逃避行

 オレは一旦いったん教室に入ってから辰っつあんに事情を説明しとんぼ返りでソフィを追った。

 大声で説明したので教室の皆んなにも聞こえたはず。

 学校をサボることになるがそれよりも大事なことがある。

 ソフィの身に何かが起きる前に見つけねば。

 ただ校門を出たはいいが、ソフィの行方がわからない。

 駅前でお茶しているか、帰宅してイチゴのタルトでも食べているか。

 そうだったらいいのだが、どうも違う気がする。


 多少ウエーブのかかった金髪に青みがかった瞳。

 誰もが振り向く制服姿の美少女は目立つはずなのだが……。

 刑事ドラマのように聞き込みを行うべきなのか。

 考えてみればオレも制服姿だし、学校にいなければいけない身分なのを忘れていた。


 さてどうしよう?

 今頃は皆んな1限の授業を受けている最中のはず。

 と、制服の内ポケットに入れてあるスマホが震えだした。

 間抜けなことにスマホを持っていることに今気づいた。

 スマホを取り出すとソフィからの着信だった。


「もしもしっ! 今どこにっ?」

「ウッ、グスッ、た、助けてよぉ、鉄太ぁ~」

「よし! すぐに助けてやる! で、どこにいるんだ?」

萬福山まんぷくやまの展望台のちょっと手前の神社に」

「わかった、そこを動くなよ」

 萬福山は学校の裏手にある山で観光名所にもなっている。

 駆け足で山道を登っていくと、神社が見えてきた。

 境内けいだいに入るとベンチに座っているソフィを発見。


「ふう、とにかく無事なようでよかった」

「無事じゃない。走った時に右足首を捻挫ねんざして歩けない」

 彼女の顔は涙を流した跡が残ったままで痛々しい。

「わかった、ネクタイで応急処置をするから動かないでくれ」

 オレは座っているソフィの正面にかがみ込み靴を脱がせ、つま先とかかとをトントンと叩いた。

 痛がる様子はない。

 つまり軸圧痛じくあつつうはないので骨折の可能性は低い。

 次に外したネクタイを包帯代わりにして彼女の右足首を何とか固定した。

「これで多少はマシになったはず」

「うん、ありがと」

「さて、そんじゃ学校に連絡しないと」

「待って! やっぱ連絡しないとダメなの?」

「心配している人がたくさんいるだろう」

「ウソ! アタシを魔女呼ばわりするヤツらなんて!」

「連絡しないと警察に捜索願が出されるよ」

「でも学校には戻りたくない」

「大丈夫、任せてくれ」


 オレは生徒手帳とスマホを取り出し学校の電話番号を入力して通話ボタンをクリックした。

 Prrrr、Prrrr、Prrrr……、

「はい、海老鯛中学校です」

 中年の男性の声がした。

「あ、オレは1年C組のクラス委員長の九段鉄太です」

「ん、どうした? 今は1限の授業じゃないのか?」

「乃木ソフィを確保しました」

「何っ!? 無事なのか? 早く学校に戻りなさい!」

「ところがですね、乃木ソフィさんの精神状態が安定していないもんで。なにか美味いもんでも食って落ち着いて、学校に行けそうだったら行きま~す。では落合先生によろしくお伝えください」

「待て、私は教頭だぞっ、切るなッ、オイッ!」

「フウ、まさか教頭先生が電話に出るとはな。でもちゃんと連絡したからオッケーっと。次はローズ姉さんだな」

 Prrrr、Prrrr、Prrrr……、

「ん? 鉄太じゃない、どしたの?」

「一言で言えばソフィが学校から飛び出して萬福山の神社でオレが確保。足がないので車で迎えに来て欲しいんです」

「う~ん、実は今、急な仕事でね。車で横浜に来てんのよ。詳細は後で聞くからソフィのことを頼んだわよ、じゃ」

 無情にも電話は切れてしまった。


「電話の内容は丸聞こえだったから状況は把握できてるわ。こうなったら山道を登って展望台に行きましょ。それに天辺にはケーブルカーがあるからそれに乗れば楽チン楽チン」

 ソフィの顔に笑みが戻ったので安心した。

「じゃ早速行こうか。立てる? 歩ける?」

「うん、何とか。痛ッ! ゴメン、歩くのはツラいかも。肩を貸してくれない?」

「ああ、大丈夫だ。ツラいだろうが展望台までの辛抱だから我慢してくれ」

 オレはソフィに肩を貸してやった。


「ねえ、アタシたちは周りからどう見えるかな?」

 今は2人の体が非常に密着している状態だ。

 幸いなことにザッと見回しても周りに人はいないようだ。

「まあ、ダンスの練習には見えないだろうな。もしくは河津落かわづおとしをオレにかけようとしている、とか」

「河津落としが何なのかはよくわからないけど、相変わらず照れっていうのがまったく無いのね」

 ソフィは少しご機嫌斜めのようだ。

 短時間で泣いたり笑ったり怒ったりして疲れないのだろうか?


