じいちゃンのありがたい説教

 居間いまで待っているとじいちゃンが作務衣さむえ姿でやってきた。

「魔女のことを注意しなかったのはワシの落ち度だ。すまん」

 意外にもじいちゃンはオレに謝った。

「今日のことは許す。だからもうあの魔女とは会うな」

「何で? 理由を教えてよ」

 いくらじいちゃンの命令とはいえ納得できない。


「なあ鉄太よ、あの魔女ローズはキレイじゃったな」

「うん、ヨーロッパの映画の女優さんかと思っちゃった。おまけに品が良くっておしゃべりで気さくで。イチゴのタルトも美味しかったなぁ」

 夢のようなひと時を思い出す。

「鉄太よ、自覚がないのか? ワシがあの部屋にたどり着いた時にお前はすでに術にかけられていたんじゃぞ。言い換えりゃ魔法にかかっちまったんじゃ」

「オレが魔法にかかったって!? そんなバカな」

 そんな馬鹿な話、信じられない。


「わかった。具体例を出そう」

 じいちゃンは目の前にパソコンショップの広告チラシを置いた。

「それがなにか?」

「このバカモンッ! 気づかんのか。パソコンショップに無縁そうな若くってキレイなお嬢ちゃんたちがなぜチラシを飾っているのかよく考えて見せい」

「それは偏見だし、だいたい彼女たちはそのショップのイメージキャラクターだから……」

「喝ーッ! ならばなぜイメージキャラクターなんぞに選ばれた? それは顧客として想定したオタク青年たちを色香いろかの術にかけるためじゃ。ここまで言わんとわからんのか」

「それこそ偏見では……」

 反論しようとしたが、じいちゃンの言葉にも妙な説得力があるのも事実。


「古代の中国では若くて美しい女性にはそれだけで力があると考えられていた。ぶっちゃけ男を骨抜きにする力じゃ。傾国けいこくの美女といって美貌の女性が国を滅ぼした歴史を勉強せい。今でもハニートラップなんて珍しくもないわい。可愛い赤ん坊や犬にも見る者をメロメロにさせる力はある。じゃが若い女性の力は桁違けたちがい。むやみに近づけば刃傷沙汰にんじょうざたに巻き込まれるのがオチじゃ。わかったかの」

「は~い」

 一応返事はした。

 けど禁じられれば余計に会いに行きたくなる。

 そういう心理、じいちゃンはわからないのかな?

 もしかしたらじいちゃンも若い時は痛い目にあったのかも。


「よし、色香の術の講義は終わり。次は食べ物で人を篭絡ろうらくする術じゃ。鉄太は古典的な手に引っかりおって。会社の営業職がなぜ接待費せったいひを使えるか考えてみぃ。仲良くなりたい女性をまず食事に誘うのは術にかけるためじゃ。そもそも聖書にもある通り兄のエサウは一杯のシチューで弟のヤコブに長子ちょうし相続権そうぞくけんゆずっちまった。食べ物で人を釣るのは簡単じゃが強力じゃ。お前もあんなイチゴがたくさん乗ったケーキみたいなもんに釣られおって情けない。もし毒があったらどうするんじゃ。そうじゃ、明日から毎回の食事に少しずつ毒を入れてやろう。毒に対する耐性を作り毒に負けない体づくりを明日から実践するぞい、カッカッカ」

 じいちゃンの常識はずれの言葉には多少慣れたつもりだったけど今のは無茶苦茶だ。


「ねえ、じいちゃン。本当はあのイチゴのタルト、食べたかったんじゃないの? もしそうならローズ姉さんに頼んで作ってもらおうか」

「じゃかましいッ! 鉄太は色香と食べ物の二つの術に引っかかっておったのに無自覚なのは命取り! よし、そこに正座せい! こうなったら徹底的に教え込む! いいか、色香の術にかかるのは男ばかりではないぞ。男は愚かじゃが女も負けちゃおらん。年若いイケメン芸能人に夢中になってコンサートやグッズに多額のお金をついやす娘っ子やご婦人方、ホストに狂って身を持ち崩す女性など挙げればキリがない。じゃが術や魔法はカラクリさえ知っとったら怖くはない。怖いのは鉄太のように術にかけられたこともわからないマヌケの……」

 スイッチが入ったじいちゃンの説教は延々と続いている。

 

 天国のばあちゃン、鉄彦叔父さん。

 ブラジルの父さん母さん。

 オレとしては色香の術にかかって美味いもんをたらふく食いたいんだけど。

 天国やブラジルではそれが叶うのかなぁ。

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