密命

 それぞれが指定された席に着いてお互いの自己紹介が始まった。

 だけどほとんどの顔と名前が覚えられない。

 もちろん例外もいる。

「アタイは生徒会の副会長をやっている2年B組の森下麻衣もりしたまいだ。一応はバレー部のエースだ。ヨロシクゥ」

 自由な感じの自己紹介に驚いていたら森下さんと目がバッチリ合ってしまった。

 森下さんはオレに微笑んでからウインクをして着席をした。

 気に入られてしまったのだろうか。


 その後は今後の流れとか大体の仕事の内容なんかをボンヤリと聞いていた。

 脇腹を誰かに肘で小突かれた。

「ほら、ボーッとしてないで。もう終わるよ」

 辰っつあんが小声でささやいた。


「ではこれで終了、解散とする」

 生徒会長の声がした。

 皆んなそれぞれ席を立ち会議室から出ていく。

 明日は学校は休みだしダラダラと過ごそうかな。

 そう思いながら会議室を出ようとした時、生徒会長から呼び止められた。

「鉄太くんに葵、ちょっといいかな。話がしたいんだ」

 断る理由もないので、もう一度椅子に座った。

 今、会議室にいるのはオレと辰っつあんと生徒会長の3人だけ。


「まずは見て欲しい」

 会長はカバンをゴソゴソと漁ると奇妙な灰色の物体を3つ机の上に置いた。

 およそ全長10センチはあるだろう人の形をした泥人形。

 その泥人形にはそれぞれ数本ずつ針が刺さっている。

「ヒッ! なにこれ!?」

 辰っつあんが悲鳴を上げた。


「今週の水曜の朝、生徒会室近くの目安箱めやすばこを開けてみたらこれらが入ってた。針によって串刺しにされた粘土製のヒトガタ。僕は安全確保と調査のために全校評議会を延期せざるを得なかった。またこの紙もセットで入っていたんだが内容が、ね」


『辰巳駿、辰巳葵、ついでに九段鉄太。

 以上の三名、裁きの魔女の裁きを受けよ』


 会長から渡された紙を読んでみるとこんなことが書いてあった。

 というかプリンターで印刷されたようだ。

「……単なるイタズラですか?」

「そうであってほしいが、物事は常に最悪を想定したい。これから何が起きてもいいように注意深く慎重に日々を過ごすべきだと思う」

 オレの問いに会長が答えた。


「防犯カメラを調べれば目安箱に入れた奴がわかるんじゃないかな」

「残念なことに我が校にはまだ設置されていない。海老鯛市の現市長はすべての市立小中学校に防犯カメラを設置するという公約で当選したのだけど、公約というのは守られた試しがないんだ」

 辰っつあんの言葉に会長が悲しそうに答えた。


「そんなわけで決定的な証拠が出るまで少し裁きの魔女とやらを泳がせようと思う。ここは2人で協力して調査をしてくれないか。秘密裏ひみつりで。初動しょどうをおろそかにできない。僕も動きたいが忙しすぎて身動きが取れないんだ」

 会長の意外な申し出にオレと辰っつあんは顔を見合わせた。

「もっちろん! ねっ、鉄太も協力してくれるよね」

 辰っつあんは胸の前で両手を合わせ上目遣い。

 この仕草はいつ見ても破壊力満点だ


「その前に確認したいことがいくつかあります」

「何だい、鉄太くん?」

「この事を他に知っている者は?」

「僕たち3人だけだ。生徒会役員の中に魔女がいる可能性もあるので彼らには内緒だ。先生たちには折を見て僕から報告するつもりだ。今はイタズラ扱いされ相手にされないだろう」

「最後にもう一つ。辰巳兄妹は誰かから恨みを買った覚えは?」

「いや、特には。だけど生徒会長という立場に就いているだけで恨みを買うのは覚悟をしているつもりだ」

 会長は答えた後に莞爾と笑った。

 オレもつられて笑った。

 辰っつあんも一緒になって笑った。

 会議室では三人の笑い声がしばらく止まなかった。


 時計を見ると時刻は午後4時前。

 本格的な調査は明日からということで、お互いの連絡先を交換した。

「鉄太くん、葵が暴走しないようくれぐれも頼んだ。君には妹のお目付け役を押し付けてすまないと思っている」

 帰り際に会長がそう言って頭を下げた。

 この人に付いていきたい。

 オレは不意に一瞬、そう思ってしまった。


 次の日の土曜の朝。

 駅前のファミレスにて辰っつあんと作戦会議を行う。

 辰っつあんは苦虫をかみつぶしたような顔をしている。

「う~ん、やっぱりブラックコーヒーは苦いよ。お兄ちゃんは美味しそうに飲んでいるのに」

 辰っつあんはコーヒーにミルクと砂糖を入れてかき回し始めた。

「本当に辰っつあんはお兄ちゃんが好きなんだね」

「うん! ブラコンだってボクをからかう人もいるけどブラコン上等! お兄ちゃんと同じように生徒会長になってお兄ちゃんと同じように剣道部の主将になるのが目標なんだ」

「そうだね、頭脳明晰で剣道も強くてリーダーシップやカリスマ性もある。会長はかなりモテるんじゃないのかな」

「うん! だから変な虫がつかないようボクがお兄ちゃんをガードしてるんだよ!」

 お兄ちゃんのことを話す辰っつあんはニコニコと満面の笑みを浮かべている。

 なぜかオレまでニコニコしながらスクランブルエッグを口に入れた。


「でも不思議なのはそんなお兄ちゃんがやたら鉄太を褒めているんだよね。あの時パンツ1枚の鉄太とにらみ合っただけなのに。まあ、鉄太はどことなくお兄ちゃんと雰囲気が似ているような似てないような」