 ようやく展望台に到着した。

 見晴らしがよく、オレたち以外に誰もいない。

 天気は快晴、言うことなし。

 自販機で缶コーヒーを買ってきて椅子に座った。


「今頃は皆んなは3限の授業を受けてんでしょうね」

「でもオレたちは山の上から絶景を楽しんでいる。ざまぁ見ろ」

「アハハ、ざまぁ見ろ」

 ソフィもオレに続いて言った。


「ねえ、鉄太は授業をサボってアタシの電話に出てくれてここまで追いかけてくれたのはクラス委員長だからなの? それとも……」

「ああ、そういやオレはクラス委員長だったな。忘れてたよ。でも忘れてたっていうのは所詮その程度の価値しかないもんさ」

「もう、何よそれ。ちゃんと真面目にやってよね」

「失礼な。オレはいつだって真面目だよ」

「授業をサボっているのによく言うわ」

「授業より大事なことはこの世にたくさんあるよ」

「アハハ、カッコつけちゃって」


 ふと会話が途絶えた。

 展望台からの景色を眺めると空は青いし、そよ風が心地良い。

 お互いに無言だが気まずくはなかった。


「小学生の時にもね、同じようなことがあったの」

 不意にソフィが語りだした。

「同じ?」

「魔女、魔女って陰口叩かれたり、面と向かって言われたり。もちろん登校拒否になったわ」

「日本ってのは異質なだけで排除されるからね。ソフィが悪いわけじゃないよ」

「うん、ありがとう。でね、お姉ちゃんが学校に掛け合ってくれたり、いじめっ子を呼び出して叱ったり。そうそう、アタシに勇気の出る魔法をかけてくれたり。お姉ちゃんのお陰で克服できたんだけど……」

「そういや、ローズ姉さんは魔女として働いているって言ってたっけ」

「まだ修行中だけどね。魔女なのはお姉ちゃんでアタシじゃないのに」

「勇気の出る魔法にはちょっと興味があるな。どんなんだろ?」

「アタシが魔女になればかけられるかも。ねえ鉄太、アタシに魔女になって欲しい?」

「もちろん! そしたら魔法のホウキで空を飛びたいな」

「アハハ、いいわね。好きな所へひとっ飛び。2人で空を飛びましょう、絶対に」

 

 再び沈黙。

 しばらくしてソフィが語りだした。

「結局、アタシって逃げちゃったのね。本来なら立ち向かって克服しないといけないのに」

「オレだってじいちゃンから逃げたよ。逃げるのも立派な戦術だよ。あの清水しみず次郎長じろちょうだって“逃げの次郎長”って言われてたんだ。喧嘩で勝てなきゃサッと逃げる。なかなかできるもんじゃないって。さすが次郎長親分だ!」

「……次郎長親分がどこのどなたかは存じませんが、逃げてもいいのね。なら今から2人で逃げようよ、ねッ! そうね、北海道なんてよさそう。函館ラーメンに札幌ラーメン。海鮮丼にイクラ丼に豚丼。石狩鍋いしかりなべやカニ料理。スープカレーにザンギにジンギスカン。スキーにスノボ。温泉、露天風呂。考えるだけでワクワクドキドキしてきちゃう」

「いや、北海道はやめとこう。いい思い出があんまりなくって。でもたくさんの料理を聞いていたら腹が空いてきた。そろそろケーブルカーで下りようか」


 運賃を払ってケーブルカーに乗ったらソフィのスマホから振動音。

「もしもし、うん、今は鉄太と一緒。ケーブルカーで下りているよ。うん、わかった」

 ソフィはスマホを切ると安堵あんどの表情を浮かべた。

「今のはお姉ちゃんからの電話。仕事を早く切り上げたからケーブルカーの乗車口まで迎えに来てくれるって」

「ふう、これでお役御免ってわけだ」

「うん、2人の逃避行もこれで終わり。ねえねえ、淋しい?」

「大げさだな。淋しいというか、これからのことを考えると頭が痛くなってくるよ」

「女の子に別れ際に『淋しい?』って聞かれたら礼儀として『お前なしでは生きていけない』とか答えるもんなのよ! よく覚えておくことね! この唐変木ッ!」 

 何か地雷を踏んでしまったのか、ソフィは急に怒り出した。

 これだから女の子ってのは……。


 さて、ケーブルカーを降りるとローズ姉さんが待っていたのでソフィを引き渡した。

 右足首を詳しく診てもらうためにローズ姉さんとソフィは車で病院へ直行。

 一方のオレはといえば再び学校に。

 皆んなから質問攻めにあったり、からかわれたり。

 落合先生のド根性注入竹刀をヒョイヒョイとかわしたり、クドクドした教頭の説教についつい欠伸あくびしたらさらに怒られたり。


 オレとしては1人のクラスメイトを救ったつもりなのにどうも歯車が狂っているようだ。

 でも給食のマーボー豆腐は美味かったからヨシとする。

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