第三章 裁きの魔女をつかまえろ!

月曜日の鉄太

 月曜日はゆううつだ、なんてよく人は言うがオレにとっちゃそうでもない。

 一人暮らしで多少の不便はあるが、それでもじいちゃンが入院している今は月曜でも喜びにあふれた日だ。

 まだ新学期が始まって1週間かそこらだがそれなりにクラスに溶け込んでいる感じはする。

 確かにトラブルは多少あったが、それも仲良くなれるきっかけになるはず。

 今日も元気に登校するか。


 門を出るとちょうどソフィに出くわした。

「ゲッ! 変態だッ!」

 オレを見るなり、この破壊力ある言霊を大声でぶつけられた。しかも通学路で。

「ご挨拶だね。あれは争いを収めるための作戦なんだよ。そもそも山岡鉄舟やまおかてっしゅうだって仲間の辻斬つじぎりを止めさせるために全裸になって豪傑踊ごうけつおどりを……」

「言い訳ばかりする人はキライ」

「ああ、嫌われたもんだな。なら喫茶店での季節限定スペシャルパフェはどうする? キライな変態にご馳走になるのはイヤなんじゃないの?」

「でもなんだかんだ理由をつけて約束を破ろうとする人はもっとキライ!」

「わかった。今週末なら予定もないし大丈夫そうだ。土曜と日曜はどっちが都合がいいかな?」

「まだわからないけど。あっ、そういえばまだ連絡先を交換してなかった。後で交換しましょう」

「オッケー。ということはスマホは持ってるんだね」

「お姉ちゃんに買ってもらっちゃった。まだウチのクラスだと持ってるのは半分くらいみたい。鉄太は?」

「うん、最近手に入れたよ。だけど使い方がイマイチわかんないんだ。特に連絡先の交換なんてやったことがないし」

「あ、それならやってあげる。アタシにまっかせなさ~い」

 少しおどけて胸を叩くソフィ。

 ここは通学路でおまけにソフィは校内でも噂の美少女。

 登校する生徒たちの視線を痛いほど感じるが、じいちゃンににらまれるのと比べりゃ屁みたいなもんだ。


「おはよう、お二人さん。相変わらず仲が良くて結構だこと」

 ソフィと一緒に教室に入ると辰っつあんが挨拶した。

「え~、仲がいいかな」

 ソフィは照れずに答えた。

「あさイチで変態とののしられたからそれはないよ」

 オレも答えた。


「ま、それはともかくとして。明後日の水曜は全校評議会があるんだけど鉄太は出席できる? ダメならボクがお兄ちゃんに言っとくけど」

「じいちゃンのお見舞いは調整するから大丈夫だけど全校評議会って何だっけ?」

「もう! 生徒会役員と各クラス委員が集まる会議だよ。しっかりしてね。お兄ちゃんは鉄太を褒めていたけどこんなんじゃ先が思いやられるよ」

 ほっぺたを大きく膨らませて辰っつあんは呆れていた。

 しかしさっきから視線を感じる。

 視線が放たれている方を向くと虎雄が目を背けた。

 そうだった、ヤツとはまだ決着がついてなかったんだ。

 虎雄に話しかけようとしたら落合先生が教室に入ってきてHRが始まってしまった。


 2限は体育。

「ウワハハハ、喜べお前ら。今日はマラソンをするぞ。タラタラ走るヤツにはこのド根性注入竹刀が火を吹くから覚悟しろい。そんじゃ山の上まで駆け足開始ッ!」

 運動場で集まった男子共に向かって落合先生の無情な命令。

 とはいえ、今までの修行に比べりゃ屁でもない。

 軽快に山道を駆け上がって行くと、後ろから「おーい、ちょっとペース落とせ」という声がする。

 振り返ると声の主は虎雄だった。

「お、なんか用か?」

「お前と話がしたい」

 虎雄はオレの横に並んだ。

「何もこんな時に話さんでもいいのに」

 そう、今は山の頂上に向かってマラソン中だ。

「葵から聞いたぜ。鉄太、お前はおれをかばったそうじゃねえか」

 !?

 正直庇った覚えはないが勘違いしているならそのままにしておくのも兵法。

「とりあえず礼を言わせてもらうぜ。あ、あんがとよ」

「へえ、律儀りちぎだね。あの時、虎雄はさっさと逃げちまったんだよな。だから事の顛末はわからなかったのか」

「う、うるせえ! に、逃げるのも、ハアハア、せ、戦法のうちよ、オエッ」

「ほら、走りながら喋るから。話が終わったんならもう先を行くよ」

「な、なんでお前は へっ、平気な……」

「鍛え方が違うよ」

 そう言い残してオレは本来のペースで走り出した。


 なんで虎雄はわざわざ走っている最中に礼を言ったのだろうか?