「……そろそろ本題に入ろう。調査するにしても手がかりがないとダメだ。実は裁きの魔女というタイトルで小説を書いた人がいるんだ。その作者から当たろうと思っているんだけど」

「うん、鉄太に任せるよ」

「なら、今から学校に行こう。このモーニングを急いで食べてしまわないと」

 オレはトーストにベーコンを挟みコーヒーで流し込んだ。


 今日は土曜日で学校はお休み。

 でも部活やら何やらで土曜に登校する生徒も多い。

 オレたちはまっすぐに文芸部の部室に向かった。

 扉をノックすると「どうぞ」と女子の声。

 部室に入ると魔女の姿が目に入った。

 全身を黒いマントで覆い、頭には黒いとんがり帽子。

 いかにも魔女という感じの魔女が机に向かって書き物をしていた。


「え~と、あなたは裁きの魔女ですか?」

「ん? いやだわ~私ったら。魔女のコスプレをしたまんまだったわ。今執筆している作品が魔女をテーマにしているもんだから気分を高めるために魔女のカッコをしていただけよ。恥ずかしい姿を見られちゃったけど写真に撮りたければ撮ってもいいのよ。もちろん私は魔女じゃなくってこの文芸部の部長の2年A組、菊川真理恵きくかわまりえよ。ところであなたたちは? 待って。当ててみせる。さっきそこのあなたは『裁きの魔女』と口にしたわよね。ならばこの私の作品である『裁きの魔女』を読んでファンになったクチでしょう、ねえ、そうでしょう」

 やたらテンションの高い菊川先輩はマントととんがり帽子を取ってこちらに向かってきた。

 菊川先輩はややポッチャリとした体型で、髪型はツインテールで愛嬌のある顔立ちをしていた。


「えっと、当たらずといえども遠からずです。自己紹介が遅れました。オレは1年C組の九段鉄太で、こちらは……」

「ボクが辰巳葵です」

「あれ、鉄太くんは妹の智恵からよく聞く名前だし。そちらの葵ちゃんは生徒会長の妹さんよね。入部希望なら大歓迎!」

 テンションがひたすら高いのは疲れるが、お喋りなのは助かる。

 オレたちが裁きの魔女を調査しているのは秘密なのだから。


「え~と、同じクラスメイトの菊川智恵さんから『裁きの魔女』を読むよう勧められたんですが、オレは怖いのが苦手でして。内容とまでは言いませんが怖いか怖くないかだけ作者本人から教えていただけたらなあ、なんて」

「なぁんだ、そんなのお安い御用よ。よっしゃ、ネタバレしない程度に教えちゃう。あれはね、先代の文芸部の部長が「夏の季刊誌はいっちょうホラー特集でかましたる」なんて意気込んでたのよ。だけど私も怖いのが苦手でね。どうしようかと悩んでいたらひらめいたの。当時ハマっていた任侠にんきょう映画の主人公が黒魔術とか使ったら面白いんじゃないかって。タイトルは『裁きの魔女の復讐 ~次に裁かれるのはお前らだ!』に決定。不思議なものね、タイトルが決まったらストーリーもスイスイと進んでね。主人公はいじめられっ子の文学少女。ある日、彼女の前に突然現れた悪魔と契約して魔女になっちゃうの。そんでお腹にダイナマイトを巻いてドスを片手に火炎放射器を背中にしょって学校へ殴り込んで切った張った、ちぎっては投げちぎっては投げ……ってゴメン。ついつい話しすぎちゃった。私の悪いクセね」

「いえ、とっても面白そうだし怖さとは無縁なので安心しました。もっとお話をしたかったのですが急用を思い出したのでこれにて失礼します」

「あ、ちょっと……」

 オレは菊川先輩が呼び止めるのを無視して辰っつあんの手を握ると脱兎のごとく文芸部の部室から逃げ去った。


「ハアハア、あの手のタイプはまずい。話の蟻地獄ありじごくに飲まれて切りがなくなる。逃げるが勝ちだよ」

 たどり着いた昇降口でオレは辰っつあんに話しかけた。

「それより鉄太って意外と強引なんだね」

 あ、しまった。

 辰っつあんの手を握ったままだった。

「これは失礼。痛くなかった?」

「大丈夫だけど、走って逃げたせいかまだ胸がドキドキしている」

「その内ドキドキは治まると思うから多分大丈夫だよ」

「アイスコーヒーとプリン・ア・ラ・モードでボクのドキドキは治まるはず。ねえ、鉄太。何か食べようよ」

「え~。さっきファミレスで一緒に食べたばかりじゃないか」

「いいじゃないか。灰色の脳細胞にエネルギーを与えないといい考えは浮かばないし。ボクの胸をドキドキさせた責任を取ってよ!」

 あれ、辰っつあんってこんなキャラだったっけ?

 いずれにせよ傍から見れば痴話ちわゲンカもいいとこ。

 誰かに見られたらたまったもんじゃない。

 オレは敗北を認め、彼女の仰せに従った。

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