簡単な自己紹介と委員会決め

「じゃあ皆んな、今から黒板の前に立って順番に自己紹介してくれ。このクラスは23人。1人1分だとしても質問など含めりゃ50~60分はかかるはず。そのつもりでやってくれ」

 入学式を終え教室に戻ってきて早々、落合先生がそう言った。

 竹刀を肩に乗せてニタニタと笑っているが、機嫌を損ねたらあの竹刀が襲ってくるやもしれない。気をつけねば。


 それぞれの自己紹介が始まった。

 全員を紹介すると切りがないので、ここでは印象に残った生徒たちをピックアップする。


「初めましての方は初めまして。菊川智恵きくかわちえです。文芸部に入ろうと思っています。特に海老鯛中の文芸部が出している季刊誌に自分の作品を掲載してもらうのが夢です」

 三つ編みに黒縁のメガネがいかにも文学少女という感じがする。

 ただ張りのある大きい声で堂々とした態度から見るに気は強そうだ。


「今年の春からこっちに引っ越してきた九段鉄太くだんてったです。気軽に鉄太と呼んでください。中学生活を本当に楽しみにしています。友達も早く作りたいです」

 オレは簡潔に自己紹介をした。

「ハイ、九段くんに質問。ケガをしているようだけど交通事故にでもあったの?」

 ヤンチャそうな男子が聞いてきた。

「九段くんじゃなくて鉄太と呼んでくれれば嬉しい。頭の包帯は北海道でヒグマに襲われたから巻いているだけ。松葉杖はじいちゃンと鬼ごっこをしていたら足をくじいてしまい現在松葉杖が手放せない」

 オレが発言すると教室内はしばしの静寂。

 やがて「プッ」とか「クスクス」という笑いが聞こえてきた。

「なかなか冗談が上手いじゃないか。気に入ったぞ」

 オレに質問をしたヤンチャそうな男子が言った。

 本当に冗談なら良かったのに。

 こうしてオレは自分の席に戻った。


辰巳葵たつみあおいです。先ほど入学式で挨拶した生徒会長の辰巳駿ですが、実はボクの兄なんです。ボクもいずれは生徒会長を目指すので今からよろしくお願いしま~す」

 小柄だが元気いっぱいなボクっ娘はショートカットがよく似合っている。

 あのお兄さんの妹なら彼女も普通ではないのだろう。


乃木のぎソフィです。日仏ハーフなので髪の色は金髪だけど染めているわけじゃないの。さらには日本生まれの日本育ちなのでフランス語はほとんど話せないので許してね」

 クラス中から歓声が起きた。

「おれは小学校の頃からソフィを知ってるぞ」

 とか、

「ウンウン、私たちもフランス語はわからないからオッケ~」

 とか、

「神様って不公平ね」

 とか。

 肩までかかった金髪とやや青い瞳。

 スラリと均整の取れたスタイルにブレザーの制服が似合っている。

 たしかにローズ姉さんの妹だ。


「おれは難波虎雄なんばとらお。虎雄って呼んでくれ。海老鯛小学校では色々やらかしたが、おれも中学生になった。これを機に真面目に生きようと思っている。怖がらずに接してくれ」

 さっきオレに質問してきた男子が言った。

 髪型はツーブロック、大柄な体格。

 制服をだらしなく着崩している。

 なるほど、少学校では相当ワルだったのだろう。


「改めて自己紹介するぞ。俺は落合益徳おちあいますのり。体育を教えている。そしてこの1年C組の担任だぁ。いいかお前ら、これからお前たちは多くの問題を起こすことだろう。その時はこの竹刀の出番だ。中には鉛が入っているスグレモノ。その名をド根性注入竹刀という。よく覚えとけ。ま、フツーに楽しくやりゃいいさ」

 筋肉質で坊主頭で口ひげの体育教師が竹刀を振り振り、ニタリと笑った。

 じいちゃンとはまた違った種類の怖さがある。

 ここでチャイムが鳴った。

「次の時間は委員会を決めるからサボんなよ」

 落合先生はニタリと笑うと教室から出ていった。


 休み時間になると騒がしくなった。

「ねえねえ辰巳さん、生徒会長のことを教えて」

「乃木さんはキレイだしカワイイから芸能人にもなれるんじゃないの?」

「うん、確かにおれは“海老鯛小の猛虎”なんて呼ばれたが昔のことさ」

「あの先生はヤバいよ。ゼッテーに怒らせねえようにしねえと」

「海老鯛小の仲間は半分くらい私立や他の中学に行っちまったなぁ」

 そんな会話が聞こえてくる。

 どうもこのクラスは海老鯛小学校出身者とそれ以外と、大きく二つに分けられるようだ。

 

 チャイムが鳴ってしばらくすると落合先生の登場だ。

「よっし、全員いるな。そんじゃ各委員を決めるか。まずはクラス委員からだ。これは男女1人ずつだ。我こそは、と思う者は手を挙げてくれや」

 その言葉によって、生徒のほとんど全員が下を向いた。

 ただ1人を除いて。


「ハイ、ボク、いや辰巳葵が立候補します。生徒会長を目指すボクとしてはクラス委員はやって当たり前。仕事が多くて帰りは遅くなるけど、やり甲斐はあります」

 1人の女子が元気よく手を挙げた。

 確か生徒会長の妹とかなんとか言ってたような。

 ん、待てよ、クラス委員になれば帰りは遅くなるのか!?

 だったら帰宅後にじいちゃンとの修行をしなくて済むかもしれない。


「うん、クラス委員の女子は辰巳で決定だな。異議のあるものはいるか? いねえようだから決定だ。で、クラス委員になろうって男子はいるか?」

 落合先生が言うやいなやオレは手を挙げた。


「ふむ。鉄太と虎雄の2人か。じゃあバトルだ」

 落合先生が信じられないことを言った。

「「えっ!?」」

 オレの他にも手を挙げていたヤツがいたなんて。

 大体バトルってなんなんだ!?

 虎雄の席を見ると彼も驚いてキョトンとしていた。


 が、すぐに、

「そうこなくっちゃ。おい、鉄太とやら。ケガをしているようだが容赦はしねえ。それがイヤならクラス委員を今すぐ辞退しろ。でないと後悔するぜぇ」

 虎雄は脅し文句を言ってからシャドーボクシングを始めた。

「そんな気にすんなって。虎雄とやら。丁度いいハンデだ。さあ来い」

 ここは退けない場面だ。

 じいちゃンとの修行を避けられるなら何だってやってやる。

 それに虎雄は見た感じ多分オレより弱い。


「ウワハハハ、いいなあ、お前らはバカで。俺はバカは大好きだ。だがこの場合のバトルってぇのはスピーチバトルだ。意気込みや信念、思いの強さをスピーチに乗せて皆んなに伝えてみろい。2人のスピーチが終わったらどっちがクラス委員として相応しいか多数決で決定だ。さあ、誰からスピーチするんだ?」

 落合先生は怒らずに相変わらずニタニタと笑っている。

「おれが先だぜ。これはケンカだ。スピーチの形を借りたケンカだ。ケンカは先手必勝だ。文句はねえな、オイ」

「ああ、せいぜい頑張れ」

 先手は虎雄にゆずってやった。

 というか、スピーチの内容は考えていなかったんだ。

 だからヤツがスピーチしている間にスピーチをなんとかひねり出さないと。


 虎雄はステップを踏みながら黒板の前に立った。

 それにしても一体どんなスピーチをするんだろうか?

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