 後で考えてみたが、おそらくは恥ずかしかったのだろう。

 そしてそんな虎雄の気持ちも少しはわかる。

 もしかして虎雄は思ったよりナイーブでナイスガイなのかもしれない。


 給食はいつものようにお菊ちゃんに誘われて2人で食べることに。

「鉄太は部活はどうするの?」

「そうか、今週から入部受付が始まるんだっけ。今のところ特に考えてないや」

「ふ~ん、悩んでいるなら文芸部はどう? 歓迎するわ」

「お菊ちゃんのお姉さんが部長をしてるんだっけ」

「ええ、お昼休みに部室に来ない?」

「急な用事がなければ行ってみるよ」

 お菊ちゃんは相変わらず話のペースに乗せるのが上手だった。

 話に夢中で給食にほとんど手をつけていなかったので、フィッシュフライと野菜サラダとフランスパンを牛乳で流し込んで給食を食べ終わった。


 文芸部の部室にたどり着くまで少し迷ってしまった。

 部室の扉をノックして中に入るとお菊ちゃん1人だけが窓際の椅子に座っていた。

 長机の上には本が乱雑に積まれている。


「ずいぶんと遅かったじゃない。あまり女を待たせるものではないわ」

 読んでいた本から目を上げ、お菊ちゃんが笑った。

 やけに大人びた物言いに吹き出しそうになったが、なんとか耐えた。

「あ~、ゴメン。落合先生から荷物を体育倉庫に運ぶように頼まれたりソフィと連絡先を交換したりで忙しかったんだ」

 言い終わった瞬間にお菊ちゃんのメガネの奥の目がギラリと光り、部室内の空気が一気に冷えたような気がした。

「へー、それはご馳走さま。で、私とは連絡先の交換をしてくれないのかしら」

「したければするよ、今ここで。だけどスマホの使い方をまだわからないからやってくれるかな」

 オレはスマホをポケットから出した。

「フフ、ごめんなさい。実は私、まだスマホを持ってないの」

「何だって!」

「クラスではスマホを持ってない人の方が多いはず。鉄太は自分がどれだけ恵まれているか感謝するべきね」

「えっと、配慮が足らなくってゴメンナサイ」

「よろしい、次からは気をつけるように」

 そう言うとお菊ちゃんは体を揺すってウフフフと笑い出した。

 オレもハハハとつられて笑った。


「あー、おかしい。そうだ、本題に入らないと。今日は部長は図書委員の仕事で不在なの。紹介できなくって残念無念」

「お菊ちゃんの自慢のお姉さんだっけ」

「うん、凄いんだから。とりあえずここに座ってこれを読んで」

 隣に座ると一冊の冊子を渡された。

「季刊誌『四季だより』の去年の夏号よ。しおりが挟んであるページに姉さんの作品が載ってるわ」

「ほう、どれどれ。タイトルは『裁きの魔女の復讐 ~次に裁かれるのはお前らだ!』か。なかなかキャッチーなタイトルでオレ好みかも」

「一応はホラーなんだけどね。今年の季刊誌『四季だより』の夏号はホラー特集にするそうよ。姉さんの方針で。鉄太も何か考えといて」

「オレは部員じゃないんだけどなぁ」

「あきらめなさい、あなたは困ったクラスメイトを助けなきゃいけないクラス委員長なんだから。それで放課後はまたここに来れる? この机に積んである本や資料を図書室に運ぶのを手伝ってほしいんだけど」

「まあ、運ぶだけなら。ってこれまた怖そうな本ばかりだね」

 ざっとタイトルを見ても未解決事件、都市伝説、UFO、黒魔術などオカルト関連のものばかり。

「言ったでしょ。夏の季刊誌のテーマはホラー特集だって。インプットしてなんぼ。鉄太も怖い作品をよろしく頼んだわよ」


 お菊ちゃんの頼みを受けて早速だが考えてみた。

 誰もが恐怖するホラー作品。

 わけあって、抜身ぬきみの日本刀を持った凶暴な老人に追いかけられる中学生が主人公。

 イヤ、やはりダメだ。

 一般的にそんな老人は逮捕されるから設定にリアリティがない。

 オレは頭を横に振って教室に戻った。

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