魔女狩り

 人の口に戸は立てられぬ。

 昔の人はそう言った。


 月曜日の朝。

 生徒会室の扉に赤い絵の具で魔法陣らしきものが大きく描かれていたのを生徒会長が発見。

 運動場の隅の銀杏いちょうの木の幹に例の粘土人形が五寸釘で打ち込まれていたのを早朝練習中のサッカー部員が発見。

 学校内は騒然。

 オレと辰っつあんと会長は職員室に呼び出され、今までの事のあらましを報告し説明した。


 落合先生が竹刀をフリフリしながら、

「あ~、お前ら。知っての通り裁きの魔女なる者が悪さをしているが一切関わるなよ。犯人探しなど以ての外だ。わかったかっ!」

 と大声で戒めた。

 続いて、

「「「ハイッ」」」

 と、皆んなそろって元気のいいお返事。

 HRでの一コマである。


 放課後は生徒会長からの呼び出しに応じて辰っつあんと一緒に生徒会室へ馳せ参じた。

 中にはオレと会長と辰っつあんの3人だけ。

「これが生徒会室の扉に描かれていた魔法陣だ。すでに用務員さんがキレイにしてくれたから感謝せねば」

 会長はスマホをオレたちに見せた。

 画面にはいわゆる魔法陣。

「運動場の粘土人形の写真はないけど前に見せたのと同じような物らしい」

 会長が説明した。

「その粘土人形には名前とか書いてあったの? お兄ちゃん」

「ああ、発見したサッカー部員たちにはその名前を口外しないよう落合先生が厳しく念押しをしていたから僕も具体的な名前はわからない。ただ、人の口に戸は立てられぬ。裁きの魔女に呪われた対象が知られるのも時間の問題だろう」

「目的は何なんでしょう?」

 オレは思わずつぶやいた。

「それがサッパリだ。劇場型の犯人像としか。それでだ。以前君たちに裁きの魔女を調査するように依頼したがその任を解く。今までありがとう。後は先生たちに任せよう」

 会長が淡々と言った。

「え~、もうちょっと調査したかったな」

「コラ、葵。ワガママはダメだ。それに鉄太くんもおじいさんの不在やお見舞いやらで大変なんだ。付き合わせては悪いだろ」

「ああ、そういや今日はじいちゃンに洗濯物を届ける日だったのを忘れてた。でも忘れてるっていうのは所詮その程度の価値しかないもんでして」

「鉄太くん、なおさらダメだ。僕のせいでおじいさんが困るだろう」

「わかりました。今日は会長の顔を立てておとなしくします」

「うん、素直だね。葵も鉄太くんを見習うように」

「は~い」

 辰っつあんは苦笑いしながら返事をした。


 生徒会室を出たオレは図書室に直行した。

 心のモヤモヤを解消するためのちょっとした調査だから問題はないだろう。

 気になる所を調べ終わったので、これから家に帰りじいちゃンの洗濯物を詰めたリュックを背負って病院まで歩いて30分。

 往復で1時間。

 今週末には退院するそうだから夢のような生活も終わってしまう。

 病院に着くとじいちゃンはイビキをかいて気持ちよく寝ていた。

 起こさないように静かに洗濯物を置いてソッと病室を出た。

 魔女騒動のことを相談したかったのだが、これでよかったのかも知れない。


 次の日、朝も早よからドンドンと門を叩く音が辺りに響いた。

「開門ぉ~ん!」

 ソフィの声だ。

 門を開けると制服姿のソフィが立っていた。

「ちょっと中へ入らせてもらうわよ」

 ソフィはズンズンと玄関へ向かっていく。

「ちょっと待った。なんか訳アリなのか? 強引すぎるぞ」

「朝ごはんは食べた?」

 ソフィはオレの言葉を無視して言った。

「いや、これからお茶漬けを食べようとしていたところだよ」

「そう、ちょうどよかった。アタシと一緒に食べようよ」

 只今の時刻は午前7時。

 合点のいかぬまま、ソフィを居間に通した。


「お姉ちゃんがバゲットのBLTサンドを作ってくれたんだけど、どうお味は?」

「うん、美味しいよ。ティーバッグの紅茶しか出せなくってゴメン。で、用件は何?」

「昨日の学校の、というかクラスの雰囲気はアタシにとってはツラかったわ」

「そうなのか?」

「皆んながアタシを疑いの目で見ていた」

「ああ、実を言うとオレもソフィを裁きの魔女なんじゃないかって疑ってたよ、ゴメンゴメン」

「ずいぶんと軽い謝り方ね。て、ことは今はアタシを疑ってないの?」

「うん、少なくともソフィじゃないっていう確信はあるんだ」

「ならアタシを疑った罰は商店街の『甘味処和漢茶房かんみどこわかんさぼう』のクリームあんみつで手を打ちましょう」

「で、用件は何?」

「そうだった。不安だから一緒に登校してくれない? 皆んなの目が怖いの」

「でもなぜオレに頼む?」

「クラス委員長でしょ! それに女の子に頼られてんだから男として応えるべきでしょ!」

「わかったわかった。お安い御用だけど、無理して登校する必要もないと思うよ」

「ううん、今度は前のように負けたくはないの」

「前のように?」

「あっ、そろそろ食べないと遅刻しちゃう」

 ソフィに言われて、大急ぎでバゲットのBLTサンドを腹に詰め込み、学校へ向かった。


 ソフィと一緒に登校するとなるほど、皆んなの視線を感じるしヒソヒソ声も聞こえてくる。

 昇降口で上履きに履き替えようとしたら「ヒッ!」とソフィが悲鳴を上げた。

 小刻みに全身を震わせ目には涙を浮かべている。

 そして学生鞄を床に放り出し、凄まじい勢いで校門の向こうへと走り去っていった。

 ソフィの下駄箱には『魔女狩りの対象者ソフィ』と赤文字で殴り書きされていた。

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