裁きの魔女もまた裁かれる

 今日は日直当番だったので登校してすぐに職員室に学級日誌を取りに行った。

「落合先生、お早うございます」

「おう、今日はお前が日直か。頑張れよ」

「はい」

「あと、乃木ソフィはしばらく休むそうだ。『魔女騒動が終わるまでは登校させない』ってソフィのお姉さんが息巻いてたよ。鉄太もソフィの力になってやれ」

「はい」


 昨日の夜、ローズ姉さんから電話があった。

「診断の結果はただの捻挫。でも骨折より捻挫のほうが質が悪かったりするのよね。学校は当分の間休ませることにしたわ。学校よりソフィの安全が大事なのは当たり前。ソフィは鉄太には心を許しているようだからたまには遊びに来てね」

「オレが魔女騒動を解決してみせます。吉報をお待ち下さい」

 決して大口を叩いたわけではない。

 実を言うと裁きの魔女の正体は目星がついているんだ。


 職員室を出るとお菊ちゃんに出くわした。

「あら、先を越されたわ。今日は私も日直なの。よろしくね」

「ああ、よろしく」

 気のせいか、お菊ちゃんはゴキゲンのようだ。


 教室に入ると話題は裁きの魔女のことで持ち切りだった。

「裁きの魔女に金を取られた奴がいるらしい」

「魔女の正体はソフィなのかな。いや、あんなに可愛いのにありえない」

「あ~あ、これだから男子は。ルッキズムは打倒されるべき! あんたはいずれ見てくれのだけの女に騙されるタイプでしょ」

「じゃ、ソフィが魔女だって証拠はあんのかよ!」

「それとこれとは話が違うでしょ! 外見だけで人を判断すんなって話よ!」

 こういうのを喧々諤々と言うのだろう。

 落合先生が教室に入ってきたら今までのざわめきはウソのように静かになった。

 このクラスを治められるのは落合先生くらいなもんだろう。


 号令や黒板消しなどの日直の仕事を順調にこなすといつの間にか給食の時間になった。

 ソフィ1人いないだけでクラスの雰囲気はまあまあ暗い。

 献立はミートソースで、おまけにデザートは牛乳プリンなのに。


「やっぱりソフィがいないとつまらないよ。ねえ鉄太、早くこの騒動が解決したらいいのにね」

 オレの右斜め前に座っている辰っつあんの言葉がオレの胸に刺さる。

 魔女騒動はますますひどくなっているのに。

 あの時、生徒会長から調査を命じられたのに。

 まだ解決できない不甲斐なさ。

 いたたまれずに牛乳を一口飲んだ。


「そんなことより、頼んでおいた原稿はどうなったの? 私は他のクラスにも営業してすでに何人かが小説を仕上げてくれたわ」

 オレの左斜め前に座っているお菊ちゃんが責め立てる。

「へえ、それはすごい」

「……テンション低いのね。もう一度聞くけど原稿の進捗しんちょく状況は?」

「まるで編集者だね。なんとかタイトルだけは決めたんだけど、ストーリーが進まなくって」

「いいんじゃないの。タイトルが決まれば小説の方向性は決まったも同じ。で、どんなタイトルなの?」

「その名も『裁きの魔女もまた裁かれる』だ。流行りものには乗っかんないと」

 タイトルを聞いた瞬間、お菊ちゃんの表情が一瞬固まった。

「……。悪くはないんじゃないの。昼休みにもっとアイデアを出し合いましょう」

「ちょっと待った! お兄ちゃんが鉄太に昼休みに会いたいって言ってたよ。お菊ちゃん、悪いけど鉄太を借りるね」

「残念だけど仕方ない。じゃあ鉄太、放課後に話し合いましょう」

 オレの意思に関係なくオレの予定が埋まっていった。


 昼休みになるとオレは辰っつあんに生徒会室に連れて行かれた。

 中に居たのは生徒会長と副会長の……誰だっけ?

「おお、会いたかったぞ、鉄太ぁ~。もうムギュ~っ」

 サバ折りに来た彼女の腕をダッキングで躱し、体を入れ替え事なきを得た。

「もう、ツレないじゃないないか。この麻衣先輩のハグはキライかい?」

「そこまで森下くん。本題に入りたい」

 ああ、思い出した。副会長の名前は森下麻衣だった!

「本題というのは裁きの魔女のことだよね、お兄ちゃ……じゃなくって会長」

「ああ、そうだ。事ここに至っては生徒会として無視もできなくなった」

「まったく人騒がせな。な~にが裁きの魔女だ。捕まえたらふん縛ってアタイの必殺隕石スパイクをお見舞いしてやる」

 麻衣先輩は鼻息が荒い。

「よく聞いてくれ、皆んな。裁きの魔女の行動は少しずつエスカレートしている。なにかおかしな事を見たり聞いたりしたらすぐに僕に報告してほしいけど決して1人で調査しないように」

「わかりました。でも今日中には解決すると思います」

「「「えッ!?」」」

 オレの返事に3人は驚きの声を上げた。


「鉄太、自分だけわかっているような物言いはやめてよね。ボクたちは同じクラス委員じゃないか。協力できるところは協力するからもっとボクを頼ってよ」

 辰っつあんが言った。

「そうだそうだ。アタイと鉄太の仲じゃないか。2人で一緒に解決しようぜ、なあ」

 麻衣先輩がオレにヘッドロックをかけながら言った。

 胸がオレの頭に当たっているがお構いなしにグイグイと締め上げてくるので、麻衣先輩の胴体に両手を回してバックドロップの体勢に入ろうとしたらようやく解放してくれた。

「ねえ鉄太。麻衣先輩とイチャイチャしている場合じゃないよ。真面目にやってよ」

 辰っつあんは頬をふくらませながら言った。

「う~ん、どうやら鉄太くんは何かに気付いているようだね。君は確かに強いが過信は禁物。危なくなったらすぐに逃げるように。わかったね」

「はい会長。オレは自分が強いなんて思ったことはたまにしかないのでご心配なく」

 オレが会長に答えたらちょうどチャイムが鳴った。

 それぞれが教室に戻った。


 放課後になった。

 今日のオレは日直なので学級日誌を書かねばならない。

「あ、学級日誌なら私が書くのに」

 今日のもう1人の日直であるお菊ちゃんが言った。

「いや、今日はどうしてもオレが書きたいんだけどお菊ちゃんに相談しながらがいいと思うんだ。どこか2人きりになれる場所はないかな?」

「フフ、なら文芸部の部室が空いているはず。今日は活動日じゃないからね。さあ行きましょう」


 文芸部の部室には誰もいなかった。

 ちなみに鍵はいつもかかっていないので好きな時に誰でも入れるが、あえて入ろうとする部外者もいないので問題はないらしい。

「で、何を相談するの? 学級日誌なんて適当に書いておけばいいのに。もしかしてそれを口実に2人きりになったのは私に告白するため?」

 ニコニコ顔のお菊ちゃん。

「菊川さん、まさかあなたが裁きの魔女だったとはね」

 オレの言葉に菊川さんは固まった。

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