勧誘・勧誘・勧誘
4月初旬の1年生にとって最も大事な関心事はどの部活に入ろうか、という一点に尽きる。
どこの中学でもそうであるようにウチの部活も体育会系と文化系に大きく2つに分かれている。
体育会系を代表する部はなんといっても剣道部だ。
「ねえ鉄太。剣道部はいいよ。活動日は月曜から金曜。土日はほとんど対外試合で遠征ばかり。朝は朝練が毎日で、帰れるのは居残り特訓が終わってから。ね、楽しそうだろう」
辰っつあんはオレを剣道部に勧誘している。
「海老鯛中の剣道部は名門で知られているけどちょっと厳しすぎない?」
口を挟んだのはお菊ちゃん。
今、オレは辰っつあんとお菊ちゃんに挟まれている。
給食の時間、いつものようにお菊ちゃんと食べようとしたら辰っつあんが「ボクも仲間に入れて」と強引にオレの隣に机を寄せてきた。
献立は好物のコロッケなのに、なぜかあまり味がしない。
「初めは誰しもそう思うんだ。でもすぐに慣れるよ。何よりあのお兄ちゃんが鉄太を欲しがっているんだし。たしかに厳しいけど厳しい方が楽しくなってくるんだよ。同じクラス委員の
「う~ん」
どう断ろうか迷っていたら、辰っつあんは胸の前で両手を合わせ
正直、ドキリとした。
実を言うと辰っつあんはかなり男子から人気がある。
小顔で可愛くていつも元気いっぱい。
虎雄をはじめ、何人かの男子に告白されたのを目撃したこともある。
そして文化系を代表する部は文芸部だ。
「フフ、鉄太が困っているでしょ。強引な勧誘が禁止されているのはクラス委員なら知っているはず。それより昨日依頼した原稿は進んでいるの? アイデアに困っているなら私が手伝ってあげてもいいのよ」
そう言うお菊ちゃんは三つ編みで銀ブチ眼鏡といういかにもな文学少女。
髪型を変えたら印象はかなり変わりそうなのだがその気はなさそうだ。
「え~!? なにそれ!? もしかして鉄太は文学部に入っちゃうの!?」
「フフ、鉄太はね、昨日の放課後に文芸部の部室に遊びに来たのよ。ねっ、鉄太」
「でもまだ入部が決まったわけじゃないよね。剣道部にも今度絶対遊びに来てよ、ねえ」
辰っつあんとお菊ちゃんはオレを取り合っている。
本来ならありがたいことなのだろうが、この状況から逃げ出したい。
オレたちは教室内で目立ちすぎていた。
「ウワハハハ、おい鉄太。モテモテだな。まあ入部届の締切は一応は来週末までだからな。皆んなぁそれまでに入りたい部活を決めておけい。わかったかっ!」
「「「はぁい」」」
全員そろって返事をした。
このクラスは落合先生が担任だからこそまとまっているに違いない。
ところで段々とわかってきたことがある。
クラス委員の仕事ってクラスのまとめ役で進行役。
つまりは雑用係。
意識して仕事を見つけないと暇になってしまう。
楽をしようと思えば楽ができる。
だけどそうなるとじいちゃンとの修行と鍛錬の日々が待っている。
今はまだじいちゃンが入院中だからいいんだけど……。
オレもどっかの部活に入部した方がいいのかも。
なんか考えておかなくっちゃ。
次の日の水曜日になって。
予定されていた全校評議会は明後日の金曜に延期。
延期された理由はわからない。
放課後は部活の見学をしたかったけど、たまった洗濯物を片付けた。
木曜の放課後は洗濯物を届けに病院へ。
「学校はどうじゃ? ケンカは避けているか? 無三流の秘密は守れているのか? 修行はサボらずに続けておるか?」
病室のベッドで寝ているじいちゃンは少し痩せたように見える。
「うん、学校の皆んなはいいヤツらばかり。ケンカもしていないし無三流の秘密も大丈夫。修行のことだけど……、体力作りだけじゃなくって人と仲良くなったり協力したり衝突したりするのも大事な修行だとオレは思っている。中学でしかできない部活や学生生活をじいちゃンとの修行で犠牲になんかしたくない」
