瞳。
ローズ姉さんだ!
「鉄ちゃん、早く乗って! おじいさんが救急車で運ばれたの。さあ一緒に病院に行きましょう」
え!?
ローズ姉さんは今なんて言った!?
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