第二章 じいちゃン、クラス委員長になったよ!

入学式の日

 4月1日。

 入学式の日。

 海老鯛中学校は山の中腹にある。

 だからオレは山道を登っている。

 左手には松葉杖。

 頭には包帯がグルグルと巻かれている。

 じいちゃンのせいなのは言うまでもない。


 だけど顔は微笑を浮かべている。

 というかニヤケ顔。

「ヘヘッ、フヒヒッ、クククッ」

 思わず笑ってしまう。


「ねえ、見て、あれ」

「うわ、キモッ」

「目を合わせるなよ、絶対に」

 通学路を歩いている学生たちの声が聞こえてくる。

 だけど周りの視線なんか気にもならない。

 この解放感ときたら!

 なんて素晴らしい!


 ニコニコウキウキで校門をくぐると掲示板の前には人だかり。

 新年度のクラス分けが発表されているからだ。

「キャー、またヨッコと一緒ね」

「ああ、辰巳たつみ会長とは別々になっちゃった。残念無念」

「クラスは違えども俺たちの仲は永遠だ。なあ、そうだろ。おい、返事をしてくれよ、ユミッ!?」

 大勢の学生たちが様々な反応をしていて見る分には面白い。


 さて、オレは……C組か。

 教室は校舎の1階、西の突き当り。

 1年C組の教室に入ると黒板に座席表が貼ってある。

 自分の席は廊下側から2列目の前方。

 ところがオレの席にはすでに1人の女子生徒が座っている。

 あれ、間違えたかな。

 そう思い、もう一度座席表を確認してもやはりオレの席だ。


「あの、自分の席を間違えてるんじゃ。そこはオレの席のはず」

 女子生徒の肩を後ろから叩いて言った。

「するとあなたが九段鉄太ね。やっと会えたわ」

 振り返った女子生徒の顔はどこかで見た記憶がある。

 多少ウエーブのかかった金髪に青みがかった瞳。

 気のせいかオレに敵意があるようだ。

 初対面なのに。

 もしかして……。


「何かアタシに言うべきことがあるんじゃな~い?」

 顔は笑っているが、心からは笑っていない。

「えっと、初対面だよね。もしかしたら君はローズ姉さんの妹の……」

「そう、乃木ソフィよ。アタシのイチゴのタルトを食べちゃったでしょ、あなた」


 ああ、そうか。

 やっとわかった。

 あの時にオレが食べたイチゴのタルトは本来この少女のモノだったのだ。

 それを知っていれば食べなかったのに、と後悔しても遅い。


『いいか鉄太よ。食べ物の恨みは恐ろしいぞ。お前も生きるか死ぬかという本当の飢えを体験すれば理解できるじゃろう。他人の生命を奪ってまで食料を分捕ろうとするこの世の地獄をの。だからこそよ、部下や後輩ができたら自分の分の食料を分け与えよ。それだけで忠誠を尽くすはず。これぞ帝王学、人情の機微』

 確かじいちゃンは前にそんなことを言っていた。

 ならば目の前のこの少女も食べ物の恨みを晴らそうとわざわざオレの席に座って待ち構えていたのだろう。

 なんという執念!

 オレとしては学生生活はじいちゃンの目が届かないパラダイス。

 ムダな争いは避けたい。

 となるとオレの取るべき行動は一つしかない。


「知らなかったこととはいえそれはすまなかった。で、どうすれば許してくれるかな?」

「駅前の喫茶店『オ・ソレイユ』の季節限定スペシャルパフェで手を打ってあげる」

「ああ、それで気が済むのなら。だけど今は手持ちがないんだ。明日以降でいいかな?」

「ええ、約束ね。それじゃ指切りを」

 彼女が小指を出してきたのでオレも小指を出して指切りをしたら周りの空気の異変を感じ取った。

 周りを見渡したら教室中の視線がオレたちに集まっていた。


「マジ!?」

「入学初日にデートの約束を取り付けたぞ」

「あの怪我人は一体何者!?」

「それよりハーフなのかな、あの娘。お人形さんみたいにキレイ」


 ああ、しまった。

 余計な注目を浴びて目立ちすぎてしまった。

 バツが悪い。

 だけどソフィは全く動じず。

「ん!? そういえばケガしているようだけど」

「というか早く席に座りたいからどいてくれないか」

 そんなやり取りをしていたら、ヌッと教室に入ってきた人物に目を奪われた。


 筋骨隆々の体格。 

 下は青いジャージ。

 白いポロシャツからは太い腕が出ている。

 頭髪は一分刈り。

 ニタニタと笑う顔には口ひげアリ。

 耳はカリフラワーのように変形している。

 つまり柔道かレスリングの経験があるはず。

 そして片手には竹刀。

 竹刀だと!? この令和の時代に!?


「よーし、お前ら席について静かにしろ」

 教室の中が静まり、全員がそれぞれの席についた。

「俺がこのクラスの担任になる落合だぁ。今から体育館で入学式を始めるからおとなしく移動しろい」

 怖そうな先生の前でおしゃべりする生徒は1人もいない。

 全員が注意を守り、粛々と体育館に向かった。


 入学式は退屈だが今のオレにはその退屈さすら有り難い。

 じいちゃンの修行に比べりゃ屁でもない。

 校長先生のお話の時は眠ってしまった。

 海老鯛市長が挨拶した時は市長も案外暇なのかな、と思い眠ってしまった。

 だが生徒会長が壇上に現れた時には眠気は吹き飛んだ。


「生徒会長の辰巳駿です。これからの3年間は楽しいこと悲しいこと色々ありますが、どうか中学生としての自覚と節度を持って学生生活を送ってください」

 短い挨拶をした生徒会長に目を奪われた。

 中肉中背で七三分けの銀ブチメガネ。

 いかにもマジメそうな生徒会長らしい風貌。

 だけど目元は涼しげで気負ってなくって自然体。

 思わず見とれてしまった。

 あれは只者じゃない。普通じゃない。

 雰囲気というかオーラというか。

 後で聞いた話だが、あちこちで開かれた剣道の大会でいつも優勝しており、この中学の剣道部の主将でもあるそうな。

 文武両道を地で行く人で、先生たちや生徒たちから一目置かれる存在らしかった。


 さっきの生徒会長とオレのじいちゃンが戦えばどっちが勝つだろうか?

 頭の中で戦わせてみたが、じいちゃンの負ける姿がどうしても想像できなかった。

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