「このタワケめ。修行をサボる言い訳ばかり上手くなりよって。ワシが退院したら覚悟せい」
じいちゃンの声はに張りがないのは明らかだ。
前のように怒鳴られたくはないが、少し寂しくもある。
だけどオレにはどうしようもないことだ。
「そういや退院は来週末だってね。次の次の土曜か日曜に来るよ。それじゃまた近いうちに」
「グォー」
いつの間にかじいちゃンは寝ていた。
オレは起こさぬよう静かに病室を出た。
帰宅してからは両親に近況報告。
父さんも母さんも退院の日が決まったのを喜んでいた。
オレも喜ぶべきなんだけど、100%では喜べない。
金曜日の放課後は全校評議会。
これは生徒会の役員に加え各クラスのクラス委員が参加して学校生活について色々と話し合うらしい。
辰っつあんとオレが会議室に入ると大きな長机が部屋の中央に2つあり、見たこともない生徒たちがすでに椅子に座っていた。
「お兄ちゃ……じゃなくって会長。1年C組クラス委員二人揃って参上しました」
辰っつあんが生徒会長に話しかけた。
「おお、葵。そんな堅苦しくしないで。今日は顔合わせと自己紹介がほとんどだから気楽に行こう。鉄太くんもね」
生徒会長がそう言った瞬間、皆んなが集まってきた。
「君が会長の妹さん? 元気ありそうだね」
「生徒会長を目指してるんだって? 頑張ってね」
「部活はもう決まったの? 食レポ研究会はオススメだよ」
辰っつあんは大勢の人に囲まれて
だが待てよ。
食レポ研究会!?
そういうのもあるのか!
感心していたらオレの周りにも1人の女子がやってきた。
そしてかなりの長身だったので一瞬身構えてしまった。
「へえ、意外だね。会長を負かしたって言うからアタイはもっとバケモンみたいなのを想像していたのに。ずいぶんとカワイイじゃないか。本当に会長はこの子に負けたのかい?」
「そうだよ、森下くん。人を見た目で判断すると僕のように足をすくわれてしまう。僕はこの鉄太くんを剣道部にスカウトしたのだが振られてしまってね。でもいずれ生徒会には入って欲しくはある」
「そんなに入れ込んでるんだ。この子に。まるで片思いだね」
森下さんは言った。
「さっきから負けた負けたと言ってますが、外でにらめっこしただけで大したことじゃないです。それに“この子”は止めてください。オレのことは鉄太と呼んでください、森下さん」
「おお、早速アタイの名前を覚えてくれたなんて。なんてカワイイのッ! もうムギュ~~ッ!」
瞬間、オレの背中に森下さんの両腕が回ったかと思うとすごい力で引き寄せられた。
当然、オレの顔面は森下さんの胸の谷間に挟まれる。
気持ちいい、とかではなく呼吸ができない。
しかも森下さんの両腕の力は緩まない。
やばい、そろそろ意識が……。
「森下くん、そこまで。鉄太くんが落ちてしまうよ」
「あっ、アタイったらやり過ぎちまったか。お~い、鉄太ぁ~。ツンツン」
生徒会長の言葉でようやく解放してくれた森下さんはオレのほっぺを指でツンツンし始めた。
「ねえ鉄太、鼻を伸ばして幸せそうな顔をしている場合じゃないよ。すぐに評議会なんだからしっかりして。よし、ボクが気合いを入れてあげる。エイッ!」
瞬間、右のアゴに衝撃が走る!
この感触はビンタか!?
いや、以前じいちゃンにもらった
脳が揺れたのがわかった。
オレの意識はやっと正常に戻ったようだ。
しかし、だ。
森下さんのベアハッグにまんまとかかり、サバ折り状態から抜け出すことはできなかった。
彼女がその気になればオレは窒息して背骨も折られていたかもしれない。
おまけに辰っつあんの掌底もまともに喰らってしまった。
最近、修行をサボっていた天罰なのだろうか?
だとしても修行を再開する気にはなれなかった。
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